無色透明の未来
私たちはどちらも自分の世界を捨てられなかった |
「望美ー!」 友達の声に望美ははっとして机から顔を上げる。 気がつけばHLは終わっていてざわざわと帰り支度に忙しいクラスメイトたちが行き交っていた。 「?どうしたの?」 机の横まできた友人は首を傾げ、そして望美の手の中にあった一枚のプリントに目を落として「ああ」と呟く。 「そろそろ考えなくちゃいけないとはいえ、悩むよね〜。」 「うん、まあね。」 答えて望美は手の中にあったプリントに目を落とす。 学校独特の白いそっけないプリントに踊る文字は「進路希望調査表」。 「進路って言われてもさ〜、今のところ大学進学ぐらいしか思い浮かばないよ。望美は?」 「うーん・・・・」 曖昧に頷いて望美はプリントを弄ぶ。 進路第一希望。 進路第二希望・・・・・。 「そういえば有川くんはどうするの?」 「将臣くん?」 「そうそう。彼ってしっかり自分の未来とか見据えてそうじゃない。」 未来。 友人が何気なく紡いだ言葉に心臓がぎゅっと痛む。 「将臣くんねえ、一応大学進学とか言ってたかな。何かやりたいことはあるみたいだけど。」 ズキズキと痛む心を悟らせないように肩を竦めて笑みを浮かべる。 隠せるだけの腹黒さは身につけた ―― 遠い世界で。 狙い通り友人は気づいた様子もなく言った。 「そんなんでいいの?望美の進路第一希望を左右するかもしれないのに。」 「は?なんで?」 意味が分からず目を丸くすると友人はニヤニヤ笑いながら言った。 「だってあんなに仲良いんだもん。進路第一希望は有川家のお嫁さんで決まりでしょ。」 「っ!」 ―― オレの神子姫様 ―― 脳裏を行き過ぎる声に切り裂かれる。 ―― オレの女になりなよ ―― 飄々とした口調と、緋色の髪、自信たっぷりの瞳・・・・。 「望美?」 「・・・・なんでもない。」 辛うじて望美は溢れそうになるものを堪えた。 「?どうかしたの?」 不思議そうな友人に望美は目を向ける。 『向こうの世界』では当然いなかった洋装で今風の女の子とその後ろには同い年のクラスメイト達。 平和でちょっとだけ退屈で、でも明日の事を脅かされることのない世界。 (・・・・あの人は絶対にいない世界・・・・) ぎゅっと下唇を噛んで望美は世界から視線をそらすように手元のプリントに目を落とす。 進路第二希望。 進路第三希望・・・・。 (いくらあっても) がたんっと音を立てて望美は立ち上がった。 「?」 不思議そうに見上げてくる友達に望美は大げさにため息をついて見せて言った。 「進路なんかに悩んでてもしょうがないし、とりあえずは今を楽しみに行く、ってのはどう?」 にっと笑うと友人も一瞬面食らった顔をした後にっと笑い返してきた。 「さんせー!」 「じゃ、行こ!」 笑って鞄を取りに行く友人の背中を見つつ、望美は進路調査希望のプリントを鞄の中に突っ込んだ。 進路第一希望。 進路第二希望。 進路第三希望・・・・・未来はまだ白紙のまま。 |
その選択に後悔はしないけれど |
勝浦の港はいつも活気づいている。 人の間を縫うようにぶらぶらとヒノエは歩いていた。 時折顔見知りの男だの女だのが「頭領!」と声をかけてくるのに片手を上げて答えながら。 その時、ふっと行き交う人の間を長い髪が過ぎった。 「!」 反射的にヒノエはその背に手を伸ばす。 「きゃっ!?」 「あ」 肩を掴まれて驚きの声をあげて少女が振り返る。 見知らぬ少女だった。 「な、なんですか?」 「ああ、悪い。ちょっと知り合いに似てたもんだから。」 謝ってヒノエはバツが悪そうに彼女の肩にかけた手を外し、自分の前髪を軽く梳いた。 (ばかじゃねえのか、オレは。) 『彼女』がいるわけがないとわかっているのに。 ―― 少し気を抜けば彼女の影を探している。 いるわけがないとわかっていながら、『彼女』がいない事に落胆する ―― ヒノエがそんな事を考えていると、『彼女』に少しだけ似ていた少女は不思議そうにヒノエを見上げてそれから何気なく言った。 「大事な人なんですか?」 「え?」 「私と間違えた人。・・・・あ、ごめんなさい。」 言ってしまってから立ち入った事を言ったと思ったのか少女は少し俯いた。 そのしぐさにヒノエは苦笑する。 以前はこんな控えめな反応も嫌いじゃなかった。 けれど今は『彼女』の反応を思い出してしまう。 人を傷つけるような事はしないが、人に踏み込むことをおそれなかった『彼女』。 目の前の少女のような年相応の顔もすれば、女神のような顔をすることもあった『彼女』。 「ああ・・・・そうだね。」 胸が痛い。 喪失感が、懐かしさが、切り裂くほどに押し迫ってきて。 『大事な人、だった』 ヒノエがそう口にする前に、人混みの中から聞こえた声に少女が振り返る。 そして少し向こうに少女とあまり年の変わらない青年を見つけてぱっと笑った。 「やっと来た。もういいですか?」 律儀にヒノエに聞き返してくる少女にヒノエは軽く笑って言った。 「もちろん。ちゃんと人違いで声をかけられたって誤解されないように説明しときなよ?」 「えっ!?あ、は、はい。」 頬を赤く染めて一つ頭を下げると青年に向かって少女が走っていく。 寄り添って二言三言言葉を交わして、幸せそうに笑い合う二人の姿を見送ってヒノエは踵をかえした。 戦乱の世の中が収束にむかっても豊かな熊野を守るにはまだまだ気は抜けない。 歩いていれば賑やかな人の暮らしが見え、小さな恋人達や幸せな家族の姿が見える。 (オレの守りたいもの。オレの守ったもの、か。) 誇らしさと満足感に小さくため息をつく。 熊野別当としてやるべきことをやってのけたという安堵感はいつでもある。 けれど。 ―― たったひとつ、心から欲したものだけが風景に足りなかった。 |
あの時 『さよなら』 『ああ』 時空の渦が『あの人』を飲み込んでいくあの時 『・・・・!』 『あっ・・・・!』 反射的に伸ばした手があなたに触れていたなら ・・・・何かが違っていたのだろうか 〜 終 〜 |