―― 住む世界が違う、なんて諦められる恋なら

           シンデレラは王子様を手に入れられないでしょう? ――














シンデレラの恋















「・・・小さなガラスの靴はシンデレラの足にぴったりはまりました。
そうして、王子様はシンデレラをあの夜のお姫様だと知って、お城に迎えて結婚し、二人は末永く幸せに暮らしたのです。おしまい。」

望美が話を終わらせる言葉をいうと、白龍がぱっと顔を輝かせる。

「お姫様、幸せになったんだね!」

「そうだね。」

素直な反応に望美が笑って頷くと、一緒に聴いていた朔もにっこりと言った。

「良いお話ね。とても素敵だわ。」

「でしょ?私も好きなんだ、このお話。」

「オレもだね。もっともオレには寓話の姫君より、目の前で目を輝かせてお話を語る姫君の方が魅力的だけど。」

九郎が聞いたなら壮絶に顔を顰めそうな甘い言葉に、望美はもう一人の観客に視線を向けた。

朔と白龍より一歩後ろに座って、面白そうに望美を見ている緋色の青年、ヒノエを。

先日、六波羅を歩いている時に望美が声をかけた事が切っ掛けで天の朱雀とわかり、成り行きで源氏の軍に加わる事になった彼は、好奇心旺盛で望美の話す童話もよく聴きに来る。

「ヒノエくんは王子様って感じだよね。」

「そう?姫君にとって魅力的な存在ってことかな。それなら嬉しいんだけど。」

「また、そういう・・・・」

ウィンク付きで言われて、望美は僅かに赤くなった頬を隠すように顔を背ける。

「ヒノエ殿。あまり望美をからかわないで。」

「オレはからかってなんかいないぜ?朔ちゃん。」

「もう・・・・。あら、そろそろ行かなくてはいけないかしら。」

呆れたようにため息をついた朔が、急に思いついたようにそう言った。

「用事?」

「ええ。譲殿に賄所を貸してくれと言われているの。何か美味しい物を作ってくれるのだとか。」

「譲が?私も行っていい?」

朔の言葉に、最近すっかり譲の手料理の虜になっている白龍が目を輝かせて言った。

普段神子である望美からあまり離れたがらない白龍の、そんな態度に朔はクスクス笑いながら立ち上がった。

「いいわよ。いっしょにいらっしゃい。では、また後でね、望美。」

そう言って去っていく朔と白龍を見送って、望美はちらっとヒノエを見て肩を竦めた。

「譲くんに負けちゃったよ。」

「ははっ!いいじゃん。二人になれてオレは嬉しいし。」

「だからねえ。」

まったくもう、とため息をつく望美を目を細めて見ながらヒノエはごく自然に望美の長い髪に手を伸ばした。

そのあまりの違和感のなさに、逃げ損なった望美は自分の髪がくるくるとヒノエの指に巻き取られていく様を見ながら、少し呆れてしまった。

「何?」

「ヒノエくんは、王子様は王子様でもかなり曲者な王子様だよね。」

「それは誉め言葉と取っておくよ。」

「ご自由に。」

もう今更離してなどと騒いでも無駄だと諦めて、望美はヒノエのしたいようにさせることにする。

最初の頃は真っ赤になって騒いだけれど、それが逆効果だと知ってからは慣れるように努力している望美である。

(こんな行動に慣れちゃってるのもどうかと思うけど。)

この世界に来てから、自分の感覚が狂っていくような気がする、と思いながら望美はヒノエを見た。

癖が入っているけれど、綺麗な緋色の髪。

整った目鼻だち。

凛々しくて、悪戯っぽい緋色の瞳。

ぼんやりと眺めていたら、その瞳と目があった。

途端に、ヒノエは緩く口角をあげる。

望美の反応を伺うような、意地悪な表情も見慣れてしまった。

もちろん、それはここ数日で慣れたものではない。

(ずっと・・・・見てたから。)

望美しか知り得ない『ずっと』。

「・・・・私ね」

「ん?」

ぽつっと呟くように言った望美の言葉に、ヒノエは優しく聞き返した。

「昔は『シンデレラ』のお話は好きじゃなかった。」

「さっきのお話かい?」

「そ。だって、シンデレラはずっと下働きみたいにして生活してたんだよ?今更王妃様になったってきっと色々苦労ばっかりして幸せになんかなれないんじゃないかってずっと思ってたの。」

『しんでれらはしあわせになれたの?ほんとになれたの?』

それは望美がシンデレラのお話を聞いた後の決まり文句だった。

よくお話をしてくれたお隣のおばあちゃんは、そんな望美にいつも穏やかに笑って言っていた。

『住む世界が違ったって貫きたい想いもあるんですよ。』

(あの時はよくわかんなかったけど、菫おばあちゃんが言ったんだと思うと説得力あるよね。)

望美が思い出していると、ヒノエがおかしそうに笑った。

「神子姫様は随分現実的だったんだね。それがどうして好きになったんだ?」

「そうだね、今ならわかるから、かな。」

ちょっと首を傾げて望美は笑った。

「今ならわかるから。シンデレラは幸せになりたくて王妃様になりたかったわけじゃなかったんだって。」

同じ世界に生きている人を選んだのなら、きっと苦労はないのかも知れない。

(でもね、結局、駄目なんだよ。)

めでたしめでたし、の後に慣れない王宮のしきたりでシンデレラが苦労したように、手を真っ赤に染めても、何度悔し涙と後悔に苛まれて苦しんでも。

望美はヒノエを真っ直ぐに見つめた。

童話の王子様と言うには曲者過ぎるかも知れないけれど、きっと、舞踏会で初めて王子様を見た時のシンデレラのように

                ―― 『初めまして、姫君。』 ――

(あの瞬間からずっと・・・・)














「王子様が好きだったんだよ。
その人の心が手にはいるなら、苦労なんかに負けないぐらいに。」















住む世界が違うなんて洒落にもならないんだけれど。

望美は、少し驚いたような顔をしているヒノエを見つめたまま、にっと笑って見せた。

賢くて、たぶん、まだまだ望美の知らない秘密を抱えている『王子様』に向かって。

(王子様に宣戦布告するお姫様なんて聞いたこともないけど。)

『お姫様』じゃなくて、『神子姫様』だから。

「・・・・まったく、面白いね。神子姫様は。お前もそうやって幸せを掴むつもり?」

肩を竦めて余裕を取り戻したようなヒノエに、望美は悪戯っぽく笑って言った。

「私の手にキスをして、お姫様にした人がいるからね。」















                                    〜 終  〜










― あとがき ―
基本的には惚れられてる望美ちゃんが好きだけど、誰かに惚れ込んでる望美ちゃんも好きなのです。