背中
不意に背中を見た時襲ったのは ―― 痛み。 『あの世界』にいた時とは違う、チャコールグレーの細身のコートを纏った背中なのに。 その背中に重なった・・・・二つの背中。 ぎゅ・・・ 痛くて、痛くて、痛くて。 気がついたら手を伸ばして抱きついていた。 でもそれは彼を求めて抱きついたんじゃないから 「望美さん?」 いつもの穏やかな声の中に驚きを滲ませて振り返ろうとする彼を 「ごめん・・・・少しだけ前を向いてこのままでいさせて。」 止めた。 「・・・・・」 何故、も、どうして、も問いかけず落ちた沈黙に、彼も何かを悟ったとわかる。 抱きしめたのは彼ではなく、別の背中なのだと。 ・・・・意地が悪くて、そっけなくて、酷く魅力的だった彼とよく似た面差しの『彼』の背中。 ・・・・彼とまったく同じ背中なのに、何一つ感情を映さなくなった生きた人形になってしまった『彼』の背中。 とうとう助けることが出来なかった二人の。 ぐっと歯を噛みしめて、彼の背中に額を付ける。 ―― その時、ふっと彼に廻していた手が、温かい手に包まれて驚いた。 俯いていた顔を上げれば、肩越しに振り返った彼の眼差しとぶつかる。 優しい、何よりも優しい眼差しに、泣きそうになった。 いつもはヤキモチやきな所も見せるくせに、こういう時だけちゃんとわかって甘やかしてくれる彼。 苦しみながらそれでも側にいることを選んでくれた彼。 一緒に・・・・生きることを選んでくれた彼。 ぎゅっと、今度は彼を抱きしめた。 「銀」 「はい。」 呼べば直ぐに帰ってくる優しい声が好き。 抱きしめた背中から伝わってくる温度が好き。 少しだけ早くなってる鼓動が好き。 重なった一回り大きな掌が好き。 抱きしめた全てが、大好き。 ・・・・失ってしまった過去に対する後悔と痛みはきっと一生消えなくても、この抱きしめた全てを失いたくないから。 「銀」 「はい?」 「大好き」 そう言うと、ちょっとだけ固まる貴方が大好き。 〜 終 〜 |