『お姫様は王子様のキスで目を覚ましました。』


―― ・・・・
















眠り姫には優しいキスを 〜 九郎編 〜














「・・・・信じられん・・・・」

今日も今日とて平家打倒の為に軍議をすべく梶原邸を訪れた源九郎義経は、目の前にある光景に思わず呟いた。

そしてそれを最後に絶句してしまう。

それほど九郎の常識の中では絶対にありえない光景だったのだ。

いくらほのぼのと良い天気だとはいえ。

家人だけではなく、様々な人が行き交う可能性のある縁側で。

―― 年頃の女性がすぴすぴ眠りこけているなんて。

「・・・・望美。」

ほとんど無意識的に九郎は頭を抱えた。

そんな彼の事などお構いなしに、縁側でお昼寝中の女性こと春日望美は実に気持ちよさそうに寝息を立てている。

寝転がっているわけではなく、柱に寄りかかっている形で眠っているのがせめてもの救いだが。

(違う!格好がどうとかいう問題ではなく!)

そもそもこんな人目につくところで眠る方が問題なのだ。

しかも望美は普通の女性ではなく、今や勢いづく源氏軍の旗頭とも言うべき龍神の神子だ。

それは当然、彼女を必要とする人間もいれば邪魔に思う者がいても可笑しくない立場なわけで。

そのあたりを踏まえていればこんな無防備そのものの姿をさらしている事自体が考えられない。

というか、問題が在りすぎてどこから叱って良いのか思いつかないほどだ。

(・・・・さっさと起こすか。)

深々と大きなため息をついて九郎は望美に向き直る。

起きれば盛大に叱ってしまってきっと気の強い望美と怒鳴り合いになるだろう事は予測できても。

日だまりで眠る望美がものすごく気持ちよさそうでも、ここは起こさなくては。

そう思って九郎が望美に手を伸ばし、望美の腕に触れようとした瞬間。

「ん・・・・」

「!」

望美が小さく身じろぎして、九郎は反射的に手を引っ込めた。

気持ちよさそうに身をよじる望美を横目に、バクバクする心臓を九郎は思わず押さえる。

別に触れたわけでもないし、九郎のせいで望美がどうこうしたわけでもないのに、なんだか悪いことでもしたような気分になったせいだ。

(な、なんで俺がこんな風に思わなくてはいけないんだ。)

悪いことなどしていない!、と自分以外の誰かに言い訳でもしているように呟き九郎は再度望美視線を戻す。

望美は相変わらず九郎の気配に気づいた様子もなく眠り続けている。

柱に背を預けて時々こくり、と頭が落ちる様が幼子のようだ。

ふと、投げ出された手に目がとまった。

(こいつはこんなに華奢な手をしてたか・・・・?)

思わず九郎がそう思ってしまったほど、望美の手は小さくて華奢だった。

稽古のためについたマメや傷がついている。

そうしてその手から手首、腕・・・・追うように眠る望美を見つめて九郎は軽い違和感を覚える。

(・・・・こんなに小さい奴だったか?)

小さな肩、細い腕、長い髪に縁取られた穏やかな寝顔・・・・何もかもが壊れ物のように。

「ああ・・・・女だったんだな、お前は。」

望美が起きていたら100%大喧嘩になるであろう言葉を呟いて九郎は苦笑した。

最初は女だから戦場には出せないと望美を突っぱねたというのに、望美があまりにも鮮やかに剣を振るい男にも引けをとらぬ戦いをしてみせるから、いつの間にか忘れていた。

望美が自分より五つも年下の少女であるという事を。

場合によっては背中も預ける戦友が、こんなに華奢な手で剣を握る女性である事を。

















―― とくんっ・・・・















(なっ、なんだ、今のは。)

ひとつ、高鳴った鼓動に九郎は一人であたふたする。

(べ、別に望美が女でも何でも俺の大切な仲間の一人には違いない!)

眠る望美から視線を引きはがしてそっぽを向いて心の中で弁解してみるが、自分でもいまいち説得力がないと思ってしまった。

なぜなら、その「大切な仲間の一人」が必死で剣を振るう一人の少女であることに気がついた時、初めて自覚した想いがあったから。

共に戦う仲間としてだけでは説明できない

―― 望美を誰よりも護ってやりたい、という気持ち・・・・

(・・・・俺、は・・・・)

「ん、ん・・・・」

「!!?!」

突然眠っていたはずの望美の声が聞こえて、九郎は心臓が口から飛び出すかと言うほど驚いた。

そして弾かれるように振り返った九郎が見たのは。

やっぱり、気持ちよさそうに眠っている望美の姿だった。

「・・・・寝言か・・・・」

はあああ、と深くため息をついてうっかりしゃがみこみかけた九郎はふと気づく。

望美の体勢がさっきより左にかしいでいることに。

(あのまま行くと、そのうち左に転ぶな。)

そう思うならさっさと起こしてやればいいのだが、何となくそれもかわいそうな気がする。

ならば起こさないように運んでやる、という可能性を考えて九郎はばっと赤くなった。

(どこを触れば良いんだ!)

・・・・青龍の片割れがこの心の声を聞いたならいっそ清々しいまでに豪快に笑い飛ばしてくれるだろう。

しかし生憎、片割れは例によって例のごとく行方をくらませたまま最近姿を見せてはいない。

というわけで、色々悩んだ末、九郎がとった行動は。

一、履き物を脱いで縁に上がる

二、望美の傾いている左側に背中を向けてドカッと座る

三、以上。

(こうすれば倒れてきても支えがあるからな。それに俺がいれば望美に何かしようとする奴はいないだろう。)

意志の力で赤くなりそうな顔をセーブするかのように、苦り切った表情を作って九郎は一人納得する。

他の仲間達に見られたらものすごく笑われそうだが、ともかく(自分的には)一段落した事で九郎は大きく息を吐いた。

と、柔らかい陽ざしが視界で瞬く。

(ああ、確かに今日は暖かいし良い日和だな。)

この世の中には戦乱がまだずっと燻っているというのに、そんな事すら忘れてしまいそうな穏やかな日和だ。

風が梢を揺らす音と、微かな望美の寝息だけが緩やかな空気に波紋を残す。

ふっとやたらと力が入っていた肩から力の抜ける感覚に、九郎は口元に笑みを刻んだ。

「望美を叱りにくくなったな。」

日々、必死に生き残ることを考え、世を平和にするために戦に駆けずり回っている身にこの休息は幸せすぎる。

眠気を誘われない方がおかしいというものだ。

いまだにすーすーと心地よさそうに聞こえる望美の寝息を聞きながら、九郎は無理に起こさなくてよかった、と思った。

そしてその寝息に誘われるように、自分もまたゆっくりと目を閉じた・・・・















―― 数刻後

梶原邸を訪れたリズヴァーンは庭先で見つけた光景に目を細めた。

いつの間にか眠っている九郎と、その背中に寄りかかって眠る望美。

気持ちよさそうな陽ざしの中で二匹の猫のように寄り添って寝息を立てている二人の弟子の姿にリズヴァーンは優しい笑みを浮かべ、呟いた。

「・・・・隙だらけだ。修行が足りない。」

















                                             〜 終 〜













― あとがき ―
もちろん、九郎さんは眠り姫を見つけたってキスなんてできません(笑)
しかも触れません(笑)
遙か1の頼久以上に奥手なイメージなんです(^^;)