クリスマスソングの響く街で
ジングルベ〜ルジングルベ〜ル♪ おなじみのメロディーが流れはじめる頃、街はカラフルなライトに彩られ今年最後の気取った顔を見せ、歩く人達も一割り増し笑顔が増えているように見えるのは気のせいではないだろう。 中でも恋人達にとっては特別な季節のようで、キラキラとした街を行く顔は少し緊張した顔だったり、笑顔だったり、嬉しそうな顔だったり、街を彩る電飾に負けないぐらいバリエーション豊かだ。 そんなカップルの一組に望美と弁慶もいた。 「なんだか嬉しそうですね、望美さん。」 にこにこと自然と笑みがこぼれていたせだろう。 弁慶にそう言われて望美は大きく頷いた。 「当たり前ですよ。久しぶりに弁慶さんとデートだし。」 爽やかに言われて弁慶は納得というより表情を苦笑にかえる。 「そうですね。この間まで君は試験でしたし。誘っても誘っても忙しいと断られた時には僕が不興をかったのかと思いました。」 傷ついた、と言わんばかりの表情に望美は一瞬焦りそうになって・・・・すぐに呆れたような顔でため息をついた。 「もう、嘘つき〜。期末テストのたびにそう言うんだから!もう引っかかりませんよ。」 「おや、残念ですね。また慌てて『大丈夫です。弁慶さんのこと大好きですから!』って言ってくれないかな、と思ったんですが。」 先学期の時の事を持ち出されて望美は顔を赤くして弁慶をにらみつけた。 そもそもこの世界に暮らすようになって一年とはいえ、恐ろしく順応性の高いこの人が期末テストがなんたるかを知らないわけがないのだ。 それに気づかず全力で否定しにかかってしまった半年前の自分に今はちょっと呆れる。 「私だって少しぐらいは学習するんです!」 反撃代わりにつんっと顔をそらして握っていた手の力を強めると、くすくすと弁慶が笑い声を漏らした。 その雑踏に紛れそうな程小さな笑い声がなんだが妙に嬉しそうで。 「・・・・・・」 「?何ですか?」 「・・・・なんでもないです。」 俯いてそう返したのは、ただ恥ずかしかったから。 (だって・・・・なんでそんな全開の笑顔なの〜。) いつか遠い時空の向こうの世界で見たような、どこか影を背負った笑顔ではないまるで子どものような笑顔なんて反則だ。 火照ってしまった頬を誤魔化そうと望美は視線を巡らして、その視線がふっと一軒の店の店頭に止まった。 「あ、あの花。」 「?ああ、あの花は昨年僕が贈ったものですね。」 クリスマス仕様にデコレーションされた店のショーウィンドウの中で小さな花弁を大きく開いた花は、去年弁慶が望美にクリスマスのプレゼントにと贈った花だった。 歩いていた足を止めて望美がふいにくすっと笑う。 「どうしたんですか?」 「ううん、ただちょっと思い出して。」 「去年の事を?」 「はい。」 頷いて、それから望美はちょっと悪戯っぽく弁慶を見上げた。 「あのね、今だから言いますけど。」 「はい?」 「弁慶さんから花束をもらった時、実はすっごく意外だったの。」 「意外、ですか?」 首をかしげる弁慶に望美は頷いた。 「だって弁慶さんって贈り物とか絶対に手を抜かなさそうでしょ?ヒノエ君もそうだし、なんかこう、プレゼントっていえば装飾品とかそんな感じで想像していたのかもしれないけど。」 「まあ、そうかもしれませんね。」 櫛とか簪、こちらの世界ならアクセサリー・・・・確かにいくらでも女性に喜ばれそうな贈り物なら思いつける自分に弁慶は少し苦笑いした。 その思考過程がわかったのだろう望美も若干複雑そうな顔をしつつ、それでも「それにね」と言葉を継ぐ。 「私の勝手なイメージなんですけど、花束ってプレゼントに何をあげていいかわからない時に選ぶって気がしてたんです。」 それじゃまるで望美へのプレゼントを選びかねて無難な所を選んだみたいに見えていたのか、と弁慶は珍しく慌てた。 けれど、望美は弁慶の解釈とはまったく別な方に表情を崩した。 優しい何かを思い出すように甘く、少し懐かしそうに。 「だからね、私、花束をもらった時にすごく意外で・・・・すごく嬉しかったんです。」 「嬉しかった、ですか?適当に選んだように見えたわけじゃ・・・・」 「そんな事思いませんよ!」 弁慶の危惧を望美は大きく首をふって一蹴する。 「それどころか、ものすごく悩んでくれたんだなって思えたから。だって弁慶さんが適当に女の子へのプレゼントを選ぼうと思えばいくらだって選べたでしょ? だからあの小さな花束をもらった時、本気で私へのプレゼントを選んでくれたんだってすごく嬉しかった。」 そう言って望美は花屋の店先にある花へと愛おしそうに視線を向ける。 その視線に、その表情に弁慶は目を奪われて・・・・ややあって、額に手を当てて大きく息を吐いた。 「?どうかしました?」 「いえ、本当に君は計り知れないと思いまして。」 「?」 不思議そうに首をかしげる望美の頬につないでいない方の手の指で触れると少しくすぐったそうに望美が身じろぎする。 ―― 望美はきっと知らない。 一年前、向こうの世界での戦いが弁慶がまったく想像していなかった形で終わりこの世界にやってきた時どれほど戸惑ったかを。 諦めなくてはいけないはずだった望美への気持ちを抱き続けることを許された事にどれほど歓喜したかを。 小さな花束はその最大級の感謝であり、己の中に改めて抱いた彼女への大切な恋心の欠片だった。 けれどそれは弁慶自身が分かっていることで望美は知らなくていいと思っていた。 装飾品のようにいつまでも同じ形で残るものではなく、散ってはまた咲く小さな花のようなそれがあの時の弁慶の気持ちだったのだと。 「・・・・そう思うと僕にしては弱気でしたね。」 「え?何が?」 「いえ・・・・」 独り言を聞き取られて弁慶は淡い笑顔で誤魔化すと、気分を変えるように肩をすくめた。 「でも困ったな。」 「え?」 「去年の贈り物をそんなに喜んでくれていたと今知ってしまうと、今年の物を選ぶのが難しいですね。」 「今年もくれるんですか!?」 ぱっと顔を輝かせる望美に弁慶は笑った。 「君に贈り物が出来る機会を僕が見逃すと思われていたとは心外だな。」 「え、ええ?」 「まあ、それは冗談としても今年は去年のあの花を上回るものを捜さなくてはいけませんね。」 そう言って弁慶は、冗談か本気か分からない弁慶の言葉に微妙な顔をしている望美の頬を撫でて。 頬の形をたどるように滑った指先は望美の耳の脇に流れた髪をすくうと耳にかける。 その仕草があまりにも優しくて心地よくて思わず猫のように目を細めそうになっていると、不意に弁慶が何か思いついたように表情を変えた。 「そうだ、望美さん。」 「はい?」 「今年のクリスマスプレゼントなんですが」 何か思いついたのだろうか、にしても今ここでばらしちゃうのかな、ときょとんっとした望美に向かって弁慶はそれはそれは楽しそうに笑って。 「婚約指輪なんてどうでしょう?」 「・・・・・・・はい?」 「うん、それなら去年以上に僕の気持ちですし。それがいい。というわけで選びに行きましょうか!」 「ちょ、ちょっと待って!こ、こ、婚約って、べ、弁慶さん!?」 「あ、でもその前にあの花を君に贈りたくなりました。少し待っていて下さいね。」 ぱくぱくと酸欠金魚よろしく口を開けたり閉めたりしている望美を残して弁慶はさっきまで眺めていた花屋のショーウィンドウの中へ驚くほど素早く消えていってしまって・・・・。 呆然と見送ることしばし。 「・・・・本気なの?それとも冗談・・・・?わ、わかんないよ〜」 路肩でううう、と頭を抱えてしまった望美に分かる事はただ一つ。 ―― 今年もまた、弁慶のクリスマスプレゼントにドキドキさせられることになるようだ。 〜 終 〜 |