彼女が転んだシリーズ 〜弁望編〜



差し出された手がなんだか意外な気がした。

(・・・・や、別に普通なんだけど。)

「?どうかしましたか?」

きょとんっとしたまま、差し出された手を見つめていた望美を不審に思ったのだろう。

手の主、弁慶がそう聞いてきて望美は慌てて首を振った。

「いえ!なんでもないんです。」

「それなら構いませんが・・・・どこかケガをしたんじゃないですよね?」

「あ、それは大丈夫です。」

「それならいいんですが。結構派手に転ばれたから驚きました。」

「あ、あはは〜。」

思わず目を逸らしてしまうぐらいは弁慶の言葉に心当たりがあった。

ほんの数分前、京邸の庭で素振りをしていた望美は不意に足下に飛び出して来た影に驚かされて派手にすっころんでしまったのだ。

ちなみに原因たるその影はどこからか紛れ込んだ子猫だったのだが、運動神経には自身があった望美は突発事態とはいえ避けきれなかった自分に非常にがっかりした。

更にその上、その現場を通りがかった弁慶に見られてしまったのだから居たたまれない。

(な、なんか駅の階段で転げ落ちた気分・・・・)

知り合いがいたのを幸と取るべきか、不幸と取るべきか本気でなやむような、そんなシチュエーションである。

そんなわけで、転んだ姿勢のままお尻をついてしまっている望美の所へやってきた弁慶が最初にしたのが、望美に手をさしのべる事だった。

(・・・・あれ、それは全然普通なんだけど。)

転んだ人に手をさしのべる、至って普通の行為だ。

なのになんで弁慶の差し出した手に違和感を感じたのだろう・・・・と、考えて、はた、と原因に行き当たった。

(そっか、普通だからだ。)

思えば武蔵坊弁慶という人は、望美にとってとにかく予想外の行動にでる人だった。

普通に話しているつもりが、口説かれていたり。

構われているつもりが、突き放されていたり。

治療してもらいにいって戯れ半分に指先にキスされたりしたこともある。

そんな人だからいたって普通の行動をしたことに妙な違和感を感じたのだろう。

(なんだか弁慶さんだとからかわれるのが普通な感じがするんだよね。今だって・・・・)

「・・・・平気で抱き上げるとかしそう。」

「おや?抱き上げて欲しいんですか?」

「へっ!?」

頭の上から降ってきた弁慶の言葉に、望美はぎょっとして顔を上げる。

というか、その言葉で初めて自分の心の声が口から漏れていた事に気が付いて顔に血が上った。

「あ、ご、ごめんなさい!そういうわけじゃなくて!」

「でもすみません。貴女を抱き上げるのは無理ですね。」

慌てて弁明しようとした所へ声を重ねられて、望美は驚いた。

「え?」

(抱き上げるのは無理って・・・・)

それはもしかして遠回しに重いとか嫌だとか言われているんだろうか、と小さなからぬ衝撃を受ける。

けれどそれを表に出すわけにもいかず、望美はなんとか取り繕おうと口を開いた。

「そうです、よね!私、重いし。」

「いえ?きっと望美さんは抱き上げれば羽根のように軽いと思いますよ。」

「は?」

にっこり、と相変わらず読めない笑顔を向けられて望美は戸惑った。

何が言いたいんだろうと見上げる望美の前で、手をさしのべたままの姿勢だった弁慶がゆるゆると口角を上げて。





「ただし、抱き上げて運ぶとなると目的地は真っ直ぐ僕の家になりますが、いいですか?」





とんでもなく艶っぽい声で囁かれた言葉に、反射的にぞくっと震える。

それは弁慶の言葉がただ部屋で治療してくれるのとは違う意味を持っている事を知らしめるには十分過ぎる声で。

「手を貸して下さい!」

思わずそう叫んで弁慶の手に飛びついた望美の耳に楽しそうな弁慶の笑い声が聞こえたのだった。











                                          〜 終 〜










(望美ちゃんをからかうのは弁慶さんの生き甲斐か・・・・)