新撰組は京の町では人きり集団ともっぱら恐れと蔑みの目で見られている。 そんな壬生狼の屯所はと言うと・・・・。 「―― 隙ありっっ!!!」 「・・・・・甘い。」 すぱこーーーーんっっ!! 上段から繰り出されたお玉が鍋の蓋によって防御された音が響き渡っていた。 勝か負けるか真剣勝負 「・・・・で、おめえらは何遊んでんだよ?」 呆れたように永倉にそう言われてキッと眦をつり上げたのは、新撰組で唯一の女隊士という特殊な経歴をもつ桜庭鈴花である。。 「遊んでませんっ!思いっきり真剣です!」 そう力説する彼女の手には木のお玉。 はっきり言ってなんの説得力もない。 思わず「はあ、真剣ねえ・・・・」と呟いた永倉の横で腹も張り裂けんばかりに爆笑していた原田がひーひーと苦しそうな息の下から言った。 「た、確かにすっげえ、し、真剣そうではあったけどよお・・」 「お、お玉と・・な、鍋のふ、蓋・・・あははははっ!!」 「ちょっ!原田さん!平助くん!!」 先ほどの光景を思い出したのか、再び割れんばかりの爆笑に鈴花はますます不機嫌そうに二人を睨んだ。 「笑い事じゃないんだから!私はどうしても・・・・!」 くっと悔しさをにじませたように言葉を切って鈴花は視線をやったのは、爆笑したり呆れ顔だったりする面々の中で一人涼しげな顔で茶を啜っている男。 左目が隠れるほどの漆黒の髪と切れ長の瞳に痩身のその姿はなかなかに見栄えするが、如何せんその膝の上に置かれた鍋の蓋が微妙な空気を醸し出している。 そう、まさしくその違和感ありまくりな鍋の蓋でさっきの鈴花の一撃を防御したのは ―― 新撰組三番隊長、斎藤一だった。 「いや、でもよ、そりゃ笑うなって方が酷だ。」 「そうよねえ。アタシも驚いたわよ。お茶飲んでたらいきなりお玉持った鈴花ちゃんが一ちゃんに殴りかかってくるんですもん。」 「うっ・・・・」 山崎のまさに見たまんまの解説に鈴花は呻いた。 確かに先ほどの光景はまさにその通りだったのだから。 僅か前、珍しく永倉、原田、平助、山崎、斎藤は庭の見える部屋でお茶など広げていた。 眠気を誘われるほど穏やかな陽気で若干ぼけっとしていたその矢先、全員が突如刺すような殺気を覚えたと思った瞬間すっぱーんっと襖が開いて・・・・。 「・・・・今回は完全に隙を突いたと思ったのに・・・・っ!」 「まあ、間合いは悪くなかったけどなあ。」 やっとこさ笑いを納めた原田にそう言われて、鈴花は「そうですか?」とやや頼りなさげに首をかしげた。 「うん、まあ平隊士なら確実に額割ってたよね。」 「左之や平助でも危なかったかもなあ?」 からかうように言われて原田と平助が猛然と永倉にくってかかるものの、そんな光景はいつもの事。 気にした様子もなく、鈴花はがっくりと膝をついた。 「というかあんたなんで一ちゃんに殴りかかってきたのよ?」 心底不思議そうな問いかけに言い合いをしていた他の三人も頷く。 鈴花はその顔を見上げ、そして一度相変わらず動揺した様子もなくお茶をすすっている斎藤を見てから、「・・・・実は」と口火を切った。 ―― 事の起こりは一昨日のこと。 その日、鈴花は大量の洗濯物と大奮闘を繰り広げている真っ最中だった。 もちろん全て鈴花のものではない。 屯所のあちらこちらに放置されていた他の隊士の着物ばかりだ。 「まったくもう!自分で洗えばいいのに!」 洗わなければ最終的には着る物がなくなるだろう、と女である鈴花は思うのだがそこは男所帯の恐ろしさですでに一度着た物などを平気でもう一度着たりする輩がいるのだ。 結果、どうしても気になる鈴花がまとめて洗濯をしてしまう。 グワッシャグワッシャと威勢良く洗濯板に洗濯物をこすりつけながら理不尽な気分に襲われる。 「大体、自分で洗わないのに私が洗濯しているとこれもこれもって持ってくるってどういう事!?私は洗濯女じゃないんですからねっ!」 ジャブジャブッ・・・グギュ〜〜〜〜〜・・・・・スパンッ! 見事な手さばきでまた一枚の着物が青空の下に広げられる。 それはなかなかに爽やかな光景ではあるのだが、洗っている本人は仁王さながらに洗濯ものの山から次の着物をひったくった。 そして水につけようとして、ふっと手を止める。 くすんだ青地の絣の着物には見覚えがあった。 「・・・・斎藤さんのだ。」 呟いた声に何なく意外そうな色がにじんだのは、几帳面そうな彼の着物が交じっているとは思わなかったせいだろう。 なんとなく意外な気持ちのまま、その着物を広げてみると、肩より上の位置から落としたのに裾が地面についた。 「あ・・・・大きい。」 呟いてから、何を当たり前な事をと自分で呆れる。 斎藤だけでなく新撰組の人間は鈴花より皆背が高い。 けれど何となく本人が目の前にいるより着物の大きさを目の当たりにするほうが、妙な現実感があって。 ―― ちょっとした出来心だった。 ちょっとした出来心と好奇心で・・・・鈴花は手に持っていた斎藤の着物をそっと羽織ってみたのだ。 「やっぱり大きい・・・・」 クスクスと笑って鈴花が自分のちょっとした悪戯を笑った次の瞬間。 肩をつかまれたと思った途端、後ろに引っ張られた。 「えっ!?」 ぎょっとした鈴花の背中は直後にどんっと誰かにぶつかって。 「・・・・隙が在りすぎだ。」 「さっ、斎藤さん!?」 ぼそっと耳元で囁かれた声に、鈴花はこれ以上ないぐらい目をまん丸にした。 (なんで斎藤さんがいるの!?というか、ちょっと待って!この状況って・・・・) 鈴花が見下ろした先には、囲うように伸びた腕。 背中全体に感じる体温。 要するに、後ろから抱きしめられているという状態だったりするわけで。 「き、きゃあああっ!」 「・・・・うるさい。」 「うるさいじゃないです!というか、離して下さい!」 「・・・・・・・・・・・・」 ジタバタと暴れながら抗議すると、少しだけ腕がゆるまった。 その隙を見逃さずに何とか斎藤の腕から逃げ出した鈴花は気持ち涙目になってしまった目で、きっと斎藤を睨む。 「な、何するんですか!?驚くじゃないですか!」 「・・・・お前が悪い。」 ぼそっと呟かれた言葉に鈴花はますます表情を険しくする。 「ちょっと出来心で斎藤さんの着物を羽織ってしまったのはお詫びしますけど、そんなに驚かされるような悪いことなんかしてません!」 ずばっと言い切る鈴花に僅か斎藤が何か言いたそうな顔をしたが、結局諦めたようにため息を一つついて言った。 「そんなに驚かれると思わなかった。お前は気配に疎すぎる。」 「なっ!」 これには鈴花もかちんっときた。 確かに斎藤や幹部達と比べれば気配を察するのに鈍いと言われる鈴花だが、それだけに日頃から気にしているというのに。 「・・・・・・・・・・・・・・わかりました。」 「?」 なにやら鈴花の周りにどす黒い空気が漂っているのに気づいているのか、いないのか、首をかしげる斎藤に鈴花は勢いよく顔をあげると、びしいっと人差し指を突きつけて叫んだ。 「斎藤さん!勝負です!」 「何?」 「今日から三日の間に私が斎藤さんから一本とれたら、さっきの言葉を取り消して、二度と驚かせるような事しないでください!!」 突きつけるような鈴花の宣言をかみ砕くような僅かの間。 それから、おもむろに斎藤は言った。 「・・・・では一本取られなかったら、しても構わないんだな?」 「へ?」 (しても構わない??) 全く予想外の切り返しに鈴花は怒っていたのも一瞬忘れきょとんっとしてしまう。 その目の前で斎藤の口元が、珍しくすっと弧を描き。 「その勝負受けよう。いつでもかかってこい。」 「え?ちょっと、さいと・・・・」 戸惑う鈴花を置いて屯所の方へ斎藤は踵を返した。 ・・・・その背中が、どことなし妙に嬉しそうに見えたのは鈴花の気のせいではなかっただろう。 斎藤の背中が完全に建物の影に消えて、洗濯もののはためく庭にひゅるり吹いた風が頬を撫でた段になって 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」 ―― 鈴花は自分がとんでもない勝負を挑んだ事に気がついたのだった。 「・・・・というわけなんです!って何ですか!?皆さんでその生暖かい目は!?」 勢いよく話し終わった鈴花は周りの面々を見回して思わず怒鳴った。 一方、怒鳴られた方はなんとも言えない視線を互いに交わし合い・・・・。 「・・・・どーりで、ここんとこ斎藤の機嫌がやけにいいわけだ。」 「だな。負けるわきゃねえもんな。」 「うっ。」 永倉と原田の言葉に鈴花が呻いたのは、もういい加減二日の努力で薄々感づいていたことを指摘されたせいだろう。 その横で納得ぎみに平助が頷く。 「鈴花さんがしょっちゅうお玉を握りしめてたのはそう言う訳だったの。けどさ、なんでお玉と鍋の蓋なのさ?普通剣でしょ?」 「だってそれじゃ私闘になっちゃうじゃない。」 局中法度を引き合いに出されて納得する一同。 納得はするが・・・・鍋の蓋とお玉はあまりにも間抜けすぎる攻防ではないのだろうか、と思うのだが。 「でもまあ、それじゃ鈴花ちゃんがムキになるのも仕方ないわよねえ。」 「でしょ!?山崎さん!わかってくれます!?」 「わかるわよぉ。一ちゃんの事を信用してないわけじゃないけど、身の危険を感じるのよね?」 にっこり、とそう言われて鈴花は理解者を見つけたとばかりに顔を輝かせる。 「そう、そうなんです〜。」 お玉を握りしめてがくっとうなだれる鈴花の肩に山崎はそっと手を置いた。 「アタシはあんたの味方よ。」 「山崎さ〜ん!」 感極まった鈴花がきらきらと涙を輝かせながら山崎に飛びつこうとして・・・・ 「ぅげっ!」 ぐいっと襟首引っ張られて思わず絞め殺されたカエルの様な声を出してしまう。 一瞬とはいえかなり苦しい思いをした鈴花は、きっと背後の狼藉者をにらみつけて叫んだ。 「斎藤さんっ!」 「・・・・お前がよそ見をするのが悪い。」 「よそ見って。」 「お前は俺の隙を突きにきたのだろう?逆に突かれてどうする。」 「う、うう〜〜〜〜」 かなり悔しそうな顔をする鈴花を解放して、原田達の言うとおり珍しく機嫌がよさそうに目を細めて斎藤は立ち上がった。 ちなみにその手にはしっかり鍋の蓋が握られている。 「あと一日だな。」 縁側に出て行く直前、鈴花の方を見た切れ長の瞳はまるで勝利を確信しているかのようで。 「〜〜〜〜〜〜〜絶対っ!負けませんからねっっ!!!」 斎藤の後ろ姿にそう絶叫する鈴花を見ながら、残りの面々は顔を見合わせて苦笑したのだった。 ―― ちなみに、賭の行方がどうなったかというと。 「斎藤さん!」 「?なんだ、桜庭。今日は殴りかかってこないのか。」 「・・・・本当は使いたくなかったんですが、この際仕方がありません。」 「?」 「えいっ!」 ちゅっ 「っ!?」 ぽこんっ 「〜〜隙あり!私の勝ちです!(///)」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・山崎だな。」 「え?なんでわかって・・・・って、どこ行くんですか?斎藤さんっ。」 ―― ・・・・というわけで、鈴花は一時の安寧を手に入れ、入れ知恵をした山崎が悲鳴を上げることになったのだった。 〜 終 〜 |