ヤキモチの逆襲



「これもどうぞ、望美さん。」

週末、恋人である銀の住むマンションに遊びに来ていた望美は、目の前のローテーブルに置かれた菓子皿を見て、ぱっと顔を輝かせた。

「これ、私の好きなケーキ屋さんのクッキーでしょ?」

声を弾ませて言うと、隣に座った銀が微笑んで頷いた。

「ええ。望美さんが喜んで下さるだろうと思って。」

「ありがとう!」

お礼を言って望美はチョコレートのかかった薄手のクッキーを口に運ぶ。

囓った途端に甘さが広がって、望美はつられるように表情を崩した。

「おいし〜v」

「ふふ、それはよかったですね。」

目を細めて自分を見つめる銀の視線に気が付いて、望美はどきっと心臓が跳ねるのを感じる。

いつもながら、銀の視線は彼の言葉同様甘すぎて心臓に悪い。

「えーっと・・・・」

「はい?」

「あ、そ、そうだ。このクッキー良く買えたね!」

なんとか話題をそらそうとして自分で言った言葉に、望美はあれ、と思った。

確かこのクッキーは、望美のお気に入りのケーキ屋さんでも人気商品で、その上、個数限定生産だから、そうそう買えないことで有名なのだ。

京から現代に来て、将臣の紹介で職を得ている銀は当然普通の社会人と同じお休みしかないわけで、ケーキ屋の開店前から並んでいるような時間はないはずなのだが。

望美が首をかしげていると、中身の少なくなっていた望美のマグカップに紅茶をつぎ足していた銀が答えた。

「そうなのですか?」

「そうなのって・・・・これ、銀が買ってきたんじゃないの?」

「はい。もらい物です。」

「へえ、よくしてもらってる人なの?これってすごく手に入りにくいお菓子なんだよ?」

「そうだったんですか。ご自分の分も買ったついでだとおっしゃっていたので深く考えず受け取ってしまいました。」

そう言って苦笑している銀に相づちを打って再びクッキーに手を伸ばしかけた望美は、ピタッと動きをとめてしまった。

(・・・・ちょっと待って。『誰に』もらったの?)

今の話に送り主の事はほとんど出てこなかったので危うく流しかけたが、望美お気に入りのケーキ屋は内装も外装もフェミニンで可愛いお店だ。

そんなお店に入って、チョコレートのかかった甘いクッキーを自分の分も買ったついでだと買うのが男性だとは思いにくいわけで・・・・。

「・・・・くれたの、女の人?」

知らず知らずのうちに、ワントーン落ちてしまった望美の声に気が付かなかったのか、銀は穏やかな表情のまま、言った。

「はい。」

―― ズキンッ

「ふうん・・・・」

曖昧にそう言って、望美はクッキーに伸ばしかけていた手を戻すとマグカップを包んだ。

(・・・・そりゃ、銀はカッコいいから・・・・)

両手の掌から伝わってくるカップの暖かさに惹かれるように唇をつけて、望美はちらっと隣にいる銀を見た。

望美より頭一つ分上にあるその顔は、惚れた欲目とか、思い入れとか色んな物を全部差っ引いても文句なしに美形だ。

異世界でわんさか様々な美形を見慣れると言っていいほど見てきた望美がそう思うのだから、世間一般でどう思われるかなんて考えなくてもわかる。

しかも銀は人当たりは抜群にいい。

フェミニストで女性には優しいし、社交性もある。

(・・・・だからもてるのは当たり前なんだけど・・・・)

口に含んだ紅茶が美味しくない、と思って望美は俯いて顔をしかめた。

さっきまではちゃんと美味しかった紅茶が美味しくない。

さっきまでは銀の隣でフワフワと幸せだった気持ちが今は、全然面白くなくて。

その理由に気が付けないほど、望美は子どもではなく、かといって上手に文句を言えるほど大人でもなかった。

なんとも言えずに、望美はカップの中の小さな水面に視線を落として黙り込んだ。

その時

―― クスッ

「!?」

小さな笑い声が耳に入って望美は思わず顔を上げた。

途端に、銀の視線とぶつかった。

いつもと変わらない、柔らかい微笑み・・・・のように見えて何か違う感じがして、望美は眉を寄せる。

そんな望美を見つめたまま、銀は変わらぬ口調で言った。















「申し訳ありません。わざと申しました。」














「え・・・・」

一瞬意味が分からなかった望美は、ぽかんっと銀を見つめて ―― 見る見る真っ赤になった。

(わざとって、わざと女の人からって言ったってことだよね?)

そう思ってみれば、いつもそつなくなんでも望美の事を一番に考える銀があんな事をうっかり言うとは考えられない。

つまり。

「銀〜!!」

「はい。」

「はいじゃない!わざと私にヤキモチ妬かせたんでしょ!?」

「はい。申し訳ありません。」

そう言いながら、銀の表情は至って明るい。

というか、嬉しそうですらあって、それが望美の顔を余計に赤くする。

向こうの世界で恋の駆け引きなど日常茶飯事にしていた銀には、望美の嫉妬などあっさりバレていたわけだ。

「ひどいよ!私、本当にむっとしちゃったのに!」

「むっと、ですか?」

「当たり前でしょ!?そりゃ銀が女の子にモテるなんて考えるまでもないけど、やっぱり悔しいもん。」

「悔しいと思ってくださいますか?」

怒ったようにぷいっと顔を逸らして言っても、耳に入る声は優しくて楽しげだ。

「〜〜〜〜銀!!」

「はい。」

振り返り様、睨み付けた銀の顔は、毒気も抜かれてしまいそうなほど、あんまりにも嬉しそうで。

(〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜)

続けて文句を言い損なった望美は、口を二、三度開けたり閉めたりした後、結局ため息をついた。

「・・・・まったく、自分がヤキモチ妬き妬く時は不機嫌なくせに。」

「もちろんです。望美さんは私のものなんですから。誰にも渡したくなどありません。」

「もう・・・・」

にっこりと笑って宣言されてしまって、二の句が継げなくなった望美の髪を銀は愛おしげに梳いた。

「ですが、望美さんはあまりそう言うことを言って下さいませんから。たまには望美さんがどう思ってくださっているのか、知りたくなってしまったのです。ご不快にさせてしまい申し訳ありませんでした。」

そう言って梳いた髪を絡め取り、銀はゆっくり口付ける。

そのあまりにも絵になる仕草を半ばあっけにとられたように見つめて、望美は苦笑した。

「銀は変な所で意地悪で回りくどいんだから。」

「そうでしょうか。」

「そうだよ。」

ちょこっと首を傾げる銀に、望美は笑った。

別に銀に対する気持ちを言わないのは嫌なわけでもないし、わざと言っていないわけでもない。

ただ恥ずかしいだけで、機会さえあればいつだって言いたいと思っているのだから。

「聴いてくれればいくらだって言うのに。」

そう言って、心なしか驚いているような銀の藤色の瞳を見つめ、望美は微笑んで言った。

「銀、大好きよ。」

「神子様・・・・」

切れ長の涼しげな目が見開かれるのを見ながら、望美はくすっと笑った。

「呼び方、戻ってる。」

「あ・・・・」

指摘されて思わず銀は自分の口元に手をやる。

どうやら自分ほどは顔色が変わらなくても、十分戸惑っているらしい銀の反応に望美は嬉しくなった。

してやったりが二割と、銀が好きで仕方ない気持ちが八割で。

「大好き。」

零れるように言葉にすれば、少し目を細めた銀に腕に閉じこめられる。

その背中に手を回してぎゅっと抱きつけば、いつもより少し早い鼓動が聞こえて望美は微笑んだ。

「こんなに喜んでくれるんだったら時々は言おうかな。でもあんまり言っちゃうと慣れちゃったりして。」

悪戯っぽくそう言うと、銀が少し笑った気配がした。

「貴女のお言葉に慣れることなどありません。言われるたび、私は天上にいるかのごとく幸せになりましょう。ですが・・・・」

言葉を切って、銀は少し望美を離す。

そして自然と見上げる形になった望美の耳元に口を寄せて囁いた。

「言われるのは時々にしておいたほうがよろしいかと思います。私の理性が持ちませんから。」

「なっ!!」

思わずばっと振り向いてしまった望美の目に映ったのは、珍しく悪戯っぽい顔をした銀。

「あのねぇ・・・・」

そんな事いうなら言わない、と言いかけてやめた。

(無理に決まってるよ。だって私は銀が、意地悪だって、ヤキモチ妬きだって、大好きなんだから。)

「銀。」

「はい。」

「やっぱり、大好き!」

「はい、私もです。」

二人で顔を見合わせて、微笑んで、どちらからともなく、そっと唇を寄せた ――















                                            〜 終 〜














― おまけ ―

「・・・・それで、結局、あのクッキーは女の人にもらったの?」

「気になりますか?」

「・・・・それは、まあ。」

「ふふ。申し訳ございません。確かに女性に頂いた物ではあるのですが・・・・」

「?」

「将臣殿のお母上から頂いた物です。」

「ええ〜!?」






























― あとがき ―
確信犯銀(笑)
弁慶版、ヒノエ版、銀版を妄想した結果、銀版が一番甘ったるくなりそうだったので、書いてみました。
ちゃんと甘ったるくなってるといいんですが。