恋敵宣言
「弁慶さんって、相当九郎さんの事好きですよね。」 「は?」 突然、投げられた言葉に弁慶は非常に間抜けな返事をしてしまった。 隣を見れば、質問を発した主である望美が、どこか拗ねたような顔で前を見て歩いていた。 ただその姿は見慣れた小袖に陣羽織を着た戦装束ではなく、こちらの世界で制服と呼ばれる紺色を基調とした着物姿だ。 戦装束姿もなかなか凛々しくて良かったが、本来彼女が纏うべき衣装を身につけていると年相応に見えてそれはそれで可愛らしい・・・・。 (・・・・なんて、逃避していませんか。) 思わず弁慶は自分で思考の軌道修正をしてしまった。 が、逃避したくなるのも仕方がないのではないか、とも少し思ってしまう。 弁慶の聞き違いでなければ 「九郎の事が相当好き、ですか?」 「はい。」 さくっと頷かれて、聞き違いの路線が排除されてしまった。 弁慶は珍しく引きつりそうな頬をなんとか押さえ込んで言った。 「また、誤解を招きそうな聞き方をしますね。」 「だって、好きでしょ?」 「まあ、友人で上官でもありますし・・・・」 それ以外になんといえばいいというのか。 (僕が『好き』なのは、貴女なんですけど。) とは、さすがにまだ口には出せずに、弁慶はちらっと望美を見た。 さっきと変わらず前を見たまま歩く望美は、やっぱりどこか拗ねているような雰囲気だ。 と、視線を感じたのか望美がふっと弁慶を見た。 視線が絡んで、弁慶の鼓動がとくんっと一つ打ったのもつかの間、すぐに望美は視線を正面に戻してしまった。 少し残念に思いながら弁慶が望美の視線を辿ると、その先には、合流した譲となにやらしゃべっている九郎の姿がある。 「友人とか、上官とか、そういうのとちょっと違う絆が弁慶さんと九郎さんにはある気がします。だってそうじゃなくちゃ、あんなに自然にフォロー出来ないもん。」 フォローという耳慣れない響きにしばし考えた弁慶は、ああ、と思わず呟いた。 「さっき望美さんが道路に飛び出しそうになった時のやりとりの事ですか。あれは・・・・」 「九郎さんのフォローだよね。」 言いかけた弁慶の言葉を遮って望美はそういうと弁慶を見上げた。 珍しく・・・・というか、初めて見るのではないかと思うほど、子どもっぽい悔しそうな顔で。 その表情を見て、弁慶の胸がまた一つ跳ねる。 「休みを楽しみにしてたのは自分も一緒、とか言って九郎さんがあれ以上言い過ぎるのを上手く止めたんでしょ? いっつもそうなんだから。弁慶さんのフォローは自然すぎてわからないぐらいだけど、それだけ当たり前に九郎さんの事、助けてるんですよね。だから」 言葉を切って望美は、ため息を一つ。 そして自分でも自分に呆れているような微妙な声音で、ぽそっと呟いた。 「・・・・悔しいなあって。」 どっちに!? 太字大文字で頭の中に描かれた疑問に、弁慶は一瞬固まってしまった。 (僕が九郎を自然にフォローできているのが悔しいのか、僕が自然に九郎をフォローするほど気にかけているのが悔しいのか・・・・) 前者なら望美が想っているのは九郎だし、後者なら弁慶。 稀代の軍師はその明晰な頭で必死に考えて・・・・すぐに結論を出した。 (・・・・どっちにもとれる。) はあ、と弁慶はため息をついた。 (謎かけが案外上手だったんですね、望美さん。) そこはかとない敗北感に弁慶が打ちひしがれていると、いつの間にか数十歩先に行っていた望美がくるりと振り返った。 紫苑色の髪がふわりとなびいて、不思議そうな顔を縁取る。 「弁慶さん、どうしたんですか?」 「いいえ。なんでもありません。」 ちょこっと首を傾げて聞いてくる望美に微笑んでそう答えて、弁慶は大股に望美との距離を詰めた。 再び並んで歩き出すと、急に望美がとっとっと、と弁慶の前に回り込んだ。 「?望美さん?」 後ろを向いて歩くと危ないですよ、と言いかけた弁慶の言葉は、にっこりと笑った望美の笑顔に飲み込まれる。 それほどに鮮やかな笑顔で、一言。 「私、負けませんから!」 ― く ろ う さ ん に は ― 「え・・・・」 唇だけで望美が刻んだ言葉は、何だったのか。 捉えきれなかった弁慶が問い返すより先に、望美は踵を返した。 刹那、振り返る直前に弁慶が見たのは ―― 淡く染まった赤い頬。 「え・・・・?」 (僕に向かって僕には負けませんなのか、僕に向かって九郎には負けませんなのか・・・・) 「九郎さーん!」 「うわっ!?なんだ望美!?急に背中に突っ込んでくるな!」 「えー?九郎さんってば、このぐらい動じずに受け止められないの?」 「なんだとっ!?」 走っていった先で、九郎に突っ込んで騒いでいる望美を何とも複雑な気分で見守りながら、弁慶は深々とため息をついた。 (どっちにしろ、僕たちがこの先も魅力的な神子様に振り回されることだけは確実ですね。) そして、九郎相手に見慣れた言い合い(じゃれ合い)に発展している望美を見つめて、ゆっくり口角をあげる意味深な笑みを浮かべると、ポツリと弁慶は呟いたのだった。 「僕も、負ける気はありませんよ。他の誰にも、ね。」 〜 終 〜 |