二人と一人で小さなやきもち



「陽之介さんと辰巳さんって本当に仲良くなりましたよね。」

紀州の県知事邸の執務室という非常に政治的な場所で、しかも喧々囂々と政治について論じていた陸奥陽之介と辰巳は唐突にぽつりと呟かれた言葉に思わず声の主を見てしまった。

二人同時に振り向かれた先にいた女性 ―― 今は陽之介の妻である倫はそんな二人の視線にも動じることもなく、むしろしみじみとした口調で繰り返した。

「本当に仲良くなって。」

「い、いきなり何言ってやがる。サボってるんじゃねえ。」

いささか動揺ぎみの陽之介にそう言われた倫は、手元に重ねてあった書類をまとめて陽之介に差し出した。

「はい。こちらの校正は終わってますよ。サボってません。」

「あ、ああ。」

「丁度、区切りがついたのでお二人の事を見ていただけなんですよ。そうしたら、とっても仲が良さそうだから。」

そこでなぜかはあ、とため息をついた倫を見て辰巳が急ににやっと笑った。

「なんだ、倫。やきもちか?」

「はっ!?」

すっとんきょうな声を上げたのは倫・・・・ではなく、陽之介だった。

「何言ってやがる!こいつが誰と誰に嫉妬するってんだよ?」

「俺とお前。」

「シャーラップッ!」

論外だと言わんばかりの声で騒ぎ立てる陽之介を辰巳は花柳館にいたころを彷彿とさせるニヤニヤした顔で挑発する。

「じゃあ何か?俺と仲の良いお前に嫉妬してるとかだったりしてな。」

「あり得ない!こいつは俺の妻だぞ!?」

「さあて、実は心の中では・・・・なんて事もあるかもしれねえぜ?」

「ナンセンス!お前みたいな野郎にこいつが惹かれたりするか!」

と叫びながら、何故か必死で否定している陽之介をしばし眺めて、倫はまた一つため息をついて言った。

「・・・・そうかもしれません。」

「「?」」

倫の声は不思議と良く響く。

今もそんなに大きな声ではなかったのにギャーギャーと騒ぐ陽之介の声を難なく通り抜けて二人の耳に届いた。

その何とも言えない静かな口調に再び二人は倫の方を向くと、彼女は呆れたような顔にほんの少し笑みを浮かべていた。

「辰巳さんの言うとおりかも。私、やきもちやいていたみたいです。」

「「へ?」」

冗談だったつもりが爽やかに肯定されてしまった辰巳も、そのやきもちが何に対してだか掴めない陽之介もパカッと目を見開く。

そんな二人を前に、何故か倫は納得したように一人で頷いて言った。

「京にいた時は陽之介さんと辰巳さんってケンカごしでしか話しているのを聞いたことがなかったし、一緒に歩もうって決めた時でも辰巳さんも陽之介さんも相変わらずだったから、何かあったら私が間へ入らなくちゃって思っていたんですよ。
なのに、二人とも変わっちゃてそんな様子はなくなっちゃって。」

「あー・・・・ケンカしてた方が良いか?」

妙に真面目な様子で陽之介にそう言われて、倫は吹き出した。

「違いますよ。そんなわけないじゃないですか。仲が良いのはいいんです。
でも、少しだけ淋しかったんです。二人とも私が必要じゃなくなっちゃったみたいで。」

「そんなこと・・・・!」

「ない、のはわかってますよ。ただちょっとだけ拗ねてたみたいです。」

しょうがないですね、と苦笑して倫は座っていた机から立ち上がった。

そうして陽之介と辰巳の前まで来て二人を見つめ、少しだけいたずらっぽく笑った。















「だから差し当たっては辰巳さんに負けないように頑張りますね。」
















言うだけ言って気が済んだのか、「お茶を煎れてきますね」といって部屋を出たいった倫を部屋に残された二人の男は呆然と見送った。

扉が閉じてたっぷり数分後、先にぽつっと呟いたのは辰巳だった。

「俺たちに変わった変わったというが、あいつも十分変わったよな。」

「・・・・ああ」

心ここにあらずな陽之介の返事を聞きながら辰巳は内心ため息をついた。

前もそれなりに可愛い娘ではあったが、あんなに綺麗に笑わなかった。

しょっちゅうケンカしていて冷たい目で見られた事は数あれど、あんな優しい目で見られたことはなかった。

去っていく、その後ろ姿でさえ目を惹き付けて止まない程の。

「花柳館にいた頃は、まだ子どもって風だったのによお。」

「・・・・・・・・・・・・・ああ」

心ここにあらず返事を返しながら陽之介はいまだに倫の出て行った扉から目を離せずにいた。

辰巳に負けないように、ということは倫がやきもちを妬いた相手は辰巳で、陽之介を挟んでというわけで・・・・。

滅多にそういう素振りを見せない倫のやきもちと、去り際の微笑みのせいで心臓がおかしくなりそうなほど脈打っているのがわかる。

もう倫が側にいるようになって大分たつのに、どうして彼女はこんな強力な一撃をまだ隠し持っているのだろう。

「・・・・陸奥」

「・・・・あ?」

「だらしなく見惚れてんじゃねえよ。」

自分もちょっと見惚れた事は脇においておいてそういう辰巳に、いまだ扉を見つめたままの陽之介がぼそっと言った。

「辰巳」

「あん?」

「俺の、だからな。」

「・・・・へいへい。」

巫山戯た仕草で肩を竦めた辰巳が、ほんの少しだけ残念そうな顔をしたのを、幸か不幸か陽之介が見ることはなかった。















―― 戻ってきた倫が自分と辰巳用にお茶を、陽之介用にティーを煎れてきて陽之介がへそを曲げるのはこの少し後のお話し。





















                                              〜 終 〜

















― あとがき ―
陸奥×倫がごっつ好きなので辰巳を挟むとどうなるかやってみました。