幸せという名の結末
ぽかぽか陽気の気持ちのいい休日。 トーヤとルイはのんびりお茶を飲んでいた・・・・と、ここまではそれほど珍しい事ではなかった。 ルイにとってはトーヤはこの世界でできた最初の友人であり、街で会えば一緒にお茶を飲むのはいつもの事だったから。 けれど、今日は今までとまるで違う。 というのも 「・・・ねえ、トーヤ?」 「なあに?ルイちゃん。」 「あの・・・・なんで、こんな格好なの?」 と、居心地悪そうに小さく動かした体は、すっぽりトーヤの腕の中にあった。 友達感覚だった時に何度もお茶したトーヤとの距離ではなくて、恋人としての距離に慣れていないルイは何度か脱出を試みたが、後ろからがちっと抱きしめているトーヤの腕から逃げることは残念ながらできなかった。 「嫌なの?」 「え?嫌っていうか、その・・・・」 これが外とかお店とかならルイも強く出られただろうが、今は二人っきりで家の中。 強く拒絶する理由がないので、ルイもついしどろもどろになってしまう。 (だって、嫌なわけじゃ・・・・ないんだもん。) 嫌なわけはないのだ。 ルイにとってトーヤは命がけで失いたくなかった相手であり、大切で大好きな旦那様なのだから。 けれど、それとこれとはまた別で・・・・とルイが言葉を考えあぐねていると、頭の後ろで堪えきれなくなったようにトーヤが吹き出した。 「ト、トーヤ!?」 「ごめんねえ。だって、あんたってば本気で困ってるんだもん。わかってるわよ。嫌なわけじゃなくて恥ずかしいのよね?」 「!」 図星を指されてルイは半身振り返りながら、トーヤを睨んだ。 「トーヤ、私のことからかってる?」 「えー?そんなわけないじゃない。」 「嘘だ!絶対からかってるー!離してー!」 ご機嫌を損ねてジタバタと暴れ出したルイを、トーヤはぎゅっと抱きしめる。 「だーめ。」 そう言ってこつんっと額をルイの肩に乗せると、ルイはがちっと固まった。 その反応がまた可愛くて、トーヤはクスクス笑う。 「ほんっとに可愛いんだから。」 「もう、トーヤってば・・・・」 呆れたように呟いても、ちらっと横目で見ればルイの頬は赤く染まっていて。 ルイが苦しくない程度に、トーヤは腕に力を入れる。 「?どうしたの?」 「なんでもないわよ。ただ、足りなかったものを補ってるだけ。」 「え?」 きょとんっと首を傾げるルイを、少し腕を弛めて振り向かせる。 正面から向き合ったマリンブルーの瞳に、少しだけ眩しそうに目を細めてトーヤは言った。 「アタシ、随分長いこと生きてきて終わりのない生なんてゾッとするほど退屈で醜いって思ってたわ。だから死ぬことを望んでいたの。」 その言葉に、ルイの顔が不安そうに歪む。 そんな顔をさせたいわけではなかったから、トーヤはきゅっと皺のよったルイの眉間に軽くキスをする。 それだけで、途端に驚いたように見開かれる目にトーヤは微笑んだ。 「でも、それって間違ってたって最近気が付いたわ。」 「?」 「足りなかったものがあったから、退屈だったのよ。足りないものを足りないってことにさえ知らずにずっと時間を過ごしているだけだったから、永遠は醜くてすごく退屈だった。」 「足りなかったもの?」 「そう、足りなかったもの。」 繰り返して、トーヤはルイを真っ直ぐ見つめて言った。 「あんたがね。」 「私・・・・?」 「そーよお。だってルイちゃんと出会ったのってまだ1年も前じゃないじゃない。でもその前のアタシはルイちゃんの事知らなかったのよ?」 そう言いながら、トーヤはルイの額に、頬にキスをする。 その度にルイは首を竦めたり目を瞬かせたりして、トーヤの心に心地良い波紋を起こす。 愛おしくて、ちょっとくすぐったい ―― 幸せという波紋を。 こんな感情を知ることもなく、あると言うことすら知らず生きてきた年月のなんと長かった事だろう。 刻の書を手に入れたのに、開くのを躊躇った時に初めて気が付いたのだ。 死を切望するほどに生が退屈で醜いものだったのは、ただ求めていた存在を見出すことが出来なかっただけだったのだと言うことに。 そして見つけだした存在が今、腕の中で笑っている。 触れれば照れて笑って、幸せをくれるのだ。 「ねえ、ルイちゃん。」 「うん?」 何度も繰り返されるキスにくすぐったくなったのか、笑い出しそうなルイにトーヤは悪戯っぽく笑ってみせた。 「アタシ、ルイちゃんと出会うまでずーっとルイちゃんが足りない状態だったのよ?」 「?そういうもの?」 「そういうものよ。だからこれから一生かけて補充するからそのつもりでいるよの?」 「え、ええ!?」 目を白黒させるルイに、トーヤは楽しそうに笑い声を上げたのだった。 ――待ち望んだ死神のはずだった人魚姫は、今はトーヤの腕の中で幸せそうに笑っている・・・・ 〜 Fin 〜 |