ACT OVER.君のくれたもの
―― 雨が降っていた。 音など銃声に消されて聞こえはしないけれど、全身を濡らしていく水の感触がやけに生々しかった。 けれどそれが雨粒なのか、血なのか。 夜半に奇襲を受けて戦い続けて、もう弾倉がからになるほど銃を撃ち尽くした状況ではわからない。 ただ暗闇の中を生き延びるためだけに武器を振るった。 銃を撃つ度に暗闇に悲鳴が響き渡る。 味方か敵かなど関係なく、そこにあるのは自分の命を守るだけという獣じみた本能のみ。 もしかしたら自分はすでに死んでいて、地獄というやつで銃を乱射してるんじゃないかと思うほどの闇。 ―― ああ、またあの時の夢だ・・・・ どこか冷静な頭の隅でそう呟く自分の声がした。 そう、これは現実ではない。 いや、正確には現実にあったことだけれど今目の前で起こっている出来事でない事を頭のどこかではわかっている。 繰り返し繰り返しリプレイされる悪夢。 繰り返し繰り返し己がどういう人間であるか見せつける記憶。 銃声が暗闇を切り裂く。 自分が確かに引き金を引いたその銃弾の先に誰が居たのか、ヴィオレはもう知っていた。 あの時のリプレイだ。 永遠に続くかのような暗闇の戦闘がようやく収束を見せ始めた頃、空が白み始めて。 ―― 俺は誰を殺したのか知るんだ・・・・ 目の前で展開されている夢の続きを思ってヴィオレは呻いた。 夜が明けて、光が射した時、そこにあったのは親友やかつての同胞の屍の山だったあの時の記憶。 誰が味方で誰が敵だったのか、分からないほどの混戦をへて自分一人屍の中に生き残ったあの光景。 雨と血でどろどろになった親友だった男の屍を抱き上げて慟哭した。 ―― 親友を殺して、仲間を殺して俺は生き残った・・・・っ そこまでして生き残る必要があったのか。 どうして俺だけこの屍の中に立っているんだ。 どうやってこんな血まみれの手で生きていけばいい。 どうやって?どうして?どうして、どうしてどうしてっっ!! ―― 割れんばかりの自分の悲鳴が頭の中に響き渡って、時には現実でも悲鳴を上げて飛び起きる、それが常・・・・・・だった。 常・・・・だったのに、その時、ふわっと何かに抱きしめられた。 ―― え・・・・ 今まで見続けていた悪夢にも記憶にもない、それは酷く温かくて、優しくて・・・・・・・・ ―― ・・・・目をさまして一番に見たものにヴィオレは正直、笑えばいいのか泣けばいいのか迷った。 部屋の中はまだ夜の気配の濃い薄暗がり。 まだ夜が明けていないのだろう。 どこかとろりと眠気を含んだ闇の中で、子どものようにベッドに沈みながら、それでも藍澄がヴィオレを抱きしめていた。 藍澄、天城藍澄・・・・ヴィオレを闇から引っ張り上げた誰よりも愛しい存在。 その彼女がしっかりとヴィオレの体に手を回して抱き枕でも抱くようにくっついていた。 最初、起きているのか思ったがどうも無意識らしく藍澄の唇からはすうすうと規則的な寝息が漏れてくるばかりだ。 そのなんとも平和な寝顔をヴィオレは眺めた。 普段は機能性を考えているのか結んである髪が下ろされていると酷く無防備で子どもっぽく見える。 少し大きめな目が閉じられていると意外に大人しげな雰囲気になるんだと、初めて知った。 そんな事を思いながら髪に指を通すとさらさらと栗毛色の髪が指の間を滑って。 「ん・・・・」 くすぐったかったのか、藍澄が小さく身じろぎしてきゅっと抱きついている腕に力が入った。 不意に胸に溢れた想いに、ヴィオレは笑い出したくなった。 (・・・・藍澄、あんたすげえな。) ―― だって、幸せだ、なんて思ったのだ。 あの夢を見た直後なのに。 今まであの悪夢を見るのが怖くて、記憶を再現されるのが恐ろしくて、誰かと一緒なら少しはましかもしれないと試してみたことはあった。 けれどどんな女の子といようと悪夢の記憶は容赦なくヴィオレを苦しめ、結局最後には逃げるように早々に一人になれる部屋へ帰っていた。 だからいつしか諦めていた。 あんな戦場を生き延びた自分には誰かと共に過ごす資格などないんだ、と。 それなのに、腕の中に居る彼女はなんなんだろう? 過去にとらわれて進めずにいた自分に訪れた光は悪夢さえも切り裂いて。 (もっとも藍澄は無意識なんだろうけどな。) 口元で笑ってヴィオレは間近にある平和そうな寝顔に視線を戻した。 なんの夢をみているのだろうと思うほどあどけなくて無防備な寝顔。 「・・・・藍澄」 起こすつもりではなくただ呼んでみたくて囁いた彼女の名前が薄闇に甘く溶ける。 けれど思ったより藍澄の眠りが浅かったらしい。 「ぅん・・・・ヴィオレさん・・・?」 僅かばかり身じろぎして、茶色い瞳を覗かせた藍澄にヴィオレは優しく微笑みかけた。 「なんでもねえよ。」 「・・・ん・・・・・でも、よん・・・で」 「呼びたかっただけ。まだ寝てていいぜ。」 そう言ってやると、まだ夢の中に片足突っ込んでいるらしい藍澄の瞳が揺れて、また瞼が緩やかに落ちる。 その様がなんだか溜まらなく愛おしくて。 「なあ、藍澄」 ほとんど夢の中に戻った藍澄から返事はない。 けれど、それで十分とばかりにヴィオレは彼女の額にキスをして。 「・・・・愛してる」 密やかな告白に夢の中の藍澄が少し笑った気がした。 そして大切な大切な宝物を抱くように藍澄を抱きしめたヴィオレは欠伸を一つ、して。 ―― 再び落ちた夢の世界は笑ってしまうほど穏やかだった・・・・ 〜 END 〜 |