「右舷接舷完了!ですか、外輪が邪魔で完全な接舷ができません!!」

甲板に響く航海士の声に土方が忌々しそうに舌打ちをした。

「やはり高雄と蟠竜でたてた計画を回天で代行するには無理があったか。」

「副長」

接舷の衝撃で体制を崩していた野村と相馬は起きあがって土方ごしに、状況を確認する。

確かに計画では船の右半分を接舷させる予定であったものが、今や回天の船首が甲鉄の左舷に乗り上げているような状態になっていた。

しかも甲鉄艦の甲板と回天の甲板では高さが違うため大分下にあちらの甲板が見える。

「うぉ、随分高さがあるよな。」

さすがの野村も少し顔をしかめた。

うまく飛び降りなければ戦闘以前に負傷だ。

「どうします?土方さん。」

いつの間にか着慣れた洋装に身を包んだ相馬は腰に差した愛刀に手をかけたまま土方を仰いだ。

(どうするも、こうするも、お前はやる気じゃねえか。)

こっそりと野村は苦笑した。

戦術的に現状がいかに不利であろうとも、土方がやるといえば相馬は動くだろう。

だったら野村のやることは決まっている。

「土方さん、やろう、接舷襲撃」

船橋から降ってきたこの艦の艦長である甲賀の声に土方は呼応するように頷いた。

どちらにしても退けるような状況ではなかった。

「いくぞ!高低差に気を付けろ!乗り込め!!」

土方の号令と共に回天の甲板で鬨の声が上がる。

相馬と土方が走り出すより速く野村は飛び出していた。

目の前を測量士官である旧幕臣、大塚が駆けていくのに従って野村も甲鉄の甲板へむけ狙いを定める。

「野村!気を付けろ!」

背中から様々な音に混じって飛んできた親友の声に、野村は一瞬だけ振り返って笑ってやった。

「悪いな!俺が先に行くぜ!甲鉄艦はこの俺がぶんどってやる!」

勢いをつけて身長より高い高低差に飛び込む。

キィンッ

甲板に足が着くか着かないかのうちに、切り込んできた兵士の剣を受けながら野村は叫んだ。

「新選組隊士、野村利三郎推参!」

野村の声に呼応するように、甲板に銃声が響き渡った。















倫が甲板にたどり着いた時には既に甲板は戦場と化していた。

「ぅおおお!!」

キィンッ!

ガガガガッ!!

新式の武器であるガトリング砲の音と、刀を撃ち合わせる澄んだ音が入り交じって敵も味方も一瞬では判断つかぬほどの混乱ぶりだ。

「何があたんですか!?」

状況が理解できなくて、近くにいた士官を捕まえるとせっぱ詰まった顔で叫びかえされる。

「幕軍の戦艦が突っ込んできたんです!こんな作戦聞いたこともない!」

「戦艦が!?」

確かに聞いたこともない話だった。

「乗り込まれたって事ですか!?」

応戦すべく腰に指している小刀を抜いた倫の耳に忌々しそうな士官の声が耳に入った。

「ああ、そうだよ!新選組の連中もいるらしい。くそっ!この人のいない時に!」

(新選組・・・・!)

その言葉に倫は凍り付いた。

もはや新選組と名乗るものはそうたくさんは残っていないはずだ。

倫はぐっと小刀を握りなおして、船尾に向けて走り出した。

「あ!おい!」

背中からさっきに士官の驚いたような声が聞こえたが、かまってはいられなかった。

ドクン、ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。

あんな夢を見たから、だからこんな風に不安になるのだと言い聞かせながら倫は人をかき分けて走る。

「やあぁぁ!」

「っ!」

ギィン!

横合いから斬りかかってきた男の剣をはねとばす。

「邪魔です!」

声と共に繰り出した蹴りが男のみぞおちに見事にめり込み、甲板に転がった。

その行動で乱された息を整えようと倫が立ち止まった瞬間だった。















「へへ、庵さんとやれるなんて嬉しくって涙が出そうっすよ。」















「!!」

息が止まるかと思った。

怒号と銃声の鳴り響く中を切り裂いてきた声に、倫は必死で顔を巡らす。

そして ―― 見つけた。

戦場の人垣の向こうに、剣を構えた庵と向き合っているその人を。

上段に構えるその姿は、花柳館で稽古に付き合ってもらった時に見慣れたもの。

見たこともないほど真剣な顔をしていても、見間違えるはずもない。

ドクン、ドクン、と鼓動が何かを訴える。

それが不安なのか、喜びなのかもわからないほど強い感情に突き動かされて、気がつけば倫は叫んでいた。
















「野村さん――っ!!」















庵と向き合っていた野村は、たった今耳に届いた声に反射的に視線をそちらに向けた。

そしてそれが幻ではない事に心底驚いた。

幾人もの戦っている仲間の、敵の向こうに ―― 倫がいた。

もう二度と会えないと思っていたその姿に、勝手に胸が騒いだ。

(ああ、やっぱ俺は・・・・君が好きだよ。)

例えこの場に彼女がいるのが誰のためでも。

(そんな不安そうな顔しないでくれよ。)

切れ長の倫の瞳が大きく見開かれて、不安に揺れているのが少しだけ悲しくて、野村は。















笑った。















―― 次の瞬間















ズキューンッッ!!

一発の銃弾が野村の胸を打ち抜いた。















「ぅぐっっ!」

「野村さんっ!」

「野村!!」

崩れ落ちる野村の姿に倫と、彼の後ろにいた相馬の声が被る。

無我夢中で駆け寄ろうとする倫の肩を庵がすんでで捕まえた。

「庵さん!?離して下さい!!」

「いや、待て。」

野村の元へ今にでも走り寄ろうとする倫を押さえて庵は声を張り上げた。

「もはや勝敗は決した!どうする土方!」

その声に、倫は初めて野村の後ろに土方歳三がいたことに気がつく。

苦虫を噛みつぶしたような表情でこちらを見ていた土方は、庵を睨み付け、そしてちらりと倫を見た。

敵意ではないその視線に倫が戸惑う間もなく、土方は相馬に向けて言った。

「相馬!撤退だ!」

「しかし野村は・・・・」

庵との間で転がった状態のままの野村に目を落として珍しく戸惑ったように相馬が言う。

(ばか・・・や・・ろ・・・・)

全身から力が抜け落ちていくような感覚の中で、野村は顔をしかめた。

「いいから・・・・早く引き上げろ。土方さんの命令だぞ。」

かなり掠れた声になってしまったが、ちゃんと言葉になったことに野村はホッとする。

目があった相馬は酷い顔をしていたけれど、それでも回天へと戻る土方を追って走り出した。

その背を見送って、全身を貫く痛みに耐えながら野村は満足そうにため息をついた。

(・・・・守れた・・・・よな・・・・?)

何故追撃しないのかと叫ぶ部下達の声に庵が毅然と応えているのが聞こえる。

これならば、回天ごと相馬は逃げおおせるだろう。

「それより負傷者の手当が先だ!野村君の手当もしてやれ!」

耳に入った庵の声に野村は微かに笑う。

「や、やめて・・・・・・くださいよ。・・・・・・・・・・・・俺・・・・・・死ぬ気満々なんすから・・・・・・・・・・」

最期の冗談にしては上出来かな、とどうしようもない事を考えた時、頭だけ抱え起こされる感覚に野村はうっすら目を開いた。

そして。

「・・・・り・・・ん・・・・さん・・・・・?」

「っ!」

ぽろぽろと大粒の涙をこぼしている倫の顔が視界一杯に広がって野村は自分が倫に抱え起こされていることを知る。

(ああ・・・・)

『・・・・だが、お前は心残りがあるんじゃないか?』

こんな時に、いつかの相馬の言葉が蘇る。

(・・・・今なら・・・・・一つだけある・・・・・な・・・・)

こんなに腕が重くなければ、せめて今の涙を拭ってあげられるのに。

ぽたり、ぽたりとこぼれ落ちてくる倫の涙をただ見つめて、野村は静かに目を閉じた。

「・・・ん?・・・・・・野村さん?野村さん!?」

遠くで倫の声が聞こえる。

「野村さん!!・・・・・いやあああ!!!」















―― 悲痛な悲鳴が明け始めた空に響き渡った・・・・・・・
























































―― 明治二年、三月二十五日未明。

仙台宮古湾において行われた宮古湾海戦は、結果として甲鉄艦を奪取する事ができなかった旧幕府軍の敗戦となる。

回天、蟠竜、高雄の三隻は敗走。

うち高雄は捕捉され逃げ切れず座礁、炎上。

またこの戦闘で旧幕府軍の人的被害は回天の艦長だった甲賀源吾を含め大きかったといえよう。

この時の戦死者の為に、後に箱館、称名寺に墓が建てられた。

そしてその中には、新選組隊士、野村利三郎の名前もある・・・・・・・・






































                                             〜 終 〜
































― あとがき ―
・・・・すっごい、疲れた(^^;)かなりの渾身の力で書いてしまいました。
ちなみに、この宮古湾海戦の流れは花柳剣士伝の庵ルートと相馬ルートに、司馬遼太郎の『燃えよ剣』の展開をちゃんぽんで書きました。
甲賀艦長がやたら出張ってるのは東条の趣味です(すいません)
あとはエピローグを残すのみですので、もう少しおつきあい下さい。