―― 『夏はバイクで二人 街の風を揺らした・・・・』 「あ・・・・」 現在ヨーロッパ一周の旅に出てしまっている両親の代わりに、喫茶店ストロベリーカフェを切り盛りしているにわか店長、水原苺は有線から流れてきた歌声にケーキを作る手を止めた。 「どーかしましたか?」 「あ、ううん!なんでもない!」 ひょこっと厨房に顔を出した猪口に呼ばれて、苺は慌てて作業を再開する。 ・・・・その顔がほんの少し赤くなっていた事に気づいた人はいなかった。 未来予想図 バウンッ 音を立ててバイクが停止した途端、ふわっとなま暖かい風が怒った。 夜とはいえ昼間の熱気が残っているのだろう。 「ほれ、着いたぜ。」 ヘルメットを脱いだ千頭貴行に言われて、後部座席に座っていた苺は軽々と降りた。 そしてヘルメットを脱ぐと独特の癖毛を掻き上げて直す。 本人にしては無意識にやったことなのだろうが、その仕草が妙に女らしく感じてドキッとする。 普段さばさばとした雰囲気の苺なだけに、そんなギャップが妙に目を惹いたのだ。 何となく居心地が悪くなって思わず千頭が目をそらしたことに気づいていないのか、苺は相変わらずの調子で話しかけてきた。 「今日、ありがとうね。やっぱり夏場のツーリングって気持ちいい♪」 「あ、ああ。まあたいしたことはしてねえけどな。」 今日は午後、唐突に呼び出されて苺のリクエストで海辺の道をちょっとツーリングしただけなのだ。 別に遊んだと言えるほどのものでもない。 苺の事がバイト先の店長以上に気に入っている千頭としては、得をした気分にもなったりしたのだが。 だからこそ少し気にかかる。 彼女は両親の代わりに喫茶店を支えていると同時に、普通の高校生をしているから滅多に休みはない。 千頭達バイトにはそれぞれのシフトで休みが出来ているのだが、苺は責任感が強いのか自分からはほとんど休まないのだ。 そんな苺が珍しくとった短い休みを自分と、しかもこんなツーリングですごしてしまってよかったのか、と。 でも生憎と千頭は素直にそんなことを言える性格ではなく。 「しかし、あんたも暇だな。こんなツーリングに時間使うなんてよ。」 「むっ。暇じゃないよーだ。それに楽しかったからいいんだい。あ、それともやっぱり迷惑だった?」 急に表情を曇らせる苺に千頭はちょっと慌てる。 「別に・・・・暇だったしな。」 「そう?ならよかった。」 ぶっきらぼうな言葉の意味も誤解せず、苺はほっとしたように笑った。 こういうところで、苺にはかなわないと思う。 どうしてか苺は言葉が足りなくても、ちゃんと千頭の言いたいことを理解してくれる。 変に気を遣う必要がなくて、いつまででも話していたと思ってしまうくらいだ。 (どうかしてるぜ、俺・・・・) 心の中で肩を竦めながら、それでもこんな状況も悪くないと思っている自分に気づく。 ずっと苺が側にいればいいのに・・・・なんて事まで思っている事も。 (やべえな。) 変な事を口走る前に退散した方がよさそうだと判断した千頭は苺に向かって手を差し出した。 「へ?」 「ヘルメット。まさか持っていく気じゃねえだろうな?」 「あ!ごめん、ごめん。」 照れ隠しにちょっと舌を出して千頭にヘルメットを渡そうとして・・・・苺は急に何か思い出したように手を引っ込めた。 「?何だよ?」 「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど・・・・貴行君のヘルメット、こっちに出してくれない?」 「??」 わけがわからないが、取りあえず千頭は小脇に抱えていたヘルメットを両手で持って苺の方に出した。 何をするのかと見ていると、苺が何かを決心したように自分の持っていたヘルメットを・・・・ ごんっ ぶつけた。 「うわっ!?何すんだ、お前。」 「い、いいから!ちょっと付き合って!」 驚いて声を上げた千頭だったが、苺の迫力に負けて黙り込む。 二人の間に妙な緊張感が漂う中で ごん、ごん、ごん、ごん 「・・・・はあ」 「満足したのかよ?」 「はい、満足。・・・・ちょっとムードはないけど。」 「あ?何か言ったか?」 「ううん!なんでもない。ヘルメット、ぶつけてごめんね!今日はありがとう。じゃあね!」 そう言うなり苺はヘルメットを千頭に押しつけるようにして渡して、身を翻した。 「お、おい!・・・・?」 結局何がなんだかわからないまま、玄関に消えていく苺を見送る羽目になった千頭はぱたんと閉まった水原家の玄関前で首を捻った。 ―― 玄関の明かりに照らされた苺の顔が、赤く見えたのが気のせいなのか、違うのか悩みながら。 千頭がその理由を知ったのは数日後 ―― 『切ったばかりの髪が・・・・』 「あ、この曲!」 珍しく一緒にシフトに入っていた猪口が有線から流れてきた曲に声を上げた。 「?何だよ?」 「あ、すいません。ダージリン2つお願いしまーす。」 「はいよ。」 慣れた手つきで茶器を用意してついでに猪口に話しかける。 「で、この曲がどうかしたのか?」 「はい、こないだ先ぱ・・・・とと、店長がなんだか聞き入ってたんですよ。それを見てたら店長も女の子なんだなーって思って。」 「そりゃ・・・・まあな。」 何となく面白くなくて会話をうち切ると、有線の音楽が自然と耳に入ってくる。 ―― 『時々心に描く 未来予想図には ちっちゃな目を細めている あなたがいる・・・・・』 (ふーん、未来予想図とは、随分女らしい発想じゃねえ。) 知らないメロディーも苺の姿を重ねていくと妙にくすぐったく、微笑ましく感じる。 (意外に「女の子」してるわけだ。) そんな事を考えながらいれたての紅茶をトレーに乗せようとした時、ちょうど2番のメロディーが流れ始めた。 ―― 『夏はバイクで2人 街の風を揺らした ヘルメット5回ぶつければ それは』 (ん?) ―― 『ア・イ・シ・テ・ル の言葉のかわり・・・・』 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・) つるっ ガッシャーーーーーンッッッ!! 「わっ!?千頭さん!?どうしたんですか!?」 店内に響き渡った破砕音に驚いてカウンターに戻ってきた猪口に聞かれて、千頭は「なんでもねえ」とだけ返すと割れたカップの破片を拾うためにかがみ込む。 その姿を見ながら、なおも猪口は心配そうに聞いた。 「でも・・・・顔、真っ赤ですよ?」 ―― その後、熱でもあるんじゃないですか、と聞いてくる猪口に、千頭が何も答えられなかったのは、言うまでもない。 〜 Fin 〜 |