君が夢中、君に夢中



世の中には定説、というものがある。

あたっていないものも多いけれど、女の子が甘いモノが好き、というのは八割方あたっている定説の一つだろう。

そして、桜庭鈴花もその八割のひとりだった。

普段は京の治安を護るという名目で、不逞浪士を取り締まる新選組の一人として一端の働きを見せる鈴花だが、そこはやはり女の子。

甘いモノには目がない鈴花は、本日、大好物のお団子を山盛りにしたお皿を手に上機嫌だった。

同じく非番で鈴花の隣にいる藤堂平助はやや呆れ顔でそれを眺めていた。

何故か両手に持った団子を口に運ぶ鈴花はそれはそれは嬉しそうだ。

みたらし団子のたれが零れないように気を付けている姿も、小動物めいていて妙に可愛らしい。

可愛らしいのだが・・・・。

「ほんとに鈴花さんは甘い物が好きだよね。」

「ん?何か言った?」

もごもごもご、とお団子を頬張りながら聞き返されて平助はため息を一つ付いた。

「別に。」

「?」

少しばかりぶっきらぼうになった平助の答えに鈴花はきょとんとしたように首をかしげるものの、平助が続きを言う様子がないと思ったのか、またお団子に戻ってしまった。

縁側に二人で並んで座っているので、鈴花がお団子を食べている横顔を平助はぼんやり眺める。

普段の鈴花であればお団子の皿と湯飲み2つ分の間しか開いてない真横からこんな風に見られれば、恥ずかしがるとか文句を言うとか何かしら反応がある。

が、今の鈴花はお団子に夢中。

もともとあまり器用な性格とは言い難い鈴花は平助まで気が回っていないのだ。

はあ、と平助の口から自然とため息が零れた。

(甘い物食べてる時の鈴花さんって周りほったらかしなんだもんな。)

せっかくお天気が良くて。

せっかく好きな娘と二人きりで。

・・・・なのに、その好きな娘は自分よりお団子に夢中。

(・・・・なんか腹立つ。)

永倉か原田あたりが聞いたら腹を抱えて爆笑しそうな事を大真面目に考えながら、平助は思わず自分と鈴花の間にでんっと鎮座している団子の山を睨み付けてしまった。

すると珍しくその視線に気が付いたのか鈴花が言った。

「欲しいの?」

「へ?」

「だから、お団子。」

一瞬問われた意味が分からなくて、間抜けな返事をした平助に鈴花は目でみたらし団子の乗った皿を指した。

「なんだかじっと見てたから。」

「あー・・・・別に欲しいってわけじゃなかったんだけど。」

「?じゃあなんでそんな熱心に見てるの?」

「えーっと・・・・」

まさか、団子に嫉妬してましたとは口が裂けても言えない。

数秒間視線が宙にさまよった結果、平助の口から出たのはいつもの快活ながらちょっと皮肉めいた言葉だった。

「鈴花さんが、コレ全部一人で食べる気なのかなって思ってさ。」

「食べる気だったけど?」

「だって、コレ食べて夕飯も食べるんだろ?・・・・太るよ?」

ピシッッッッ!

禁句、という言葉が世の中にはいくつかあるが、女性に向かって「太る」はいつの時代においてもそれにあたるだろう。

もっとも言ってしまった後では取り返しも付かないが。

「う、う、うるさいー!稽古してるからお腹も空くの!!太らないもん!!平助くんのばか!」

少しは動揺があるのか言い訳めいた台詞を叫んでぷいっと顔を背けた鈴花は、手に持っていた団子をバクバクと頬張る。

けれど怒り任せで頬張ったせいか、鈴花の唇の端にみたらしの餡がちょこっと付いてしまう。

それを見た平助の頭に、悪戯な考えが過ぎった。

「ねえ、鈴花さん。やっぱり欲しい。」

「え?お団子?」

「うん、そう。」

「なによ。太るんでしょ?そんな事言う平助くんになんかあげられ・・・・」

ません、と言って鈴花がつーんっとそっぽを向いてしまう前に、平助は団子の皿の向こう側に手を突いてあっと言う間に鈴花との距離を縮めて。
















ぺろ
















「!?!!!??☆!?!??!?!☆!!」

声にならない悲鳴を上げる鈴花に、平助はたった今鈴花の唇の端を舐めた舌を出してにっと笑った。

「隙あり!」

「へ?」

完全に脳内停止状態の鈴花の手をさっと掴んで平助はさっきまで鈴花が囓っていた団子の串に残っていた最後の一つをぱくりと食べてしまった。

「あーーーーーーーーーーーっ!!!!」

「へへ、油断してる鈴花さんが悪いよ。」

完全に悪戯が成功した子どもの顔で笑う平助に、鈴花は口をパクパクさせる。

その顔は見事なまでに真っ赤で、もうどこからどう言ったらいいのかわからなくなっている様に平助は心の中でもう一度舌を出した。

(俺に構わなかった鈴花さんが悪い。)

もちろん、鈴花は知るよしもない勝手な言い分ではあるけれど。

口の中に残ったみたらし団子の甘い味と、それ以上に甘い舌先を掠めた鈴花の頬の柔らかさを味わいながら平助は満足げに笑って言った。

「ごちそうさま。」

「!!」

―― こんな美味しい思いが出来るなら甘味に夢中な鈴花の隣で過ごすのも悪くないかと思った、非番の午後。
















「平助くんのバカーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」

















―― 屯所中に鈴花の怒号が響き渡ってちょっとした騒ぎになるのは、この少し後のお話




















                                          〜 終 〜











― あとがき ―
団子に嫉妬・・・・スケール小さっ(^^;)
でも鈴花ちゃんって甘い物食べてる時は他の事どうでもよくなっていそうなんで、ついこんなネタができてしまいました。