艶姿
山崎のつま弾いていた曲が途切れて、鈴花が最後の振りで動きを止めた瞬間、宴席で誰かがため息をついた。 常々、手習いの程度なら舞を習ったこともあると鈴花が言っていたので、華やかな宴席の勢いも手伝って鈴花に「舞を見せて欲しい」と言ったのは近藤だったと思う。 しかし。 (・・・・どこが、手習いの程度なんだよ。) 平助は思わず心の中で悪態をついてしまった。 なんせ、鈴花が女物の艶やかな着物に身を包んで出てきただけで軽々しく「見たい!」などと近藤に同意した自分を呪ったぐらいに鈴花は ―― 綺麗だった。 その姿で、見事に舞ってみせたのだからたまらない。 (あー・・・もう、左之さんなんか口半開きだよ。近藤さんもだらしないなあ。綺麗な人は見慣れてるんじゃなかったの!?) イライラする。 好きな子の綺麗な姿を見られたのは、嬉しい。 けれどその嬉しさ以上に、その姿を新選組隊士全員が見ているという事に苛立った。 宴席は今や、拍手喝采で鈴花を口々に褒め称えている。 鈴花の方も、そんな言葉に照れくさそうにしながらも、近藤にお酌をしたりして楽しそうに見えた。 (あ〜、そんなに近く行っちゃ駄目だってば。近藤さんに捕まっちゃうよ!土方さんまで、何でそんな優しい目で鈴花さんを見てんのさ!) ムカムカして、手近にあった杯を一息に煽った。 こんな気分なのに、鈴花から目が離せない自分が余計に恨めしい。 (・・・・だって、綺麗だし・・・・) 山崎のお見立てなのか、薄紅と萌葱の映える合わせに身を包んだ鈴花はやっぱり目が離せないぐらい綺麗で。 さっき舞っている最中だって、指先の動きひとつ見逃せないぐらい見惚れていたのに、と思うと呆れてしまう。 はあ、と平助はため息をひとつ落とした。 一気に煽った酒が胸のあたりで燻っているように熱い・・・・本当に酒のせいかはわからないけれど。 未だに近藤に捕まっている鈴花から視線を引きはがして平助は立ち上がった。 「んだぁ?厠か?」 「ん、まあ、そんなとこ。」 隣にいた永倉が気付いて声をかけてくるのに、適当に応えて平助は宴席を抜け出した。 外は見事な月夜だった。 宴会をやっている部屋から離れて、一人縁側に腰掛けて平助はまた一つため息を零す。 「・・・・俺って嫉妬深かったのかなあ。」 思わずそう呟いてしまって、余計自分で落ち込んでしまった。 別に平助と鈴花は恋仲ではないし、片恋だというのに嫉妬深いもなにもない気がした。 「・・・・はあ」 重い息をついた、ちょうどその時 「平助くん!」 「!?」 突然聞こえた声に、平助はびくっと肩を揺らすほど驚いてしまった。 振り返って、今の声が幻でなかったことに倍驚く。 平助の直ぐ後ろに、月明かりを浴びた鈴花が立っていた。 まだ女性の着物姿だった鈴花に一瞬、見惚れそうになって、慌てて視線をそらして平助は誤魔化すように口を開く。 「ど、どうしたのさ?」 「え?永倉さんに平助くんが具合が悪そうだから行ってやれって言われたから。」 「永倉さんに?」 「うん。」 頷きながら鈴花が平助に並んで座る。 そして軒下から空に浮かぶ月を眺めて目を細めた。 「・・・・いい月・・・・」 柔らかく零れた言葉に。 月明かりに浮かび上がる鈴花の横顔に。 ―― どきんっ 鼓動が跳ねた。 いつもの剣士の鈴花の顔とは違う、一人の娘としての鈴花の顔がそこにあった。 ―― どきんっどきんっ さっきまでの嫉妬とは違う熱さで心の臓あたりが焦がされているような感じに戸惑って、平助は思わず自分の胸を押さえる。 その仕草に、鈴花がくるっと平助の方を向いた。 「どうしたの?やっぱり具合悪い?」 心配そうに覗き込んでくる鈴花に、平助は固まった。 固まって ―― 一瞬の間の後 「・・・・うん。ちょっと気持悪くて・・・・」 そう言ったのはかなり迫真の演技だったと自分でも思った。 この際、何とでも誤解してくれた方が、取り乱してるとばれるよりは何倍もマシだと思ったのだが、意外にこれが功を奏してしまった。 急に鈴花の表情が心配そうに変わる。 「大丈夫?布団しいてあげるから横になる?」 「ううん、いいよ。ここでしばらく横になってれば良くなるから。」 「ここで?でもちゃんとお布団に入った方が・・・・」 「いいって。今、動けそうにないし。」 「そっか・・・・うーん・・・・・・・そうだ!」 平助の言葉に真面目に考え込んでしまった鈴花が、良いことを思いついたようにぱっと顔を輝かせた。 そして 「膝枕してあげる。」 「・・・・・・・・・・・・・は?」 「だから、せめて枕があった方がいいでしょ?あ、まさか永倉さんみたいに私みたいな固い枕は嫌だとか言う?」 「え?や、言わないけど・・・・・」 「それなら、どうぞ。」 ぽん、と。 (・・・・そんな笑顔で足叩かれても・・・・) あまりの話の展開に、平助は眩暈がしそうになった。 とはいえ、さっきの会話の流れからすると、ここで断ると失礼にあたるかもしれない。 「・・・・じゃあ、少しだけ借りるよ。」 「どうぞ。」 にっこりと笑う鈴花の太ももの上に、平助は恐る恐る頭を乗せる。 頭が収まった途端、真上の鈴花と目があう。 (わ・・・・) 下からと上からの視線が組み合うのは、今までに感じたことがないぐらいくすぐったくて。 (心臓に悪いよ。) 思わずそう思って平助は目を閉じてしまった。 と、ふっと鼻先を優しい香りが掠める。 (・・・・あ・・・香?) 清々しいけれど、甘いその香りに、体に入っていた余計な力が抜ける。 ―― 絶対に眠れっこない、と思っていた平助の脳裏を徐々に睡魔が浸食していく。 暗闇が完全な夢に変わる直前。 霞がかった思考の中で。 平助は、本当は自分が誰よりも先に言いたかった言葉を言った気がした。 「鈴花さん・・・・きれい・・だよ・・・・・・・」 ―― ちなみに、翌日平助が永倉に死ぬほどからかわれたのは言うまでもない 〜 終 〜 |