言の葉
「ねえ、姫君。俺が好きかい?」 口に出して、あまりに陳腐な言葉に自分で苦笑した。 幸い背中から抱きしめていたおかげで望美にはその顔を見られなくてすんだけど。 「好き」なんて言葉を女に強請った事なんてなかった。 何度か女から強請られたことはあったかもしれないが、なんて答えたかも覚えていないほど適当にあしらった気がする。 気持を言葉で、なんて必要なんだと頭で分かっていても心では分かっていなかった頃の話。 だから、今は少しだけ言葉を強請った女達の気持がわかる。 「ね、望美?」 裁縫をしている望美の背中に戯れに抱きついたのは少し前。 仕事を終えて帰ってきて、そうしたら当たり前のように(実際当たり前なんだけどね)望美がオレの部屋にいて、明らかに男物だとわかる着物を縫っていて。 湧き上がった堪えきれない嬉しさに、どうしようかと思った。 だってしかたねえだろ? ほんの少し前まで疾風のように戦場を駆け抜け、そして天上へと帰っていくはずだった神子姫がオレの元で日々を過ごしてくれてる。 手に入らないかもしれない、と何度か俺を弱気にさせたたった一人の女が。 ―― だけど、ふと微かに不安にもなる。 だから抱きしめて、それでも足りずに言葉を強請る。 「望美?」 二度目の名前を呼べば、大きくため息をついたように肩が動いて、肩越しに望美が振り返った。 そして何か文句を口にする前に、オレは唇に羽根のような口づけをひとつ。 狙いは完璧。 それだけで望美は顔を赤くして口をぱくぱくさせる。 「慣れないんだな、姫君は。」 「慣れって、ヒノエくんが不意打ちするから!」 抗議をしてくる望美を巧みにオレの方へ向けさせて、今度は額にひとつ。 わっと首をすくめる望美の頬にひとつ。 「ヒ、ヒノエくん?どうかしたの?」 「どうもしないぜ?・・・・いや、どうかしてるかもな。」 「え!?」 驚いた顔をする望美に、少し長めの口づけをして、オレはにっと笑った。 「どうかしてるぐらい、望美が愛しくてしょうがねえんだ。」 「!もう・・・・」 赤くなった顔に呆れたような表情をのせて望美が笑う。 この表情や、ここにいてくれることを考えれば言葉なんて必要ないはずなのに、やっぱり聞きたいと思ってしまう。 「望美は?」 「え?」 「お前はオレが好き?」 途端に困ったように視線を彷徨わせる望美。 でも逃がしてやらない。 たまには聞かせてくれよ、お前の声で幾千の美辞麗句に勝る一言をさ。 こつん、と額を合わせて真剣に瞳を覗き込めば、逃げ道はないと望美が悟ったことがわかる。 もう一押しだね。 そう読んでオレはもう一度、その柔らかい唇に軽い口づけをして艶やかな髪を掻き上げると耳元に唇を寄せて囁いた。 「言ってくれないと、ずっと離さないぜ?」 よし、これで望美は困ったようにしながらもきっと言ってくれるはずだ。 ・・・・と、思ったのに、急に望美は眉を寄せて顔を曇らせた。 「望美?」 驚いて問いかけると、望美はオレの胸に額を付けるようにして顔を伏せてしまう。 ?? 「どうしたんだ?」 「・・・・やだ」 「え?」 「言わない。」 顔を伏せているせいでくぐもった声の拒絶に、どきっとオレの胸が嫌な音をたてる。 情けないことに言葉が凍り付いたように出なくなったオレの耳に次に届いたのは 「だって言ったら離しちゃうんでしょ?ヒノエくんに・・・・抱きしめていてもらいたいもん。」 ・・・・降参。 まいった、オレの負け。 「望美、顔上げて。」 掠れた声でそう言えば、望美は照れくさそうにゆっくり顔を見せてくれる。 ああ、もう、オレも大概策士だと自分の事を思ってたけど、お前には絶対負けるぜ。 だってさ、オレの腕の中だけで見せるお前の表情ひとつでオレは何度でもお前に惚れ直してるんだから。 今だって、欲しかった言葉じゃないのに、酷く嬉しくしかたない。 「姫君のお望みの通りに。」 「ヒノエくんったら。」 くすくすと笑う望美の髪を優しく梳いて、頬に触れて。 「愛してる。」 口にした言葉は、自分でもちょっと驚くくらい甘ったるくて。 満足そうに酷く綺麗に笑う望美に。 ―― やっぱりオレの負けだと思った。 〜 終 〜 |