「さっきは、本当にすみませんでした。」 浪人の騒動で人の集まり始めたあたりを抜けて、しばらく、人もまばらになってきたあたりで、鈴花は大きく頭を下げた。 「別に謝るような事などしていないだろう?」 鈴花が立ち止まったので、自分も止まって振り返った斎藤は不思議そうにそう問う。 「でも、勝手に離れて勝手なことしちゃったし・・・・」 「何事もなかったのなら、それでいい。ただ」 「?」 中途半端な言葉の切れ目を残しされた事に、鈴花は下げていた顔を上げる。 途端に、斎藤の視線とぶつかってどきっと鈴花の心臓が跳ねる。 しかし、斎藤の視線は何故かここ数日のように居心地の悪いものではなくて。 「心配は、した。」 「斎藤さん・・・・」 他の人が言ったのなら、本当か疑いたくなるような淡々とした口調だったが、鈴花の胸はほわっと温かくなった。 斎藤が本当に心配してくれた事がわかったから。 「ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした・・・・これならどうです?」 「ああ。今度から声をかけてくれ。」 「はーい。」 クスクス笑いながら鈴花が答えると、斎藤は少しだけ口の端に笑みを浮かべて歩き始める。 ゆっくりとしたその歩調に追いついて、隣を歩きながら、鈴花はここ数日斎藤との間にあったギスギスした空気が消えている事に気が付いた。 (なんだかよくわからないけど、よかった。) 鈴花もほっとした時、ふと何か思いついたように斎藤が言った。 「桜庭。」 「はい?」 「お前は何故、あの娘の着物を気にしていた?」 「え?」 「ずっと見ていた。」 「あ・・・・」 そう言われて、鈴花はさっきの事を思い出す。 確かに見ていた。 というか、実はあの娘が絡まれる前から見ていたのだ。 斎藤の後ろを歩いていた時、向かいからやってくるあの娘が見えた。 桜色の綺麗な小紋を着て、美しく着飾っていて。 (・・・・斎藤さんに文を渡して欲しいって言った娘も、あんな風に綺麗だったなあって思ったのよね・・・・) 自分だって刀を取らなかったら、あんな風に綺麗にしていたんだろうか、とそんな事を考えていたら彼女が浪人に絡まれたから思わず飛び出してしまったのだ。 思い出したら、せっかくほっとして穏やかになっていた心に一滴不機嫌を垂らされたような気分になって、鈴花はそれを誤魔化すようにことさら明るく言った。 「なんでもないんです!たださっきのお嬢さんが、綺麗だなあって思っただけです!斎藤さんだってそう思いませんでした?」 ここで、相手が永倉さんや原田さんだったら、速攻肯定だよね、などと思って苦笑いを浮かべた鈴花に対して、斎藤は一瞬考えるようにしてから、一言。 「いや。」 「え?どうしてですか?おしとやかそうだったし、綺麗な着物着て、すごく綺麗な人でしたよ?」 思っていた返事とは違って、首をかしげた鈴花を見て、斎藤は事も無げに言った。 「お前の方が綺麗だった。」 「は!?」 (何がどうして、そういう発言に!?) 赤くなるとか、狼狽えるという反応よりも、とにかく底抜けに鈴花は驚いた。 普通は絶対あの場面に置いては可憐に美しく映るのはかばわれる側の女性であり、おまけに鈴花は男装で化粧っけもない。 どっちが綺麗かなんて一目瞭然のはず・・・・というのに、斎藤の方は鈴花が驚いたことの方が意外のような顔をして答える。 「外見などいくらでも飾れる。それよりも、男二人を相手にひるみもせずに娘を守ろうとしていたお前の態度の方が綺麗だった。」 何かおかしいのか?とでも言いたげに見つめられて、初めて鈴花は狼狽えた。 そんな風に言われてしまったら、ここ数日の鈴花の悩みなど、まるっきり意味が無くなってしまう。 普通の娘のように振る舞えない振る舞うわけにいかない、それなのに憧れてしまう。 そんな葛藤も、たった一言で消えてしまうではないか。 鈴花らしい鈴花が、綺麗だったと、ただそれだけで。 ・・・・なんといったいいのか、困ったあげくに、鈴花はとうとう笑い出してしまった。 「桜庭?」 「ご、ごめんなさい。だって、斎藤さんって変ですよ。」 「変か?」 「変ですよ。だって、普通は綺麗な娘さんの方が綺麗だって言います。」 「・・・・そう言うなら変なのだろう。」 「でも、ありがとうございます。」 笑いながら、心にあるのは紛れもなく嬉しさで。 それを形にするように、鈴花はにっこりと笑った。 その笑顔を見て斎藤はしばし口をつぐみ、それから言った。 「・・・・別に礼を言われる事じゃない。それに俺も・・・・答えがわかった。」 「え?答え?」 「なんでもない。いくぞ。」 「あ!はい!」 そっけなく言って歩き出す斎藤の背中を追いかけて、鈴花は歩き出した。 ―― その気配を背で受け止めながら、斎藤は鈴花に見られないように僅かに微笑む。 『自分が始終誰を何を見てんのか、わかったらきっとその不機嫌のわけもわかるぜ?』 (わかりましたよ。) 自分が誰を見ていたのか。 何故見つめていたのかも、朧気ながら理解した。 けれどまだ形に、言葉にはできない。 だけどきっとこの先も、自分の背中を追いかけてくる少女から目が離せないのだろう。 (だが、それもまた悪くない。) きっとこの宿った感情は少しずつ確かなものになっていくと確信できるから。 斎藤は肩越しに振り返って、数歩後ろにいた鈴花に声をかける。 「早くこい。」 「はい!」 ―― 無自覚の一歩先へ 隣に並んだ斎藤と鈴花は、顔を見合わせて少し笑った 〜 終 〜 |