―― 時折、わからなくなる時がある。 執着しているのは、お前か、それとも・・・・ 薄闇の刻 ふと、目が覚めた。 薄く開けた目に入ってきたのは、淡い闇で知盛は、まだ夜が明けてない事を知る。 おそらくは夜明けに近い時間ではあるのだろうが。 時間を確かめるのも億劫で寝返りをうとうとした知盛の腕に、さらりとした感触が掠める。 自然とそちらに目を向ければ、すぐ隣で一人の少女が眠っていた。 起きていれば、意志の強さを伝える深緑の瞳が閉じられた、まだあどけなささえ残す寝顔。 「望美」 「・・・・ん」 囁かれた名前に、僅かばかり少女が身をよじる。 けれど、目覚めの気配はなく結局同じ穏やかな寝息を立て始める望美を、知盛は片腕に頭を乗せて眺めた。 (おかしなものだ・・・・) こんな光景を見るなど、少し前の自分は想像すらしていなかっただろう。 今、知盛が在るこの部屋でさえ少し前の自分が居た世界とは違う、望美の世界。 ベット、簡素なクローゼット、ローテーブル、テレビ・・・・全てが知盛にとっては馴染みのなかったもの。 あちらの世界で還内府と呼ばれていた将臣に話を聞いた事はあったが、さほどの興味もひかれなかった。 ある意味、それは当然。 知盛にとってあちらの世界にいた時は、戦に出て刀を振るう事が全てでそれ以上に興味の在ることも、求めることもなかったのだから。 生と死の境界線でしか生を認識できず、その刹那の為に生きていたあの頃。 いずれは自分も敵に討たれるか、自害するかで命を終えるだろうと漠然と思っていた。 それが ・・・・出逢ってしまった。 紫紺の髪を揺らし、知盛に毅然と立ち向かってきた少女。 源氏の神子の噂は耳にしていたが、正直にその少女を見た時は驚いた。 女、というにもその娘は幼かった。 それでありながら、生も死もすべて見たような深い深い瞳をしていた。 二人だけしかいない都のはずれの森に木霊した剣戟の音は、悲鳴に、慟哭に、祈りに聞こえた。 そして、その全てで少女は言った。 ―― 「貴方が欲しい!」 ―― つっと唇の端をつり上げて、知盛は眠っている望美の頬をなぞる。 滑らかな手触りが伝わってきて、己の内に微かな熱が宿るのを感じた。 (俺に執着したのは、お前だった・・・はずだが。) さて、どうなのか、と今は思う。 確かに知盛を貪欲なまでに欲したのは望美だ。 だから、知盛は彼女の求めるままに生まれ落ちた世界を捨てて今ここにいる。 触れているのか、触れていないのか曖昧な程柔らかく知盛は望美の頬から喉元へと指を滑らせる。 こちらの世界に来て、この躰を何度も抱いた。 時には酷く優しく、時には乱暴に。 けれど、どんな風に抱いても必ず望美は最後に酷く幸せそうな顔をする。 その顔を見れば見るほど、望美を抱けば抱くほど ―― 尚、飢える。 望美という存在に近づけば近づくだけ、もっと欲しいと心が叫ぶのだ。 けれど、結局は望美と知盛はそれぞれの個でそこには埋められない距離がある。 まして、こちらの世界での互いの生活が物理的な距離をそこに加えた。 望美と会えない間、望美を渇望し、会えば抱いて飢える。 「クッ」 薄闇で知盛は軋むような笑みを零した。 (まるで、病だな・・・・) あの都の外れの森で罹った病。 それは、戦の中で血を求め剣を振るっていた時にさえにている気がした。 (・・・・それでいいさ。) 血を求め、生を求めていた時のように、望美を求め、側にいることで充足し欠乏する。 それが他の人間のように優しい愛し方でないことぐらい、知盛にもわかっている。 けれど、望美が欲したのは知盛だ。 「諦めるんだな。」 呟いて、知盛は望美を抱き寄せた。 枕から引き離されて落ち着かなくなった望美が、知盛の腕の中でもそもそと動いて、やがて気に入った位置を見つけたのか、大人しくなる。 自分の腕に設えたかのようにぴったりと収まる望美の髪に顔を埋めるようにして、知盛も目を閉じる。 淡闇で感じるのは、鼓動と、望美の匂いだけ。 ゆるゆると訪れる微睡みを甘受しながら、知盛は望美の耳に吹き込むように囁いた。 「逃がす気は、ないぜ・・・・?」 病でも何でも構わない。 結局は、いくら渇望し苦しもうとも、望美に満たされるのだから。 満たされ、飢え、そして求める・・・・そうして自分を絡め取った少女を今更、誰が手放すものか。 もし望美が離れていくというのなら、その血の最後の一滴まで手に入れれば良いだけだ。 声を出さず、口元だけに刻んだ笑みは、おそらく歪んでいただろう。 残酷に ―― 嬉しそうに。 それきり、知盛は考えることを放棄した。 途端のできた空白に忍び込んでくるのは、睡魔。 ゆっくりと眠りに飲み込まれていきながら、起きた時、望美がこの体勢に驚くであろう反応を予想して、今度は少しだけ意地悪く微笑んだ。 ―― 薄闇に光が差す朝が来るのは、もうあとわずか・・・・ ―― 欲しい、欲しい、欲しい・・・・と求めているのは 執着も愛もすべてで、絡め取っているのは、きっと・・・・ 〜 終 〜 |