―― 君の事だけ考えて、君の事だけ想う・・・・ただ、それだけができる幸運














恋心を束ねて















鎌倉、藤沢駅近く。

ファンションビルの一つで、弁慶は大いに頭を悩ませていた。

有名ブランドから手軽なファンシーショップまで店が揃ったビルは、外装から内部まで見事にクリスマス一色。

そんなビルの中は誰かへのクリスマスプレゼントを求める人であふれかえっていた。

買い物に気を取られている人の波はとてもやっかいなものがある。

なにせ捜し物に気を取られているから、視線が周りを見ていないのでしょっちゅう人にぶつかるのだ。

(なんて、僕も人の事は言えませんけど。)

内心くすりと弁慶は笑った。

人にこそぶつからないものの、捜し物に気を取られているのは同じ事だ。

そして、それを贈る相手の事で頭が一杯なのも。

(さて、どうしましょうか?)

ともすればぶつかりそうな人の間を器用に縫って歩きながら、弁慶もまた左右の店へ視線を走らせる。

弁慶の生まれた世界ではけして見かけないような、色とりどりの雑貨や洋服。

何を見ても目新しい物達の中からプレゼントを選ぶというのはなかなかに難しい。

(洋服、もいいんですが望美さんはあまり高い物は気に病んでしまいそうだし、装飾品は意味が深すぎるかな。)

プレゼントを贈る予定の相手、春日望美を思い浮かべながら弁慶は考え込んだ。

けれど、望美に似合う物を自分に見つけられないわけがないという自負が弁慶にはあった。

理由は簡単。

ずっと見てきた相手だからだ。

ずっと見つめていて、ずっと想っていた相手だから・・・・ただ、成就させようと思わなかっただけで。

だから子細に思い出すことが出来る望美の姿を思い描いて贈り物を選ぶのは難しくない。

けれど、よく見ていたからこそ望美が意外と贈り物などに対して遠慮しがちなことも知っていて。

それ故に、あまり高くなく豪奢でない物を、という気遣いをすると、これが意外に難しい。

(何が良いかな。綺麗な小物やお菓子でもいいんですが・・・・)

なんとなく、もっと特別な物を、と求めてしまう。

しばらく歩いたものの、これといった物に出会えなかった弁慶は休憩がてらエレベーターホールに置いてあるベンチに座った。

(やれやれ、これでも僕は贈り物には慣れているつもりだったんですけど。)

そんな事を考えて、弁慶は密かに自嘲気味な笑みを口許に刻んだ。

確かに贈り物には慣れていた ―― けれどそれは贈り物という外交手段だった。

裏に思惑潜ませて、事前に入手した相手の情報を元に気に入りそうな物を選ぶ。

時には気まぐれに遊び相手に何か贈ってみることもあったが、それは遊びの一種で真剣に悩んだりするような類の物ではなかった。

ふっと、弁慶は目の前に広がる売り場の光景に目を移す。

そこには笑顔の人々がいた。

笑いながら何かを選んでいる家族連れ、照れくさそうに二人で品物を眺める恋人達、そして一人で何かを探している人。

並んでいる品物も、人々の姿も何もかも違うけれど、その表情には見覚えがある。

かつての京で、あるいは熊野で見た光景と一緒だ。

(ああ・・・・)

一瞬、泣きたいような気持ちになって弁慶はため息を零した。

こんな顔を取り戻したかった。

かつて自分が壊してしまった幸福の形を。

そしてそれは望美が ―― 白龍の神子が取り戻したのだ。

まだ戦いが終わったとは言い切れないが、京の世界で源平の争乱が収束した以上、状況は弁慶の望んだように流れていくだろう。

そして、弁慶は今ここにいる。

全てが終わった時にはいないはずだった自分が生きていて、そして望んではいけないと思っていた人への贈り物で頭を悩ませていて。

(なんて幸せなんだろう。)

目を閉じれば小さくざわめく鼓動そのままに、瞼の裏で望美が笑う。

その姿だけを追いかけて、彼女の笑顔だけを求めて贈り物を選ぶなんて。

「・・・・僕にはすぎた幸運な気もしますね、望美さん。」

淡い呟きは売り場のざわめきに解けて消える。

その時、ふと甘い香りが弁慶の鼻を掠めた。

「?」

つられて視線を移せばすぐ近くに花屋があった事に気がつく。

何となく立ち上がってつられるように花屋の店先に立つと、色とりどりの花が一斉に目に飛び込んでくるような感覚に弁慶は微笑んだ。

(ああ、これがいい。)

このたくさんの色彩はくるくる変わる望美の表情のようだし、甘い香りは彼女の本質。

花の持つ儚さと力強さもまた、望美に似ている。

「プレゼントですか?」

にこやかに話しかけてきた店員に弁慶も愛想良く答えた。

「ええ。」

「よろしければお選びしましょうか?」

男性は花を選ぶのは苦手と思ってなのか、親切で言ってくれているのは分かったが弁慶はゆるく首を振って答えた。

「ありがとうございます。でも自分で選びたいので。」

「大切な方へですね。」

にっこり笑った店員にそう言われて、弁慶は頷いて笑った。

「はい。この上なく大切な人への贈り物なんですよ。」















―― 君の事だけ考えて、君の事だけ想う・・・・ただ、それだけができる幸運

                            その幸運をくれた君に、君だけを想って花を ――




















                                               〜 終 〜















― あとがき ―
弁慶のクリスマスプレゼントが花束っていうのにちょっとびっくりしました(甥っ子はヘリなのに・笑)
きっと値段じゃない想いがあったのだろうなあ、と勝手に妄想。