Expansion event1 「団子山盛り」



「・・・・なにがどうして、こうなるんですか。」

その日、花柳館に帰ってきた野村利三郎を一目見た倫は、心底呆れたようにそう言ってしまった。

が、それも無理はない。

なんせ「戻りましたー!」というかけ声とともに道場の入り口に現れた野村は、どういうわけか頭からずぶ濡れだったのだから。

しかもこれまたどういうわけか、妙に大きな風呂敷包みを抱えて。

「いやあ、これには深いような浅いような訳が。」

「どっちなんですか・・・・あ!というか、野村さん!そのまま動かないで下さい!」

無頓着に道場に入ろうとする野村を倫は慌てて制した。

そして「え?」と驚いたように足を止める野村を置いてひとまず部屋に走っていくと、手頃な手ぬぐいを何枚かひっつかんで道場へとって返した。

「そのままじゃ道場も廊下も濡れちゃいますよ。」

「ああ、ごめん。」

今気が付いた、というように手ぬぐいを受け取る野村に倫は小さくため息をついた。

「これで最初に会ったのがおこうさんだったら正座でお説教ですよ?」

「うわ〜、それはちょっと遠慮したいなあ。」

花柳館の食客になってまだそれほど長くはたっていないのにさっそくおこうのお説教をくらい放題な野村は顔をしかめる。

その子どもが苦手な食べ物でも出されたような顔に、倫はくすっと笑った。

「廊下、拭いておきますね。」

「え?いいって!俺やるから。」

「いいから野村さんは早く髪とか頭拭いて着替えてきて下さい。」

「でもさ、」

「いいんですってば。お風呂はまだ使えないでしょうから、拭かないと風引いちゃいますよ。」

そう言って反論は聞かずに倫はさっさと持っていた手ぬぐいで廊下を拭き始めた。

「んじゃ、お言葉に甘えて。」

倫がやり始めたのを見て諦めたのか、野村がそう言ってくしゃくしゃと髪を拭き始めるのを横目で確認して倫はこっそり首を捻った。

廊下には土間から点々と水が落ちている。

(本当に、一体何がどうしたらこうなるんだろう。)

ちなみに外は晩夏の快晴だ。















しばし後。

「あー、さっぱりした。」

道場に入ってきた野村の姿に、廊下を拭き終わってついでに道場の掃除もしていた倫は顔を上げた。

言われたとおりちゃんと髪も拭いて着物も着替えてきたらしい。

ただしさっきの風呂敷包みを抱えているが。

「手ぬぐい、ありがとう。倫さん。」

そう言われて倫は軽く首を振った。

「それはいいんですけど、なんでまだその包み抱えてるんですか?」

「いやあ、倫さんには世話になったから分けてあげようかと思ってさ。」

にかっと笑った野村に倫は首を傾げた。

その倫にちょいちょいと手招きをすると、野村は道場の床にぺたっと腰を下ろした。

取りあえず倫もそれに習う。

「なんですか?」

「ふふん、見てよこれ!」

ほうら、とおもむろに風呂敷包みを開けると中から出てきたのは菓子屋の包み。

「それって、最近人気の。」

新選組きっての甘党である桜庭鈴花が並んでもなかなか手に入らないとぼやいていたお菓子屋の包みに倫が驚いていると、野村は得意げに包みを開けた。

そこにはお団子が一山あった。

「どうしたんですか、これ。」

甘いもののためなら非番も潰す鈴花を持ってしても手に入れられない団子が山盛り。

思わず目をまん丸くしてしまう倫に、野村は「それがさあ」と話し出した。

「今日、結構暑かっただろ?」

「はあ、まあ。」

唐突な切り出しに倫は眉を寄せつつ取りあえず頷いた。

確かに今日は晩夏にしては暑かった。

「で、俺はちょっとは涼しいとこを求めて鴨川まで行ってみた。すると川縁でなにやら揉めてる男女がいたわけ。この暑い日によくやるなー、と思いながら近くを通りかかったんだけど。」

「はあ」

(それがどうお団子と?)

まったくもってつながりの見えない話に倫はますます首を捻る。

「たまたまケンカが佳境だったらしくて女が男を張り飛ばしたんだけど、それが俺が横をちょうど通った時でさ。しかも女が強かったのか、男が弱かったのか、ともかく吹っ飛んで俺にぶつかって。」

「そのまま鴨川へ・・・・」

「どっぼーん!」

試しに先を読んでみた倫に野村は効果音で答えた。

もっとも答えられてもどうかと思うが。

「・・・・野村さん、剣士なのに。」

気配を察知して避けるとか、受け止めるとかできなかったのだろうか。

と、素朴な疑問というか、「それでいいのか」的な含みを込めたにも関わらず、野村はちょっと頬を掻いて落ち込みもせず言った。

「まあ、死にそうでもなかったし、川に落ちたら落ちたで涼しくなるかもしれなかったし。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

けろりと言われてしまって倫は言い返す言葉を失った。

「ずぶ濡れになるとか、帰りが大変とかは考えなかったんですね・・・・。」

「あー、うん。それは川から上がって気が付いた。」

そうだろうと思いました、とは言わずに倫はため息を一つ。

どうにも野村と話しているとため息が多くなっているような気がする。

「それで結局その包みはどうしたんです?」

「ああ、これ。実はその鴨川に落っこちた時に、俺は平気だったんだけど一緒に落っこちてきた男は泳げなかったらしいんだ。で、ついでだから一緒に岸まで引っ張り上げてやったら、いたく感謝されてさあ。
で、偶然にもその男っていうのがこの菓子屋の人間だったものだから、お礼にってくれたわけ。」

「なるほど。」

結局のところ、この団子の山は人助けの礼だったようだ。

確かにここまでの話に野村の主観さえ交えなければ立派な人助けかもしれない。

「・・・・なのに、なんでものすごく間抜けな話に聞こえるんだろう。」

「え?何か言った?」

ぽそっと呟いた倫の感想は聞こえなかったのか聞き返してくる野村に倫はなんでもないと首を振る。

そしてお団子の山と野村を何となく見比べた。

山盛りのお団子を前にどれから食べようかと迷っている姿をしばし見ているうちに、倫はじょじょに込み上げてきた笑いを堪えきれなくなった。

「・・ふふっ」

「?」

「・・・ふ・・・あははははっ!」

とうとう声を上げて笑い出してしまった倫に野村は一瞬あっけにとられたような顔をして、それから首を傾げた。

「俺、なにか変な事言った?」

「へ、変なっていうか・・・あははは!」

「いや、笑いすぎ・・・・」

取りあえず自分が笑われているらしいとはわかった野村がむー、とした顔で団子を囓り始める。

その反応も可笑しくて倫は笑い続けてしまう。

(だ、だって、この人って、可笑しい!)

真面目なんだか不真面目なんだか、カッコイイだか悪いんだか、呑気なんだかせっかちなんだか。

可笑しくて可笑しくて、思い切り倫は笑った。

その姿を憮然としたような顔で見ながら団子を囓っていた野村は、一本目を食べ終わっても倫が笑い止まないのを見て、何か諦めたらしい。

軽く肩を竦めてぽつっと言った。

「ま、倫さんは笑うと可愛いからいいか。」

「はは・・・・えっ!?」

野村の言葉の意外さのあまりに笑いが引っ込んだ倫を見て、野村はにこっと笑った。

「あ、収まった。」

「お、おさまったって・・・・」

(からかわれた?)

そう思って眉をよせると、考えを読んだかのように野村が言う。

「別に俺、嘘言ってないぜ?倫さんは笑うと可愛いよ。」

「は・・・・・」

嘘じゃないと、ちゃんとわかる曇りのない笑顔でそう言われて・・・・とくん、とどこかで音がする。

けれど、その小さな音は急速にふくれあがった恥ずかしさに紛れてしまって。

「えー、と・・・・いただきます。」

倫ができたのは、目の前の団子の山に手を伸ばすことだけだった。

「はい、どーぞ。」

機嫌の良い野村の声を聞きながら、評判通り美味しい団子をほおばり、ほんの少し、倫は口許で笑ったのだった。

(やっぱり、おかしな人。)






















                                              〜 終 〜

















― あとがき ―
鴨川から壬生まで歩いて着物が乾かなかったのかというツッコミは不可(・・・汗)
テーマに続き笑われっぱなしの野村君。