『・・・・朝一番で君にこんな風に起こしてもらえたらいいですね。とても幸せになれます。』 『こんな事で幸せになれるんだったら、私、毎日でもしますよ。』 おはようございます ―― トンットンットンッ 京の夜明け。 庶民達が多く住む五条の町では、あちこちから朝の支度を始める音が聞こえ始める。 そんな家の一つ、最近できたばかりの武蔵坊弁慶の家からもリズミカルな音がしていた。 「よし、できた!」 薄紅色の小袖をまくって、くるくると賄所働いていて嬉しそうにそう呟いたのは、望美 ―― つい先日まで龍神の神子と呼ばれ、源氏の軍で刀を振るっていた少女だ。 もちろん、そんな風に彼女を紹介すればすぐさま、この家の主、弁慶から文句が飛んでくるだろう。 『望美さんは今は僕の奥さんです。』と。 そう、望美は色々なすったもんだの末にやっと弁慶と結ばれたばっかりのできたて夫婦である。 (まあ、奥さんらしいことができるようになったのって最近なんだけどね。) 出来上がった朝食を並べながら、望美はこっそり苦笑いした。 元の世界に居た時は、花嫁修業などまだまだ未来の話だったというのに、いきなり託された台所が竈がメインなのだから、戸惑うのも仕方がない。 しかも、悲しいかな、望美の料理の成績たるや散々なものだったというのに。 これまでの経歴を一瞬思い出して、朝食を朝食の時間に用意出来るようになった自分を思わず誉めてあげたくなった。 (私でもやれば出来るもんなんだね・・・・って、そんな場合じゃなくて) 自分で自分に突っ込みを入れて、望美は立ち上がった。 めでたく出来上がった朝食を暖かいうちに、旦那様に食べさせなくては、と台所を出て部屋を覗いた望美は、あれっと首を傾げた。 いつもなら、弁慶は食事が出来上がるまでの間、ここで薬を調合している事が多いのに。 と、ふと昨日の朝の光景が思い浮かんで、望美ははっとした。 (!あ・・・・そういえば今日はまだ『アレ』してない。) 朝、起きたら思ったより周りが明るくなっていて驚いて寝所を飛び出したから・・・・、と思い出して望美は顔をしかめた。 (しまった〜。起き抜けのぼーっとした時ならいいけど、はっきりしちゃうと恥ずかしいんだよねえ。) 困ったなあ、と呟くものの、このまま放っておくわけにもいかない。 思い出した事を確かめるべく、望美はさらに隣の部屋へ移る。 そしてやっぱり思った通り、そこにはしかれたままの布団と、そこにくるまった望美の旦那様、弁慶がいた。 肩まで着物にくるまって無造作にその金に近い栗毛の髪を広がらせている弁慶は、一見すると朝寝坊をしているかのようだ。 けれど、それを見下ろした望美は、呆れたように一つため息をついて言った。 「もう、起きてるんじゃないですか。」 ぴくっと、その声に弁慶の肩が動いた。 それに合わせるようにしゃがみ込んで望美は正面から弁慶の顔を覗き込む。 普通の人がみたら騙されそうなぐらい完璧な狸寝入りだが、生憎望美は一端の武人だった。 目が閉じられていても、寝ているか起きているかなど、息づかいで一目瞭然だ。 「弁慶さん?」 「・・・・起きてません。」 「起きてませんって、答えてるじゃないですか。」 「・・・・寝言です。」 強情な態度に、望美は困って眉を寄せた。 何がどうあっても、『アレ』をしないと起きないつもりだろうか、と。 「弁慶さん?おつゆさめちゃいますよ?」 「・・・・・・・・・」 「起きてるんだから、起きたって良いじゃないですか。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・はあ。」 何がどうあっても、『アレ』をしないと起きないつもりらしい。 (しょうがないなあ。) 望美は小さく深呼吸をひとつすると、さらっと弁慶の髪を梳いた。 くすぐったそうに少しだけ身じろぎする弁慶に、望美は微笑んだ。 そしてそっと身を乗り出して ちゅっ 途端に、ぱちっと弁慶は目をひらく。 そして、 「おはようございます、望美さん。」 「おはようございます、弁慶さん。」 とても今の今まで眠っていた人間とは思えない上機嫌な笑顔の弁慶に、望美は少しだけ呆れながら笑ったのだった。 〜 終 〜 |