見えない首輪
「知盛って、猫だよね。」 雨が降ってどこへも出かけられない休日。 課題をやるんだと言ってノートを広げていた望美が突然言った。 「ああ?」 片肘突いてソファーに寝転がっていた知盛は、胡乱な返事を返す。 その様がまさに望美が言った生き物によく似ていて、望美は軽く吹き出した。 「ほら、似てる。」 「猫、ね・・・・」 「そう。怠惰で、めんどくさがりやで、気まぐれ。そのくせ、妙に鋭い目をしてるの。」 ブラックジーンズにグレーの薄いニットを着ているから、さしずめ黒猫、と思うと余計にしっくりきて、望美の笑みが更に深くなる。 その様子を気がなさそうに見やって、知盛はもう一度呟く。 「猫、か。ならお前は俺の飼い主か?」 「違うよ。私は気まぐれで誇り高い猫に、ここにいて欲しいな、と思ってるただの通りすがり。」 さらっと望美が返してきた答えに、知盛は片眉を上げる。 知盛の全てを欲しいと言い切った女にしては殊勝な物言いだと思った。 「欲しいなら、首輪でも付けておけばいい。」 「え?嫌だよ。だってもったいないじゃない。」 「もったいない・・・・?」 目を細める知盛を見つめて、望美は弄んでいたシャープペンをくるりと廻す。 手元にはやりかけの課題。 外はしとしとと降り続く雨。 答えを待つ知盛の前で、望美は婉然と微笑んだ。 「自由で気まぐれな猫が私の側に望んで居るんだよ?首輪なんかつけなくったって、ね。」 「・・・・・・・・・・」 首輪のついていない猫は自由だ。 ―― けれど囚われている。 望美という存在すべてに。 だからどこへも行く気がないのだ。 それがわかっていると言わんばかりに、望美は笑う。 「剛毅な女だ。」 「・・・・知盛の褒め言葉って、どこかひっかかるよね。」 不満そうにそう言う望美を見ながら知盛は酷く面白そうに、くっと笑い声を漏らした。 「飽きたら、他の所へ行くかも知れないぜ?」 「飽きさせないようにするもの。」 意地の悪い言葉には、挑戦的な笑み。 (飽きさせないように、か。) おそらく、この先相当長い間、そんな事にはならないだろうと予感はある。 しかしそれを言葉にするのは、簡単に「ずっと」などと口にするのは。 (面白くない。) くっくっと笑いを納めることもせず、知盛はしなやかな動きでソファーを滑るように降りる。 そしてローテーブルごしに望美の長い髪を掬って、唇を押し当てた。 その髪を伝うように目線を望美に合わせれば、途端に望美が赤くなる。 あれほど大胆な事を言っておいて、この程度の仕草に頬を染めるその落差がまた酷く面白く、知盛はにやっと口角を上げた。 「で?どうやって、飽きさせないようにするんだ?」 「えっ・・・・と、知盛。」 恨みがましく赤い顔で見上げてくる望美の、今度は頬に手を添える。 前髪が絡むほどの距離で見つめれば、反射的に見返してくる望美の瞳とぶつかった。 ふいに、満足げに知盛は目を細める。 「なあ、神子殿?」 「な、なに?」 こちらの世界に来て以来、使わなくなった懐かしい呼称に嫌な予感を覚えて望美は身構える。 しかしそういう類の予感という物は、大概あたってしまう物で。 「お前がじゃらしてくれるなら・・・当分は側にいてやるぜ?」 「じゃらしって、なっ・・ぅん!」 外はしとしとと雨模様。 ―― 部屋の中にはじゃれる猫たち 〜 終 〜 |