女の子の事情
気持ちの良い快晴の日。 お天気の非番の午前中は洗濯と決めている鈴花は、新選組の屯所の一角で洗濯にせいをだしていた。 家事仕事がわりと嫌いでない鈴花は勢いよくどんどん洗濯物を洗い上げていく。 一通りの洗濯が片づこうかという時、不意に気配を感じて鈴花は顔を上げた。 「!倫さん。」 「ごせいがでますね、鈴花さん。」 何時の間に来ていたのか、当たり前のように近くにたっていた少女は驚いた顔をする鈴花ににこっと笑って見せた。 姿勢のいい若鹿の様な風情の、鈴花にとっては珍しい同性の友人である志月倫に鈴花は苦笑する。 「相変わらず神出鬼没ね。」 「?そうですか?」 「そうよ。今日は誰かに用事?」 「いえ、鈴花さんに会いに来ました。」 そう言った瞬間、ふっと倫の表情が翳ったような気がして鈴花は眉を寄せた。 倫が暗い顔をしているなど、珍しい。 (これはもしかして何か相談に来たのかしら。) それなら、と鈴花は気合いを入れて洗濯を再開しながら言った。 「ちょっと待ってて。これが終わったら最後だから!その後一緒に甘い物でも食べに行きましょ!」 「え・・・・はい。」 一瞬きょとんっとした倫が、頷いたのを確認して鈴花は残りの洗濯物を片づけるべく洗濯桶に向かった。 それから一刻ほど後。 「それで、どうしたの?」 「はい?」 甘味屋の片隅でお団子とお茶を前に聞いた鈴花に、倫は首を傾げた。 「何か相談があったんじゃないの?」 「え?ええっと・・・・」 団子を口に運ぼうとしてた倫が迷うように視線を彷徨わせるのを見て鈴花は確信する。 「やっぱり何かあったんだ?」 「何かっていうかその・・・・」 もごもごと口ごもった倫は視線を上に向け・・・・下に向け・・・・右に向け・・・・左に、向けたかと思ったところで急に鈴花をびしっと見つめた。 「鈴花さん。」 「は、はい?」 「女を比較して順番付けする男なんて最低ですよね!?」 「は?」 いきなり倫の口から飛び出した言葉に意味が分からず、鈴花はきょとんとする。 しかしなにやら勢いづいたのか、倫は湯飲みを握りしめて更に言った。 「中の下とか、上の下とか、勝手に人の事番付して。武芸をやる女は女の範疇に入ってないとか言って。」 「それは確かに聞き捨てならないわね。」 「でしょ!?しかも尊敬している人に逢い引きしてみろって言われればこっちの意志なんかおかまいなしで勝手に連れ回して、そのわりには全然楽しくなくて。」 「それは最悪ね。」 「ですよね!!おまけに話す話は自慢話ばっかりで、肝心な所で女の子一人置き去りにして逃げちゃうんですよ!?」 ぎりぎりぎりと湯飲みを素手で握りつぶせそうなほど力を入れて握っている倫の姿に、鈴花は多いに同情した。 唐突に話に入ったので分かりにくかったが、倫はどうも『男』にそうとう腹を立てさせられたらしい。 しかも話を総合してみると、その『男』は倫を女として番付(しかも女の範疇にはいらないと言ったらしい)して、勝手に逢い引きに引っ張り出したくせに、自慢話ばかりして、あげくに彼女を置いて逃げたらしい。 普段、年下とは思えないぐらい落ち着いた倫がこれほど怒るのも無理はない。 「新選組(うち)の人も大概最低な事を言うとは思ってたけど、負けてないわね。」 頷きながら団子を囓る鈴花の脳裏に過ぎったのは、女の鈴花を島原に誘うわ、太夫を見習えだ言う無精髭の組長の顔。 「本当ですよ!もう、最低なんです。自己中心的だし、他人の気持ちは考えないし。」 「そう言う人に限って自分は女遊びしてるから、女はわかるとか言うのよね。」 「そう、そうなんです!」 大きく頷く倫に、鈴花も頷いた。 「本当に最低で・・・・最低なんですけど」 そこまで勢いづいていた倫の声が急に勢いを無くした。 「?」 不思議に思って鈴花が顔を上げると、倫は何故か戸惑ったような顔をしていた。 「最低、なんですけど・・・・」 さっきと同じ言葉を繰り返して、不意に堪えきれなくなったように倫は俯いた。 その反応に。 (・・・・ああ) 鈴花は気が付いてしまった。 「最低なんだけど、気になるんだ?」 「!!」 鈴花の言葉に倫が弾かれるように顔を上げた。 その瞳にありありと「どうしてわかったの?」と書いてあって鈴花は堪えきれずクスクス笑ってしまう。 「す、鈴花さん?」 「ごめん、別に可笑しかったわけじゃ・・・・いや、可笑しかったんだけど。」 「ええ!?」 「違うの。笑いものにしたわけじゃなくて、倫さん、可愛いなあって思って。」 訳が分からないというように目を丸くする倫を見ながら鈴花はこっそり思う。 (きっと倫さんにとってはまだその『男』がどういうわけか気になるっていう認識なんだろうな。) 芽ばえ始めた何かに戸惑っている。 そんな心情がありありと見て取れてやっぱり鈴花は微笑ましいと思ってしまう。 (私だって最初はそうだったし。) 特別なきっかけがあったわけでもないのに、気が付けばその人が心の中にいるようになっていて、追い出そうとしても消えなくなって。 「なんで」や「どうして」と何度自分に問いかけたかわからない。 けれどそれは答えを他人が出すようなものではないし、出した所で意味がないから。 鈴花はぽんっと倫の肩に手を置くと、それはそれはいい顔で言った。 「頑張って悩んでね。」 「ええ!?」 ―― そしていつか、『最低の人』が『最愛の人』になったら紹介してもらおうと、鈴花はこっそり笑ったのだった。 〜 終 〜 |