Tame event2 「新選組入隊」
相馬が新選組に入隊を決めたって言ってきた時、何かが始まる予感にゾクゾクした。 それから ―― こつんっと心の端に引っかかった寂しさに首を傾げたのを覚えてる。 梅雨の雨がようやく収まりをみせて、そろそろ夏本番に向かおうという京の片隅、島原。 そのさらに片隅にある香久夜楼の一室で野村と相馬は朝からバタバタと片付けに追われていた。 もともと、着の身着のままに近いような状態で京に出てきた二人ではあるが、庵の手伝いをしたりして稼いでいるうちに、気づかぬうちにそれなりの荷物が出来ていたらしい。 「野村・・・・お前の荷物はいらない物が多すぎるぞ。」 「そっかあ?じゃ、これも捨ててこ。」 「・・・・なんで達磨なんかとってあるんだ。」 ひょいっと野村に放られた両方目の入った達磨を見て相馬がため息をつく。 というか、相馬自身の片付けはもうほとんど終わっていて、さっきから野村の荷造りを呆れてみているような状況だった。 「いやあ、相馬は荷物も少なくて片づいてるよな。」 「・・・・お前が余計な物を持ちすぎなんだ。大体、なんだ、その笊とか、人形とか、おおよそ使う予定のなさそうなものは。」 「んー、こっちの人形は弘法さんに行った時に目があっちまってさ。で、笊は・・・・」 「事情の説明などどうでもいいから、さっさとかたづけろ!!」 「はいはい。」 さすがに相馬が叫んで野村が相変わらず受け流した時、襖の外から小さな笑い声が聞こえた。 その声に、野村がぱっと顔を上げる。 「倫さん?」 「はい。今、お邪魔しても大丈夫ですか?」 「ああ。構わないよな?相馬。」 「俺は構わないが・・・・」 お前は片づけの途中、と相馬が言うより前に野村はさっさと襖を開けてしまっていた。 「お邪魔します。ああ、まだ途中だったんですね。」 部屋の中の惨状を見て倫は少し申し訳なさそうな顔をして手に持っていたお盆を二人に見せるようにあげた。 「そろそろ終わった頃だろうから、お茶を持って行ってあげたらっておこうさんに言われて来たんですけど。」 「いや、ありがたい。俺は。」 「ちょ!相馬!?お前だけ休憩する気かよ!」 「お前はまだ終わる気配もないだろ。」 「えー!」 すでに片づいている自分のエリアに倫を誘導して座る相馬に野村は盛大に不満そうな声を上げる。 その様子に倫は苦笑した。 「肇さん。いいんじゃないですか?休憩しないと疲れちゃいますよ。」 「倫さん。」 「さっすが、倫さん!わかってるね!」 ぱっと片づけ途中だったものを放り出して倫の置いたお盆のところへ飛んでくる野村を見て、相馬は深々とため息をついた。 「倫さんはこいつに甘すぎる。」 「え?そうですか?」 「いーじゃん。あ、まんじゅうもある。いっただっきまーす!」 「・・・・はあ。」 威勢良くまんじゅうに齧り付く野村を横目に、相馬は諦めたようにお茶をすすった。 「それにしても・・・・」 しばらくお茶を飲みながら他愛もない話をした後、ふと倫が部屋を見回していった。 「本当にお二人ともいなくなってしまわれるんですね。」 淋しそうな響きの混ざった言葉に、野村と相馬は顔を見合わせる。 新選組への入隊が決まってからこちら、倫がそんな風に言うのを聞いたことがなかったから。 驚いたと言うよりむしろ意外な感じがした。 道場の食客など間借り人のようなもので、いついなくなっても不思議のない存在だ。 長年道場に住んできている倫がそんな風に言うとは思わなかったからかもしれない。 しかしそれは倫自身も同じだったらしい。 言ってから、すぐにはっとしたように「すみません」と言ったのだ。 「お二人の門出を喜んでないとかそういうんじゃないんです。」 「いや、そんな風には俺も野村も思ってない。」 「ああ。」 野村と相馬に否定されて、倫はほっとしたように肩の力を抜いた。 それから自分でも困ったように苦笑する。 「変ですよね。お二人はこれからずっと探していた道を見つけて歩いていくのに。・・・・ちょっとだけ」 寂しい、なんて思うなんて。 ほとんど声にならなかった言葉の続きを野村は正確に読み取っていた。 (寂しいって思ってくれるんだ。) そう思った途端、野村の心の中に小さく暖かいものが生まれる。 門出とはいえ、こんな風に別れを惜しんでくれる人がいるのは嬉しい。 「大丈夫だよ。大石さんとか三木さんとか新選組の人も結構ここへ来てるじゃん。俺たちも会いに来るし、君も会いに来てよ。」 ことさら明るい声でそう言うと、倫はバツの悪そうな顔をきょとんっとしたものに変えて、それからゆっくり微笑んだ。 「ありがとうございます、野村さん。」 倫独特の優しい笑顔にどきっと野村の心臓が跳ねる。 ・・・・しかし、残念ながらそれは一瞬のこと。 何故なら、隣にいた相馬が無造作に手を伸ばして倫の頭を柔らかく撫でたから。 「肇さん!?」 驚いたように目をまん丸くする倫に、相馬は珍しく柔らかく笑って言った。 「野村の言うとおりだ。いつでも待っているから。」 「は、はい・・・・」 頷いた倫の頬が淡く色づいていく。 ちくん、とさっき暖まったはずの心の何処かが痛んで野村はこっそり相馬を睨んだ。 (ちぇ、美味しいとこ持って行きやがって。) とはいうものの、少し恥ずかしそうに相馬を見ている倫と目を細めて彼女を見つめる相馬は妙に絵になっていて・・・・。 「あー!俺続きやらねえと!」 「あ、そ、そうですね。」 わざと大きめに言った野村の言葉に倫ははっとしたように相馬から離れて頷いた。 「じゃあ、お盆持って行きます。頑張って下さいね、二人とも。」 「ああ。」 「お茶、ありがとね。」 二人の言葉に同時に頷いて、倫は襖を出て行く。 なんとはなしに微妙な雰囲気の中で野村と相馬が片づけを再開しようとしたその時。 ・・・・パタパタという軽い足音とともに開けっ放しだった襖の影から倫がひょいっと顔を覗かせて。 「私、絶対会いに行きますから、二人も忘れずに来て下さいね!」 言うなりまた姿を消した倫を見送ってしばし。 「ふっ」 「はははっ」 野村と相馬は顔を見合わせて笑ったのだった。 ―― また会いに来ればいい、こつんと心に引っかかった寂しさをその時、俺はそうして誤魔化した 〜 終 〜 |