みすていく・ばれんたいん
2月14日、日本全国バレンタイン日和。 去年までは幼なじみの二人に義理チョコをあげるだけという何とも味気ない過ごし方をしていた望美も、今年は違う。 義理チョコに+して本命チョコの行く先がめでたくできたのだから。 「はい、九郎さん。」 2月14日の学校帰り、望美は本命チョコの行く先もとい、恋人である源九郎義経のアパートに着くなり真っ先に鞄から綺麗にラッピングした包みを差し出した。 そのいきなりの行動に、これからお茶でも煎れようかと立ち上がりかけていた九郎はきょとんとする。 「あ、ああ。これは・・・・バレンタインデーの贈り物というやつか?」 「へえ、知ってたんだ。」 これからバレンタインデーについて説明するぞ、と思っていた望美は意外な九郎の言葉に驚く。 なにせ九郎という人はこちらの世界でも800年は昔の水準の異世界から諸々の事情の下、望美の世界にやってきたというとんでもない経歴の持ち主である。 最近慣れてきたとはいえ、こちらの世界の特に外来の文化に対しては素晴らしく疎いのだ。 それをまめに教えてあげるのは望美の仕事であり、向こうの世界では教えてもらうことの方が圧倒的に多かった望美の密かな楽しみでもあったりしたのだが。 「なんだ、残念。」 「残念って、何がだ?」 「バレンタインデー。教えてあげようと思ってたのに。」 「それが残念がる事なのか?」 「うーん、説明文まで考えてきてたのに・・・・でも、こんなに街中に宣伝が溢れてればさすがの九郎さんでもわかるか。」 「さすがのって、あのなあ。俺だってお前に教えられるばかりでは申し訳ないとは思って ――」 「ストップ。」 言いかけた九郎の言葉を手で塞ぐという端的な仕草で遮って望美は軽く九郎をにらむ。 「申し訳ないなんて言わないで。そんな風に言われると、無理してこっちにいるんじゃないかって疑いたくなるから。」 「そんな事はない!」 慌てて声を大にして否定する九郎に、望美はくすっと笑う。 「うん、そう信じてる。だから、あんまり寂しい事言わないで。九郎さんに色々教えることができるのは嬉しいんだから。ね?」 言葉の通り嬉しそうににっこり笑われて、九郎は自分の鼓動がひとつ跳ね上がるのを感じた。 普段気が強くてさばさばしているだけに、こんな風に無防備に笑う望美は可愛い。 こんな時、今は違う世界にいる緋色の髪の戦友なら流暢な口説き文句が出てくるのだろうが、根っこが朴念仁な九郎には土台無理な注文で。 せめて景時のように素直に「可愛いよ〜」ぐらい言えないかといつも頭の中で考えては見るのだが、挫折する九郎は、結局照れ隠しに「ああ」と頷くのが精一杯だった。 しかしすでにそんな反応に慣れっこな望美にしてみればいつものことなので、あっさりその先など諦めて立ち上がる。 「じゃ、お茶煎れるからチョコ食べよ?頑張って作ったんだから、ちゃんと食べてよね。」 「当たり前だ。望美?」 「ん?」 「これは・・・・その、そういう意味なんだと受け取っていいのか?」 「え・・・・」 立ち上がりかけていた望美は九郎を見て驚いてしまった。 しっかり望美の渡したプレゼントを持って顔を赤くした九郎が、言いにくそうにでもどこか期待した顔で望美を見上げていたから。 「うー・・・・本当にちゃんとわかってるんだぁ。」 つられて赤くなって望美がそう言うが、馬鹿正直に真っ直ぐ見つめてくる九郎の視線から逃れられるはずもなく、結局ひとつため息をついて白状した。 「そうだよ。本命チョコ。・・・・九郎さんが好きだから、ね。」 言った瞬間、九郎の表情が嬉しそうに変わるのを見て望美はなんだか嬉しいようなものすごく恥ずかしいような気分に陥った。 (九郎さん〜、素直に顔に出すぎ〜〜〜〜) もう、心臓がどきどきして思わず顔を覆いたい心境になってしまった望美だが、次の九郎の行動は完全に望美の予想外だった。 「そ、その・・・・ありがとう。お、俺もだから・・・・これを。」 なんとも不器用につっかえつっかえの言葉と共に、望美の目の前に差し出されたのは。 ―― 綺麗にラッピングされた、望美でも知っている有名洋菓子店の小さな箱。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・九郎さん。」 「な、なんだ?」 「もしかして、これって・・・・チョコレート?」 「当たり前だ!」 何故か憮然とした表情で言われて、望美は薄々事情を察知して、今度こそ頭を抱えてしまった。 「あの、九郎さん。ひとつ確認したいんだけど、バレンタインデーってどういう日だと思ってる?」 「はあ?今更何を」 「いいから答えて。」 「・・・・特別に想っている異性にチョコレートという菓子を送る日、だろ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 間違ってはいない。 間違ってはいないが、大事な情報が抜け落ちている。 すなわち、バレンタインデーは(すくなくとも現代日本においては)女性から男性への一方通行な贈り物であるという事が。 はあ、と深いため息をついてしまった望美に九郎は眉間に皺を寄せて問いかける。 「何かおかしいか?」 「九郎さん、バレンタインデーっていうのは女の子が好きな男の子にチョコをあげる日なんだよ。」 「え?」 「義理チョコとか、そういうのもあるけど基本的には女の子から男の子への一方通行。」 言われて九郎はしばし考え、何を思い出したのか顔をしかめた。 「・・・・どうりで女ばかりやたらと多いと思った。」 (そりゃ、そうだよね。) きっと周りにいた女性達も驚いたに違いない。 九郎は望美の恋人としてのひいき目を差し引いてもなかなかの整った顔立ちの男性だ。 そんな美形さんが女の子に混じってチョコを物色して、ラッピングしてもらって・・・・。 思わずこみ上げてきた笑いを必死に腹筋を使って堪えているというのに、その望美に九郎はますます追い打ちをかける。 「しかしそれでは俺ばかりがもらいっぱなしだろう?それは納得いかん。」 「な、納得って・・・・ぶっ・・・・バレンタインデーにはホワイトデーっていうセットの日があって、男性はそこでもらったチョコのお返しをするから完全に・・・・はは・・・・一方通行ってわけじゃ・・・・」 「・・・・望美。体に悪いから笑ったらどうだ?」 「ご、ごめっ・・・・だって、九郎さん、可愛いっ!あははははっ!」 「・・・・・・・・・・・・・・・それは褒め言葉じゃない。」 九郎がいかに渋い顔をしてみせようとも、今の望美には火に油を注ぐ事にしかならないらしく、結局望美はひとしきり笑ってしまった。 「あはは、ああ、面白かった。」 「・・・・よかったな。」 ようやく笑いが収まった頃には九郎は完全にへそを曲げていた。 でも普通の人なら怯んでしまいそうな不機嫌な顔にも望美はめげない。 「九郎さん。」 「・・・・・なんだ。」 「そのチョコ欲しい。」 「だが・・・・」 勘違いしていたと知ればなんとなく渡すのも馬鹿らしいような気がして手のひらでもてあそんでいたチョコの包みに九郎は目を落とした。 その様子を見ながら望美は嬉しそうに笑って言った。 「だってそのチョコ、そういう意味、でしょ?」 「!」 さっき自分が言った言葉をと同じ言葉を返されて、九郎は言葉に詰まった。 確かに間違いなく『そういう意味』で買ったものなのだが、いざ聞かれると・・・・。 「〜〜ああ、くそっ」 「わっ!?」 行き詰まった九郎にいきなり引き寄せられて、あっという間に望美は九郎の腕の中に転がり込んでいた。 「く、九郎さん?」 驚いた声を上げる望美の小さな体を、自分の顔を見られないようにしっかり抱きしめて九郎はため息をついた。 どうせこんなに密着してしまえば隠したって聞こえているに違いない。 ・・・・跳ね上がっている鼓動が。 (かなわないな、本当に。) 惚れた弱みというのもまんざら嘘じゃない、などと思いながらジタバタしている望美に向かって九郎は小さく呟いた。 「そういう意味、だ・・・・俺はお前がずっと、好きだ。」 ―― それを聞いた途端、ぴたっと固まってしまった望美に今度は九郎が笑う番だった。 ― おまけ ― その後、お互いのチョコでお茶をしている時。 「だが、これだとお互い様になってしまって、なんだったか・・・・ホワイトデー?に俺が何かする理由がなくなるな。」 「え?そういえばそうだけど、別にいいよ。このチョコおいしいし。」 「・・・・だが他の男達はホワイトデーに贈り物をするんだろ?」 「変なところにこだわってる気もするけど・・・・あ、それなら!九郎さん、ちょっとこっちに来て?」 「ああ?」 「で、ちょっと目をつぶって?」 「?」 ちゅっ 「(///)!?」 「おまけって事で、キス(おまけ)の分だけホワイトデーにお返しをください、ね?」 〜 終 〜 |