「雨上がり」
   〜 斎藤×鈴花 〜



雨上がりの道を軽快な足取りで歩く少女を斎藤は一歩後ろで見つめながら歩いていた。

少女と言っても一見でそうだと分かる人間は少ないだろう。

何故なら少女・・・・桜庭鈴花は男装をして二本差ししているからだ。

ちょっとみは駆け出しの武家の子といった風情だ。

けれど、その実が新選組唯一の女隊士であり度重なる実戦において男にもひけを取らぬ働きをするなどとはとうてい見えない。

まして今の姿なら余計に、だ。

道に出来た水たまりを避ける足取りは踊るように軽やかで。

片手に提げた団子の包みが鈴花の上機嫌の元だと知っている斎藤にはなんともおかしかった。

きっと雨という悪天候を押してまで手に入れたかった団子を片手に浮かれ気味なのだろう。

ふと見上げればさっきまで雨を降らせていた厚い雲の隙間を縫うように太陽の光が零れてきていた。

その光が道に溜まったいくつもの小さな湖面に反射してキラキラと光を放つ。

その間を鈴花が歩く。

大きめの水たまりを飛び越えると、短く切ってしまった髪が軽やかに跳ねた。

(・・・・触れたい)

不意にそう思った。

そして深く考えず斎藤は開いていた鈴花との距離を大股で縮めて、ぽすんっとその短い髪に手を置く。

「斎藤さん?」

途端にくるりっとふりかえった鈴花の大きな目と視線がかち合って・・・・どくんっと鼓動が大きくなった。

「・・・・あまりはしゃぐな。転んで団子を駄目にしそうだ。」

慌てて髪から手を離して口から出た適当な理由は、ありがたいことに微塵の動揺も感じさせないもので。

一瞬きょとんとした鈴花はすぐに意味を悟ってむっと顔をしかめる。

「私だってそんなドジしません!」

「どうだかな。あんたはいかにもやりそうだ。」

「しませんよ!斎藤さんの意地悪!」

ふんっと顔を背けた鈴花に僅かに動揺した斎藤だったが、それも短い間だった。

というのも、ちょうどその時、目の前の雲がさっと晴れて太陽が顔を出したからだ。

薄暗かった風景を一気に塗り替えるように日の光があたりを染め上げていく様は見とれてしまうほど見事な光景だった。

そして案の定。

「わ・・・すごい!斎藤さん、すごいですね!」

一瞬前の怒りも綺麗さっぱり忘れた顔で鈴花は斎藤をふりかえる。

「私、雨上がりって大好きなんです。」

そう言って鈴花はうっとりしたように雲間から顔を出したお日様を見上げて笑った。

「空気も洗濯されたみたいに綺麗だし、なんとなく静かだし、それにお日様が出た時はこんな風にすごく綺麗だから。」

だから大好きなんです、と無邪気に言って斎藤を見上げた鈴花は、直後に首をかしげた。

「?あの、どうかしましたか?」

「・・・・なにがだ?」

いつもと同じような無機質な声のはずなのに、どこかぶっきらぼうに感じられる声でそう言った斎藤は何故か鈴花から目を逸らしている。

逸らしているけれど・・・・。

「あの、顔赤いですけど。」

「っ!」

「まさか雨に当たって熱が出てるとかじゃないですよね!?」

慌てる鈴花に斎藤はただ首を振って、それからため息をつくように言った。

「・・・・時々、わざとやってるんじゃないかと思えるな。」

「え?何がですか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、なんでもない。」

未だに心配そうな顔で問い返した鈴花に斎藤は微妙な間の後、そう言うとさっきと同じように無造作に鈴花に髪をくしゃっと乱して言った。





「桜庭は雨上がりの太陽によく似ていると思っただけだ。」





―― 一瞬前の景色など嘘のように鮮やかに心を塗り替える、そんなところが。

・・・・言葉にされなかった部分を鈴花が知るのはもっと先の事。

今はただきょとんとしている鈴花の髪をもう一度軽く撫でて、斎藤は口元に笑みを刻んで雨上がりの道を歩き出したのだった。















                                          〜 終 〜











(斎藤さんが鈴花ちゃんに見惚れすぎな気が・・・・・)