すべて



「銀」

そう紡ぐ貴女の声に酔う。

「銀!」

風に髪をそよがせて振り返る姿に、目を奪われる。

「銀ってば!」

数歩前を歩いていた貴女が怪訝そうに近寄ってきて覗き込む姿に、抱きしめたくなる衝動をなんとか抑える。

「どうかしたの?」

「いいえ、神子様。貴女のお姿に見惚れておりました。ご無礼、お許し下さい。」

「!・・・・もう、相変わらず」

面食らった顔をして、すぐに頬を朱に染める。

その姿は、年頃の娘となんら変わりなく・・・・けれどなにより、私を舞い上がらせる。

「相変わらず、なんですか?」

聞き返すのはもっともっと色々な貴女の表情が見たいから。

思った通り、貴女は困ったような悔しそうな表情を乗せて言った。

「相変わらず口が上手い!・・・・まったく、意地悪・・・・」

はい、わかっております。

言葉にはせずに微笑むと、貴女は恨めしそうに私の顔を見て・・・・それから笑った。

雲が切れ顔を覗かせた十六夜の月、そのままに。

「銀」

「なんでしょう?」

「大好きよ。」

・・・・・・・・・・・それは、少し反則です、神子様。

気がつけば頭一つ分小さいその身体は私の腕の中。

優しく力を込めれば、くすぐったそうに貴女は笑う。

眩暈がするほどの幸福。

貴女が腕の中にいて下さるという奇蹟。

持て余すほどの鼓動すら心地よく、突き動かされるように言葉にする。

「愛しています、神子様。」

飾る言葉は何も見つからず、出るのは単純な言葉だけ。

愛しています。

何よりも、それが私のすべて。

指先を貴女の頬へ滑らせて、耳の横の髪を梳き、夢見心地で頬を傾けて・・・・

ぴたっと唇に押しつけられた貴女の人差し指に、私は目をしばたく。

視線の先では、不満げな貴女の顔。

何か不快に思われることをしてしまったかと思い血の気が引く私の腕の中から、貴女はするりと逃れてしまって。

そうしてまた数歩先へ行ってしまってから、勢いよく振り返った。

「銀!」

「はい。」

「名前を呼んでくれなきゃ、口づけは禁止!」

「は・・・・?」

「だから私は『神子様』って名前じゃないよ?まさか知らない訳じゃないでしょ?」

「もちろんですが・・・・」

咄嗟に躊躇う私に、貴女は苦笑して、それから。

人差し指を、唇にあてた。

―― 僅か前、私の唇に触れた指先に。

「望美」

「え」

「望美って、呼んで?一番好きな人に呼んでもらえないなんて、私の名前が可哀想じゃない?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ですから、反則です。

口元を押さえて、みっともなく緩んだ表情を見られないよう苦心する。

自分はこんな幸せを甘受できる人間ではないと思いつつ、それでも尚、惹かれずにはいられない。

「神子様」

「違うってば。」

怒ったように一歩離れる貴女に、一歩近づく。

「神子様、」

一歩、また一歩

「もう、怒るよ?」

緩く動くその肩に手を伸ばして、再び貴女は私の腕の中へ。

抱きしめて、その小さな肩に髪に顔を埋めて願う。

犯した罪はけして忘れない。

それを背負って、どうかずっと貴女の隣にいられるように、と。

暖かい愛しい身体を抱きしめて、耳元で囁くように紡いだ自分の声は










「望美様・・・・」











―― 甘く溶けた


















                                   〜 終 〜













― あとがき ―
望美ちゃんに「銀!」と呼ばせたかっただけかも(^^;)
銀にとって「すべて」は間違いなく望美ちゃんだと思います。