花のかんばせ



時代の狭間で荒れる京都の町。

その治安維持を担当する組織のひとつ荒くれ者の男所帯の新選組には、一輪の花がある。

男顔負けの剣を振るい、戦場にも物怖じしない強い精神をもちながら、細やかなところに気がつき人当たりもいい気だてのいい花。

その花は名を、桜庭鈴花という。

・・・・と、伊東甲子太郎は上京の折に聞いていた

のだが・・・・















「・・・・服部君、つかぬ事を聞いてもいいだろうか?」

伊東甲子太郎が近しい同志である服部武雄になにやら考え込んだ様子でそう問いかけたのは、昼食の済んだすぐ後の事だった。

「なんですか?」

書物を捲っていた服部は尊敬する上司の言葉に、すぐ振り返って言葉を返す。

「いや、大したことではないかも知れないんですが・・・・服部君から見て桜庭君はどういう人だろうか?」

「は?桜庭さんですか?」

突然飛び出した名前に首をかしげつつ、取りあえず服部は新選組でも異色な可愛らしい顔を思い起こす。

「・・・・気の強いところもあるようですが、愛想がよくて、親切な娘さんだと思いますが。」

「愛想が良くて、親切・・・・」

「はい。こないだもこちらに不慣れで困っている隊士に道案内をしてあげているところを見ましたよ。それに表情が豊かで見ていて飽きない人ですね。」

「表情が豊か・・・・」

服部の上げた鈴花の特徴を繰り返して、伊東はため息をついた。

その様子にますます服部は首を捻る。

「桜庭さんがどうかしたんですか?」

「いえ・・・・皆さんがいう桜庭さんと私が見る桜庭さんは違う様な気がしてならないんでね。」

「違うとは?」

「なんというか・・・・表情が硬いんですよ。皆さんが言うように楽しげに話す姿もあまり見ません。愛想がないとかいうわけではないんですが、どう言ったらいいのか・・・・」

言葉を探すようにしてしゃべる伊東に、服部はしばし考え ―― 急に合点がいったというように「ああ」と呟いた。

「なんですか?」

問いかけると、服部は可笑しそうに笑いながら答える。

「いやあ、先生。それはしかたがないですよ。」

「は?どういう意味です?」

「桜庭さんが先生の前で表情が強ばってしまうのが、です。」

「それがしかたがないんですか?」

「はい。」

さくっと答える服部に伊東は戸惑う。

嫌われているから、とかそいう負の理由であるならこれほど快活に言われるはずがない。

しかしそれ以外の理由は心当たりがない。

困ってしまって首を捻る伊東を横目に服部は何かを聞きつけて言った。

「先生、気配を殺して少しだけ障子を開けて庭を見て下さい。」

「?」

不思議に思いながらも服部に促されて伊東は障子を開けて外を覗く。

と、ちょうどその庭を同門の青年、新選組では組長も勤める藤堂平助が歩いてくるところだった。

「藤堂君?」

「しい。黙って見ていて下さい。」

服部が呟いた、ちょうどその時

「平助君!」

軽やかな声が聞こえたかと思うと、庭の向こうに異装の少女が現れた。

髪を短く切って袴をはいた男装の姿なのに、その表情は輝いてまさに花のような笑顔。

「鈴花さん?どうしたのさ?」

走ってきた鈴花の姿に、振り返って平助が答える。

こちらに背を向けているために表情までは見えないが、声に僅か弾んだモノを感じて伊東は微笑した。

おそらくそんな僅かな変化には気付いていないのだろうが、平助の元へたどり着いた鈴花は笑って言った。

「えーっと平助君、午後は暇?もし時間があるなら美味しい葛きりのお店見つけたから、一緒に行かないかなあと思って。」

一息に言い切って平助の返事を待つ鈴花の表情を見て、伊東は「あれ?」と思う。

以前に平隊士の中で鈴花と仲のいい島田を甘味屋に誘っている姿を見かけたことがあるが、その時はこんな顔を鈴花はしていなかった。

こんな期待と不安が入り交じったような表情は。

(・・・・・・)

考え込んだ伊東の耳に、酷く残念そうな声が届いた。

「あー・・・・ごめん、俺今から伊東先生の所へ行くんだ。」

その瞬間、鈴花の表情が切なそうに揺らいだのを伊東はしっかり見てしまった。

そして何か言いたげに視線を僅かに彷徨わせた後、小さく笑って鈴花は言った。

「そう、なんだ。相変わらず勉強家だね、平助君は。それなら別にいいの、他の人誘ってもいいし。じゃ、がんばってね。」

とても物わかりの良い、優しい言葉。

でも、正直な彼女の言葉は寂しげな響きを隠しきれず、慌てて向けた背中は残念さをにじみ出している。

そのせい、というわけではきっとないと思うが平助は二、三度躊躇った後に大きな声で叫んだ。

「鈴花さん!」

「え?」

驚いて振り返る鈴花に駆け寄って平助はまくし立てる。

「あのさ、俺、別に伊東先生と何か約束がある訳じゃないんだ。だからもし先生が居なければ意味ないし。だから、その、声かけてみるからちょっと待ってくれない?」

(ああ、その言い方じゃ私と彼女を天秤にかけているみたいですよ、藤堂君!)

と伊東が思った事と同じ事を鈴花が思ったかどうかはわからないが、鈴花も微妙な表情をして頷いた。

「え・・・・うん。」

「じゃあ、ちょっと待って!」

そう言って駆け寄ってくる気配に服部も伊東も慌てて障子から離れ部屋の奥へ引っ込んで気配を消す。

「伊東先生?藤堂です。」

彼女と話している時とは違い改まった口調で声がかけられるが、伊東は宙に視線を彷徨わせて返事をしなかった。

「伊東先生?お留守ですか?」

(すみません、藤堂君。)

居留守を少し申し訳ないと思いつつ、でもこれでいいと思う。

もし自分がさっきの会話も知らず、尋ねてきた藤堂を中に入れて何か討論でもしようとしても絶対に藤堂は上の空になるに違いない。

さっき鈴花の言った「別の人を誘っても・・・・」が気になって。

と、障子を離れる気配がして庭から二三言葉を交わす声が聞こえた。

「お薦めなんだよ」とか、「楽しみ」とか断片的に聞こえる二つの声は自然と微笑みを誘うほど、嬉しそうで・・・・。














庭から完全に二つの気配が消えるまで待って、伊東と服部は大きく息を吐いた。

その拍子に目があって、服部と伊東は苦笑し合う。

「ね、しかたがないでしょう?」

「そうですね。よくわかりました。」

「まあ、恋敵にくったくない笑顔を見せられる女性なんてめったにいませんからね。」

「・・・・服部君、その言い方は誤解を招きますよ。」

微妙に嫌そうな表情で言う伊東に笑って服部は言った。

「人の恋路を邪魔する者は・・・・と古来から言いますし、お互い馬に蹴られないように気を付けましょう。」

「そうですね。」

顔を見合わせて吹き出しながら、こっそり伊東と服部は願った。

―― 馬に蹴られる前に、新選組の花の恋が綺麗に咲くことを。

















                                          〜 終 〜














― あとがき ―
平助を好きになったら、絶対ライバルは伊東だと思う(笑)
他から見ればバレバレな二人。知らぬは本人同士だけ。