九月の蒼い空
「―― とはいったものの、なかなか出会えないもんだね。」 夏の盛りを過ぎた九月。 鹿児島の街を歩きながら別府晋介はため息をつくように言った。 隣を歩く中村半次郎は軽く笑った。 その手には花束が一つある。 女性に贈るようなものではない、仏花と呼ばれるような花束ではあるが。 「なんだ、晋介。諦めるのか?」 「冗談でしょ?」 揶揄するような響きに晋介は憮然として言いかえす。 振り返った拍子に足下のバッシュがアスファルトにこすれて音を立てた。 その晋介ごしに町並みを眺めて半次郎は感慨深げに目を細める。 舗装された道、台風などではびくともしない鉄筋コンクリートの家々、行き交う車。 現代において当たり前のそれに物心ついたころから不思議な違和感があった。 こんな光景ではない、別の光景を知っているような感覚。 ふとした時に呼び覚まされるそれのわけを長じるまで半次郎が知ることはなかったのだが、ある時、突然堰ききったように思い出したのだ。 所謂、前世の記憶と言うやつを。 最初は酷く戸惑ったが、落ち着いて来た頃になって思わず笑ってしまった。 なにせ今生でも自分は「中村半次郎」と呼ばれ、どういうわけか従弟に「別府晋介」という男がいたのだから。 「まあ、お前もかなりしつこい方だろうからな。」 「ちょっと、半次郎さん。その言い方、誤解を招くからやめてよ。」 嫌そうな顔をする晋介に半次郎は内心苦笑した。 (誤解なものか。しつこいだろう・・・・俺も、お前も。) 『あのさ、半次郎さん・・・・・『倫さん』って知ってる?』 数年前、晋介からそう切り出された時は心底驚いた。 そして同時に心の何処かで「やはり」とも思った。 自分の従弟の「別府晋介」があの「別府晋介」なら、覚えていないはずがないと思ったのだ。 そして案の定、従弟の「別府晋介」はあの「別府晋介」だった。 高台にある墓地へ続く階段に足をかける。 いつもは休日であれば観光客の姿も見えるのに、今日は珍しく人の姿がない。 「今日は静かだな。」 「そうだね。暑いからじゃない?」 隣を歩く晋介が目線を空に上げて眩しそうに言った。 確かに九月の鹿児島は夏の盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ暑い。 まして今日のように雲も少なく陽ざしの眩しい日は。 ―― まるで、あの日のように。 不意に半次郎は口許に笑みを浮かべた。 「・・・・出会えるさ。」 「え?」 ぽつりと呟かれた言葉に晋介が怪訝そうに聞き返してくる。 そちらは見ずに半次郎は階段の上を見据えて言った。 「あるはずもない「もしも」が現実になったんだ。これで倫さんだけがいないことはないだろう。」 「半次郎さんにしては楽観的な意見だね。」 からかうように言われて半次郎が睨み付けると晋介は明るく笑った。 「はは。でもそうだよね。もちろん、俺は諦めるつもりなんてこれっぽっちもないけどさ。」 「同感だ。」 しつこい、と言われるならそうなのだろう。 なにせ、死んでも捨てきれなかった想いだ。 けれどだからこそ、今生で諦めることなど考えられない。 同じ想いを抱え笑い合った二人は残る階段を無言で上がりきる。 桜島を望むこの高台には、西南戦争で死んだ物達の墓がある。 その中央にあるのは、半次郎と晋介がかつて誰よりも敬愛した西郷隆盛の墓があるのだ。 階段を上がりきって参道に出ると真っ直ぐにその墓が目に入る。 いつものように、その墓が視界に入った瞬間 ―― 半次郎と晋介は足を止めた。 墓の前に、一人の女性が立っていたから。 ・・・・二人の記憶にあるより少し大人びて見えるけれど、その後ろ姿を見間違うわけがない。 色素の薄い髪、遠目でも分かる白い肌、小さな肩・・・・。 「・・・・倫さん・・・・」 ―― 呟いたのは晋介か半次郎か。 分からぬほどの声に・・・・聞こえたはずもないほど小さな声に、女性は勢いよく振り返った。 九月の強い陽ざしに、舞い散った涙が宝石のように輝く。 二人を見つけた茶色い瞳は見る見る大きく見開かれて。 (ああ・・・・出会えた) 「別府さんっ!!中村さんっ!!」 ―― 「もしも」の世界が現実になったら さあ、君にまずなにから話そうか・・・・・・? 〜 終 〜 |