熊野強行軍
「はあ・・・はあ・・・・」 「いったいどうなってんだ、あの川は。」 息を切らせる八葉の面子の中で、思わず将臣が毒づいた。 あの川、とはたった今様子を見てきた熊野川の事。 勝浦で熊野川氾濫の情報を手に入れ、なんとしてもそこをわたって熊野本宮へたどり着かなくてはならない龍神の神子一行はその氾濫状況だけでも確かめに行くべく川に向かったのだが、結果は素晴らしく芳しくないものだった。 「急に水かさが増したように見えた。白龍が感じ取った気配とも関係があるのだろうか?」 息を整えて言う敦盛に、景時が顎に指をあてる独特のポーズで首をひねる。 「う〜ん、でもさ、このあたりには怨霊とかいなさそうだよね。」 「このあたりではない・・・・もっと上流に原因があるのかも知れませんね。」 譲の分析に、弁慶も同意の意を示すように頷いて答える。 「熊野川の上流というと熊野路の先にあたりますね。」 その頃になって遅ればせながら息が整ってきた望美と朔が顔を見合わせる。 熊野路と言えばこっちへ回るきっかけになった変な貴族に行き会ってしまった所だ。 ・・・・ところで、彼の貴族のもみあげはどうやって形を作っているのだろう・・・・ そんな一部の疑問など、今はどうでもよく。 とにかく九郎が渋い顔をして頷いた。 「とりあえずいったん熊野路まで引き返すしかなさそうだな。」 「そうですね。戻って何が起きているか確かめてみないと。」 反射的に同意を返してから望美の脳裏を過ぎったのはここまで来るのにかかった数日の行程だった。 (うっ、そう言えばここまでってかなりきつかったんだよね。山あり、海あり、崖ありで・・・・) 思わずちらっと望美が目を走らせた先には望美と目があってきょとんとした目で望美を見返す長身の青年の姿。 (・・・・白龍も大きくなっちゃったし。) いや、別にいい事なんだけれど。 でもちょーーーーーーっと、あの愛くるしいちび白龍の姿が見られなくなったのはもったいな ―― いや、寂しいと思ってしまう望美は修行が足りないのか(何の?) (そういえば、あの時って私軽く死にかけてるんだよね。あー、そっか。またあそこ戻るのかぁ。) そう思ってげんなりしてしまった望美に罪はないだろう。 熊野の道行きは楽しいことも多々あったが、天秤にかけて釣り合ってしまうほど体力的にきつかったのも事実だ。 だから、ぽろっと望美の口からこんな台詞が零れてしまったも無理はない。 「・・・・熊野路かぁ。今まで来た道を引き返すなんて遠いなあ。」 八葉+アルファの中の数名はその呟きに思わず同意のため息を漏らす。 が、そんな中でも表情を変えることなくリズヴァーンは重々しく言った。 「強行軍になるが、一気に熊野路まで戻る方が早い。」 「い、一気に熊野路まで・・・・?」 ここ何日もかかってやってきたこの行程を? のど元まででかかった「マジですか?」という言葉を何とか望美は飲み込む。 さすがに師匠の正気を疑うような発言はできない・・・・と、意外に体育会系な発想の望美は思い真面目に考える。 そして |
ピロン 『そうですね、一気に戻りましょう』 『まだこの辺でゆっくりしていたいな』 |
| (・・・・ここはやっぱり『そうですね〜』だよね。) しんどそうだけど。 という心の声は聞かない事にして、望美はほとんど自棄気味に言った。 「そうですね、一気に戻りましょう。」 「わかった。」 頷いたリズヴァーンの言葉を合図にみんながさあ、行くかと重い腰を上げる。 望美もまた行くと決めたからには気合いを入れて・・・・と思ったその時。 ひょいっと体が浮いた。 「ふえ?」 (何?なに?) 何が起こったのか分からずにキョロキョロして目に入ったのは金色の髪。 その髪が自分のお腹の下にある・・・・と言うことは。 「リ、リ、リズ先生!?」 どうやらリズヴァーンの肩の上に担ぎ上げられていると気がついた望美は驚いて声を上げるが、リズヴァーンは気にした様子もなく。 「神子、しばらく大人しく捕まっていろ。」 「捕まっていろったって・・・・」 「それから口も閉じておいた方が良い。舌を噛む。」 「はあ?」 きょとんとしている望美をよそに、リズヴァーンは近くにいた敦盛に目を向けた。 「敦盛。」 「はい?なんでしょうか。」 「お前もこっちへ来なさい。」 「?」 言われるままにリズヴァーンの側へ寄ってきた敦盛を、リズヴァーンはひょいっと小脇に抱え。 「では、行くぞ。」 一言、ぼそっと呟くなり。 ダッッッッッッ ―― 走った。 「「「「えええええええっ!?」」」」 「・・・・確かに強行軍ですね。」 「強行軍とか言う問題なんですか!?」 「つーか、走って熊野路までもどるのかよ!?」 「それにしても早いですね、さすがはリズ先生。」 「呑気に納得している場合じゃないよ!」 「そうか・・・・俺たちは確かにここのところ熊野でのんびりしすぎていた。これは修行なんですね!師匠!」 「それはなんかちげーだろ、九郎。」 「いや、そうに違いない!そうとなれば遅れをとるわけにはいかない!行くぞっ!」 「あっ、九郎さん!」 「わっ、ちょっと待ってよ!九郎!しょうがない。朔!俺の背中に乗って!」 「景時、朔殿ならとっくに先に行ってますよ。」 「えええっ!?」 (遠くから)「望美を返してーーーー!!!」 「わー!待ってよ、朔ーーーーーーー!!」 「しょうがねえ、行くぞ!譲!」 「兄さんに言われなくてもいくさ!!」 ダダダダダダダダダ・・・・・ ・・・・砂埃をたてそうな勢いで駆けていく一行を見送る弁慶の頭の上のから、半ば呆れたような声が降ってきた。 「あんたは追わなくていいわけ?」 「言われなくても追いますが・・・・少し近道ぐらいはしますよ。」 「ちっ。あんたが汗だくになって走る姿を見物したかったんだがな。」 「ご期待に添えず申し訳ありません。ところでヒノエ。」 「ああ?」 目線よりだいぶ高い木の枝の上で一部始終を見ていた甥っ子に弁慶は意味ありげな笑みを向けて言った。 「早く戻って言い訳を考えた方がいいんじゃないですか?あの様子だとすぐに本宮まで行き着きますよ。本当の事を知れば望美さんは怒るでしょうね。」 「・・・・余計なお世話だ。さっさと行けよ」 「はいはい。」 険のある言葉に穏やかに返して、弁慶は黒い袈裟を翻して走り出す。 その背中を見送って、ヒノエこと、熊野別当、藤原湛増は思わず呟いたのだった。 「・・・・源氏軍って根性だけはありそうだぜ。」 で、熊野路。 「・・・・すごーい。本当に一気にもどってきちゃった。」 リズヴァーンの肩から降ろされて、半ば呆然とそう呟く望美の後ろには、屍と化した八葉がゴロゴロと転がっていたとか。 〜 終 〜 |