月明かりでほの明るい部屋の中で、浮かび上がるのは白くて綺麗な肢体。

―― そして














疵痕















その傷跡を見た時、平助は熱くなっていた全身が冷水でもかけられたように冷えたのを感じた。

すっかり乱された着物の下に隠されていた透き通るような白い肌と・・・・そこにはっきりと刻まれた疵痕。

柔らかな双丘の間にあるそれに、高鳴っていた心臓が鋭い痛みを訴える。

「平助君・・・・?」

きっと無様に動揺が顔に出てしまったのだろう。

組み敷かれた鈴花が不思議そうに問いかけてくる。

平助は緩く苦笑した。

上手く笑みになったかはわからないが。

しかしその表情で鈴花は何か感づいたのだろう。

はっとしたように平助の視線が先ほど落ちた場所、疵痕に片手で触れる。

「鈴花さん。その傷って・・・・あの時のものだよね?」

あの時 ―― 油小路で御陵衛士となった平助と、新選組に残った鈴花が戦った時の。

そして平助は刀を振ることなく、鈴花に切られた。

いつか鈴花と刀を交える時が来るなら、鈴花に切られるのだと決めていたから。

どうしたって彼女の命を自分の手で終わらせる事だけはできなかった。

だからあの時、瀕死の自分を抱いて泣いてくれる鈴花にすまないと思いながらも満足していた。

これで少なくとも鈴花だけは助けることが出来たと、自惚れていた。

―― 目を閉じたすぐ後に、鈴花が自分の胸に刀を突き立てるなど想像もしないで。

「・・・・ごめん」

重く呟いて平助は疵痕に触れる鈴花の手をそっと握ってどかした。

滑らかな肌の引きつったような疵痕は鈴花が自ら命を絶とうとした、その証。

(俺が・・・・俺が鈴花さんを苦しめた証だ。)

胸が痛い。

御陵衛士と新選組に立場が別れて苦しんだのは自分だけじゃなかったのに、あの時、平助は無意識に鈴花の苦しみを甘く見ていた。

『俺が好きだよね?』

何度もそう確かめて自分に縛り付けておきながら、自分が死んでも鈴花は誰か自分の代わりを見つけて生きていってくれると。

彼女の周りには彼女を特別に思う仲間達が沢山居るから、その中の誰かと幸せになってくれるなんて勝手に鈴花の未来を放り出してしまった。

自分の道と鈴花の道が別れてしまって、対立がはっきりしてきても突き放すことができなかったというのに。

「・・・・っ ―― 俺は」

平助は今更に襲い来る後悔と恐怖からくる痛みに耐えるように、ぎゅっと目を瞑った。

結果的に、永倉と原田に助けられて二人とも助かって、今ここにいることが出来たけれど。

「俺は・・・・あんたを」

―― 殺してしまうところだった

言いかけた言葉は















柔らかく押しつけられた鈴花の唇に消えた















「すず・・・かさん・・・・・」

驚いて目を開ければ鈴花は微笑んでいた。

優しく、柔らかく、包み込むような笑顔があまりに美しくて、平助は息をするのを忘れた。

(・・・・ああ、まったくどこにこんな笑顔を隠していたんだよ)

ずっと鈴花の事を見ていたつもりでいろんな表情を誰よりも独り占めしているつもりだったのに、こんな笑顔は知らない。

「平助君」

今までもう聞き飽きるほど聞いたはずの自分の名前が、聞いたこともない言葉のように澄んで聞こえる。

月明かりに白く輝く鈴花は、太陽の下で笑っていた少女とは別人のように女性の顔で平助に触れる。

「あ・・・・」

鈴花の指に滴を掬われて、初めて平助は自分が涙をこぼしている事に気がついた。

「平助君・・・・」

もう一度名前を呼んで、鈴花はそっと平助の頭を抱き寄せた。

白い肩に頬が触れて、涙が僅かに熱を奪う。

耳元で鈴花の息づかいが聞こえる。

「ね、平助君。私、ちゃんと暖かいでしょ?」

「え・・・・」

「ちゃんと、生きてるでしょ?私・・・・私達。一緒に、ここで息をして。」

「・・・・うん」

耳に滑り込んでくる声に促されるように身を起こせば、やっぱり微笑んでいる鈴花。

でもその笑顔はさっきまでとまた少し違って、平助が誰よりも独り占めしたいと願ってやまなかった大切な少女の笑顔で。

「だから、ね?―― 二人で子どもに未来は希望に溢れてるって、教えようね?」

「鈴・・・・花さん・・・・」

(どうしてあんたはいつだって、俺のほしいものをくれるんだろう。)

理想を後押ししてくれる言葉をもらった。

夢を誇れる言葉をもらった。

口づけをもらった。

残酷すぎる決別の刃さえももらった。

そして ―― 許しさえも、君はくれる。

小さくて一生懸命なその手で、抱きしめて。

ぱた、と疵痕の上に滴が落ちた。

「・・・・鈴花さんは俺を甘やかしすぎだよ・・・・」

心底そう思うのに、鈴花は目を細めて平助の頬をぬぐって囁いてくれる。

「平助君、大好き。」

甘やかな声音で紡がれた言葉は、再び平助に火を灯すには十分すぎる力を持っていて、自分の涙で少し湿った鈴花の手を絡め取ると布団に縫いつける。

「俺もあんたが好きだよ・・・・大好きだ・・・・大好きだよ」

言うことを拒まれた『ごめん』のかわりに、何度も何度も馬鹿みたいに『好きだよ』と繰り返して、その言葉の数だけ口づけを落として。

何かの儀式でもするかのように、恭しく疵痕に唇を落とした時 ――















―― 疵痕の下で鈴花の鼓動が大きくなった




















                                        〜 終 〜











― あとがき ―
・・・・難産でした(- -;)
平助×鈴花で絶対書いてみたい話の1つだったんですが、やや不本意。
やっぱり艶っぽいシュチュエーションを書き慣れていない人間はこういう雰囲気の創作はだめです(泣)