いつもの非番
ビシッ!ガッ!バシーッン! 今日も今日とて木刀を打ち合わせる鈍い音が響くのは、京の外れ壬生村の一角。 先頃、もらったばかりの看板も新しい新選組の屯所である。 動乱の京を荒らす不逞浪士を取り締まるという荒事を引き受ける組織だけあって、腕を磨くことに余念がない・・・・が、今日は少しばかり稽古の様子が違うようだ。 それというのも ガッッ!バシッッ!! 「うっ!」 「踏み込みが遅い!!次!」 「は、はい!」 平隊士達の指導をしていた組長、藤堂平助は、脇に一撃を食らってうずくまる平隊士には目もくれず指名された隊士は、若干怯みながらも立ち上がる。 その様子を横目に近くにいた隊士が隣の隊士に囁いた。 「・・・・おい、今日、藤堂先生はどうされたんだろう?」 「俺にわかるかよ。とにかく不機嫌だって事ぐらいしかわからねえって。」 囁き返す同僚に話しかけた隊士も静かに頷く。 そう、強者揃いの新選組の隊士達を怯ませるほど、今日の平助は機嫌の悪さを垂れ流しにしていた。 そのままの勢いで稽古をつけるものだから、とにかく怖い。 新選組の組長の中で稽古が怖いといえば筆頭は沖田総司だが、今日の平助の稽古っぷりは総司にまけるとも劣らなかった。 撃ち合いの相手に指名するや、本気で打ち込んで僅か数分で床に沈めるその様はまさしく鬼神のごとき強さで、見ている分には見応えがあるが、指名されれば地獄行き。 そんな緊張感の中、とにかく理由はわからないがこれ以上平助の機嫌が悪くならないように、できれば自分が指名される前に稽古が終わるように、願いながら稽古を続ける隊士達は知らなかった。 まさかこの不機嫌の原因が (絶対!ぜっったい!鈴花さんが悪いんだ!!) ・・・・という平助の心の叫びからきているなどとは。 ―― そもそも平助は今日は非番だった。 特別済ませなくてはいけない用事もあるわけではなかったから、平助は今日もいつもの非番のように過ごすつもりでいた。 平助の『いつもの非番の過ごし方』とは、新選組唯一の女隊士であり、平助とは気の合う友人でもある桜庭鈴花と過ごすこと。 (今日は鈴花さんも非番だったはずだし。) 稽古をしたり、街をぶらついたり、洗濯をしたり、おやつを作ったり、そんな他愛もない過ごし方ではあったけれど、平助はそんな時間が酷く気に入っていた。 鈴花をからかったり、一緒に笑い合ったりするのは日頃殺伐とした任務に忙殺されている身にはとても穏やかで心地いいから。 もっとも永倉あたりが聞いたなら「いくつのガキだよ」と笑われそうだが。 (別にいーじゃん。鈴花さんといる方が島原とか行くより楽しいんだからさ。) 頭の中でゲラゲラ笑う無精ひげの友人に反論しつつ、平助は軽快な足取りで鈴花の私室へと向かっていた。 昨日、山崎と話している鈴花の話の中で今日が非番だと言っているのを聞いたから当然、部屋にいるだろうと思って。 (ここのところ疲れてたし、団子でも食べに行かないって誘おうかな。) そうすると甘い物には目のない鈴花が本当に嬉しそうに頷いて次から次へとお薦めの店の名前を挙げるから、そのうちのひとつを選んで出かけるのだ。 天気もいいからお団子を食べた後は河原で昼寝とかもいいかもしれない・・・・と次々と楽しい計画を広げていた平助は、鈴花の私室へのびる廊下の入り口でふと足を止めた。 ちょうど正面に見える鈴花の私室の入り口に立っている人を見つけたからだ。 着流しの着物をはだけさせ、羽織ったもので粋を気取る風体は新選組においては一人しか許されていない。 局長、近藤勇だ。 (近藤さん?鈴花さんに用なのかな?) 平助が不思議に思ったその時、「お待たせしました!」と軽快な声と共に鈴花が出てきた。 「相変わらず元気だねえ。」 「なんですか、もう。馬鹿にしてます?」 「いいや、全然。可愛いねって言ってるの。」 「あっ、・・・ありがとうございます。」 一瞬呆れたように笑ったものの、そう返した鈴花に近藤は満足げに頷く。 「さて、じゃあ行こうか。」 「はい。」 にっこり笑って答えた鈴花に平助はむっとした。 むっとして・・・・けれどそれがおかしいことにも気がつく。 平助は鈴花と今日一緒にすごそうと約束していたわけじゃないのだから。 ただいつも何となく一緒に過ごしていたから、鈴花も当たり前に一緒にいるんだと思っていると思っていただけで。 その後も楽しそうに言葉を交わしながら廊下の向こうへ消えていく鈴花と近藤を見送って、平助はくるりと踵を返した。 なんだか妙にイライラした。 「今日の予定、なくなっちゃったじゃん。」 口に出して、後悔する。 余計にむなしさが増し、おまけにイライラも加速したような気がした。 もう目の前から近藤の姿も鈴花の姿も消えたはずなのに、目の前にちらつく。 (・・・・道場、行こう。) 不気味なほど静かな思考で平助は決めた。 ―― そのしばらく後、地獄の稽古が始まったわけである。 「おー、せいが出るな、平助。」 残り僅かになった隊士の一人がまた道場の床に沈んだ直後に響いた緊張感のない声に、平助以外の隊士はみんなはっとして道場の入り口を見た。 彼らの視線を一気に集めた二番隊隊長、永倉新八は軽く肩をすくめて何気ない仕草で道場の中へ入ってきた。 「新八さん・・・・何か用?」 「何か用たあごあいさつじゃねえか。お前、もう昼飯の時間過ぎてるって気付いてっか?」 「え?・・・・あ」 そう言えば時刻の鐘を聞いたような気がする、と思い出して平助はバツが悪そうに集まっていた隊士達に言った。 「忘れてた。ごめん。みんな昼食べに行っていいよ。」 『ありがとうございました!!』 一息も乱れずに全員が発した言葉は、稽古を付けていた(?)平助への礼というよりは中断させてくれた永倉への礼になってしまったのは仕方がないといえるだろう。 その後、クモの子を散らすように去っていく隊士達を見送って一人になった平助に相変わらず面白がるような口調で永倉が話しかける。 「どうしたんだよ?えれえ荒れてんじゃねえか。」 「・・・・荒れてなんかいないよ。」 「ふーん?教え上手な藤堂先生の稽古だってえのに、隊士がみんな死にそうな顔してっから、てっきりおめえが八つ当たりでもしてんのかと思ったぜ。」 「・・・・・・・・・・」 言い返そうとして平助は失敗した。 自分でも薄々自覚があっただけに、図星を指されて返す言葉がない。 そんな平助を見て永倉はさも可笑しそうにくくっと笑うと平助の頭をぐしゃぐしゃかき混ぜた。 「わっ!?何するんだよ〜!」 「まったくよぉ、おめーといい、桜庭といい、素直で結構なこった。」 「え?鈴花さん?」 永倉の口から飛び出した名前に平助は思わず聞き返していた。 すぐにからかわれるかと思って身構えたが、永倉は今度は兄貴分らしい表情で笑っているだけだった。 「さっさと汗拭いて縁側へ行ってみな。運が良けりゃ間に合うかもしれねえぜ。」 「え?間に合うって何が?」 慌てて聞き返したが、その時にはすでに永倉は背を向けてひらひらと手を振って道場を出て行ってしまった。 (なんなんだよ、一体・・・・) 訳が分からないものの、とにかく平助は稽古着を着替え言われた通り屯所の母屋へ向かう事にした。 どっちみち昼食に行くためには通らなくちゃ行けないし・・・・と理由をつけながら歩を進め件の縁側が見えた時、平助はぴたりと足を止めた。 そこに本日の不機嫌の原因、桜庭鈴花が一人でぽつんっと座っていたから。 しかもどういうわけか横には団子が山積みの皿、両手に団子の串を握りしめて。 (な、なんであんな所で団子握りしめてるのさ!?近藤さんと出かけたんじゃなかったっけ?) なんとも珍妙な鈴花の姿に驚いていると、鈴花は猛然と両手の団子にかじりつく。 それはもう擬音で言うなら「ガツガツ」とか「バクバク」とかが合いそうな感じの勢いで。 (こ、怖い・・・・) 思わず平助が怯んでしまう程の気迫を漲らせて団子二串食べきろうかという所になって、鈴花は急に動きを止めた。 そしていからせていた肩をすとん、と落として小さく小さく 「・・・・平助君のばか・・・・」 とくん、と心臓が跳ねた。 どうして近藤と出かけたはずの鈴花が縁側にいて、団子を握っているのかわからない。 でも、もしかして今の言葉とさっきの行動が表すのは・・・・。 結論を出すより先に身体が動いた。 「鈴花さんっ!」 「!?へ、平助くんっ!?」 団子を取り落としそうなほど驚く鈴花にますます鼓動は早くなる。 それを悟らせないように、ゆっくりした足取りで近づいて鈴花の顔を覗き込む。 「なにしてるのさ?」 「え?べ、別に!」 「ふーん?お団子両手に持って?」 「お、美味しいお団子だからちょっと欲張ってるだけ!」 そう言ってぷいっと顔をそらす鈴花の顔はバツが悪そうに赤くなっていて、平助はこみ上げてくる笑いを何とか堪えた。 (なるほど、俺も鈴花さんもわかりやすいね。) 心の中で永倉に返事を返しながら、平助は鈴花の隣に座る。 それでも顔を戻さずそっぽを向いたままそっちの手にあるお団子を囓り出す鈴花の横顔を見ながら、平助はさっきまでどんなに八つ当たりしても消えることのなかった苛立ちがすっかり消えているのに気がつく。 「鈴花さん。」 「・・・・なに?」 「俺もお団子食べたいなぁ。」 「・・・・・・・・・・あげない。」 「そんなにたくさんあるのに?」 「あげないったらあげない!別に平助君のために買ってきたとかそういうんじゃないんだから!」 叫んでしまってから、しまったというように顔をしかめた鈴花に、平助はとうとう堪えきれずに笑い出した。 途端に威勢のいい怒声が飛んでくる。 「平助君っ!!」 「ごめっ・・・だって、鈴花さん・・・・かわい・・」 「〜〜〜〜!」 赤くなって口をパクパクさせる鈴花を見ながら平助はふと、いいことを思いつく。 「じゃあさ、鈴花さん。」 「?」 「そのお団子をくれたら、次の非番はお汁粉奢るよ?」 「え?次の非番?」 鈴花が『お汁粉』ではなく『次の非番』の方に反応したことが平助の鼓動を早めさせる。 (やっぱり、ね。) もしかして、が確信にかわって平助は内緒話をするように鈴花耳に口を寄せて、悪戯っぽく呟いた。 「二人揃ってすれ違って八つ当たりするぐらいなら、約束しよう?」 「!」 驚いたように赤くなる鈴花の隣で、やっと「いつもの非番」を手に入れた平助は嬉しそうに笑った。 ―― 本日の一言 「まあ、かわいいっちゃあかわいいが、はた迷惑な二人だよな。」(by、永倉新八) 〜 終 〜 |