―― 女が花だなんて、思ったことがなかった

                               ・・・・彼女に出会うまでは































京の都の西のはずれ、壬生寺の境内で非番の午後の空いた時間を過ごしていた斎藤一は、境内に入ってきた小さな人影に目をとめた。

明るい色の袴と着物、短い髪をしているが男にはない曲線を持つ人影。

壬生寺に隣接している新選組の屯所に向かうその足取りがどこか楽しげだ。

(あれは・・・・)

「桜庭」

思わず声に出した名に、歩いていた男装の少女がくるりと振り返った。

そんなに大きな声で呼んだつもりの無かった斎藤は、少女 ―― 桜庭鈴花と視線が合ってしまって逆に驚いた。

と、鈴花が大きな目を細めてにっこり笑う。

子どものように屈託のない笑顔。

「こんにちわ、斎藤さん。」

小走りに駆け寄ってきた鈴花は軽やかな声で挨拶してくる。

「ああ。」

「斎藤さんも非番だったんですか?」

「・・・・も、ということはお前も非番か?」

「はい。」

そうか、と言いかけて斎藤は鈴花の手の中に酷く目を引く色彩を見つけた。

小降りだが一杯に花弁を開いた、蒲公英の花。

「・・・・それで花を摘みに行ったのか?」

「え?あ、これは!」

感情の起伏に乏しい斎藤の問いかけを鈴花は咎められたと勘違いしたらしい。

慌てた様子でわたわたと手を振った。

「違うんです、もらいものなんですよ。非番で退屈していたら沖田さんが子ども達と遊びに行くって言うので、ご一緒して。
その時子ども達が似合うからってくれたんです。」

「沖田さんが・・・」という所に何故か引っかかりを感じつつ、彼女の弁明を聞いていた斎藤は最後の言葉にふと眉を寄せた。

「似合う?」

「はい。そう言ってくれました。似合うからお姉ちゃんにあげるって・・・・あ」

言葉の途中で何か思いついたように鈴花はむむっと眉間に皺をよせる。

「斎藤さん。今、身の程知らずって思いませんでしたか?」

「・・・・いや」

返事を返すのに間が空いてしまったのは、別のことを考えていたからだ。

身の程知らずとは思わない。

男所帯の新選組で、一人、異彩を放ちながら毎日くるくると忙しそうに働く鈴花の姿は蒲公英によく似ている。

そう、「似合う」と思ってなんら問題はない・・・・はずだ。

なのに、子どもが言ったという鈴花に蒲公英が似合うというその言葉に、斎藤は違和感を覚えた。

(別に蒲公英でおかしくない。だが・・・・)

何かそぐわない。

どうしてそぐわないと思うのか、それを考えていたために返答が遅れただけだったのだが、鈴花にとってはそうは受け取れない間だったらしい。

機嫌を損ねように口をとがらせて上目遣いに斎藤をにらみつける。

「どうせ私に花なんて似合いませんけどね!」

「いや、そうとは言っていない。」

「じゃあ、似合いますか?」

「・・・・・」

「ほーら、やっぱり。別にいいんです。似てるって言ってくれる子もいるんですから!じゃ、失礼します!」

来た時と同じように小走りに離れていく鈴花の背中を、なすすべもなく斎藤は見送る。

見送りながら、頭の何処かに小さな疑問がこびり付いた。

昼下がりの光りの中を軽やかに走っていく小さな栗色の頭と、その存在は蒲公英にやっぱりよく似ている。

(なのに何故、違うと思う?)

ならば

―― 何が彼女に似合うというのだろうか、と
















斎藤がその答えを得たのは、それから数日後の事。

その日、三番隊に組み込まれていた鈴花と共に、斎藤は夜の巡察に出ていた。

月が煌々と輝く夜で、風もない、酷く穏やかな夜だった。

こんな夜は襲撃には向かない。

月の光はあっさり姿をさらけ出してしまうし、風の音もしない静寂は僅かな足音すら聞き取られてしまうからだ。

実際、予定されていた巡察ルートを一通り回って屯所が近い四条のあたりまで戻ってくるまで見事なまでに何事もなかった。

このまま何事もなく帰隊出来そうだ・・・・そんな安心感が広がったその時、静寂を隠すことも考えない荒々しい足音が破った。

「何者!?」

家の、木々の影から飛び出してきた二十弱の男達に隊士の一人が悲鳴のような問いかけを投げている間に、斎藤は愛刀の鯉口を切っていた。

背中合わせに立った鈴花が刀を抜いた音が耳に届く。

こういう時の鈴花の判断が速いことは隊士の中でも折り紙付きだ。

無駄だとわかっていても、斎藤は押し殺した声で殺気をまき散らす男達に問う。

「我らは新選組。わかって抜刀するか?」

それが合図ででもあったかのように、男達が一斉に鯉口を切る。

そして

「同志の敵ーーーー!!!」

一人の叫び声と同時に斎藤も鈴花も飛び出していた。

―― あっけないほど、それは一方的な戦いになった。

おそらく男達は組織された者達ではなかったのだろう。

たいした腕もないのに単身で切り込んでくる相手を切り倒すのは、さほど難しいことではない。

「うおおおおーー!」

キィンッ

突っ込んでくる相手の刀を自分の刀で受け、同時に力を入れてはじき飛ばす。

それだけで簡単に脇に隙が出来るのを、斎藤は見逃さない。

ズシャッ!

肉を切り裂く鈍い音がして、男がもんどり打って倒れる。

その時 ――

「桜庭さん!危ない!」

隊士の声に、斎藤ははっとして振り返った。

鈴花が浪士に襲われる、そんな場面を想像して振り返った斎藤の前で














ザシュッ!

「ぅぐああっ!」

鈍い悲鳴と共に浪士の体が血しぶきを上げてかしぐ。

流れ出す生命そのもののように、激しく吹き上げる深紅の雨を降らせながら崩れ落ちる男の影から。

・・・・たった今、その命を屠った少女が振り下ろした刀もそのままに現れる。

煌々と照る月の光りの中で、その身を返り血で染めた鈴花は真っ直ぐに男を見ていた。

自分が殺した、相手を。

歯を食いしばってほんの少し眉を寄せて・・・・真っ直ぐに。















(・・・・ああ、そうか・・・・)

蒲公英じゃない。















―― 曼珠沙華 ――















緋色の花を付け、無防備に真っ直ぐに咲く花。

陽の下で幸せそうに咲いている蒲公英のように、誰が見ても微笑みを誘う、そんな花ではない。

人によっては忌み嫌うだろう。

人によっては恐れるだろう。

(・・・・だが)

その姿を斎藤は

―― 美しいと思った。

どくん、と大きく鼓動が鳴った・・・・
















                                          〜 終 〜















― あとがき ―
これが初めて書いた恋華創作でした。
初書きにして見事に不完全燃焼(泣)
鈴花は人の死から目を反らさない子だと思います。
例えそれが自分の斬った人だとしても。