恋<友情!
「さぁく!」 なんだか妙に間延びした名前を呼ばれたと思ったら、のしっと暖かい重さが背中にかかって梶原朔は苦笑した。 この平泉の高館でこんな事をする人物は一人しかいない。 読んでいた書物の上に零れた紫紺の髪を辿るように、朔は視線を後ろへ反らした。 そして首にがっちり抱きついている彼女の名を呼ぶ。 「望美?」 春日望美・・・・白龍の神子にして、朔の対。 そして可愛くて大事な親友である彼女は、朔と目が合うと「えへへ」と嬉しそうに笑った。 「邪魔だった?」 「いいえ。構わないわ。針仕事をしているのではないし。」 「う」 以前、朔が針仕事をしている時に同じ事をして怒られた事を思い出したのか、望美はばつが悪そうに顔をしかめる。 その顔を横目に朔は持っていた書物を閉じた。 そして後ろへ手を伸ばして、望美の頭を撫でる。 「危ない時でないならいいのよ。」 「はーい。」 返事を許しととって、望美はまた懐っこい動きで朔の首もとに顔をすり寄せる。 (なんだか・・・・猫みたいね。) こっそりそう思いながら、朔は望美のしたいようにさせてやった。 ―― こうやってしかこの対の少女を甘やかすことができない事を知っているから。 八葉の面々の一部(特に某御曹司とか)は朔は望美に甘いというが、それは正しくないと朔は思っている。 正確には、甘やかしたいのに甘やかさせてくれない、のだ。 それはきっと八葉の面々の一部(特に某御曹司とか)以外も気付いていると思う。 望美はその芯たる部分で誰にも甘えない。 どんなに苦しんでいても、どんなに辛い思いをしていても、泣いて誰かに縋ろうとしない。 そうすればいい、そうしてほしいと思っている他人の気持ちをよそに、痛々しいほどに。 朔は胸元に垂れている望美の手をそっと包んだ。 剣を持つ者につきもののタコと、傷が付いた少し朔より冷たい手。 壇ノ浦で兄の手よりこの手を選んだ時、後悔が全くなかったかと言えば嘘になる。 それでも、朔は望美の手を選んだ。 「望美。」 「ん?」 甘え下手で、強くて、真っ直ぐな白龍の神子。 でも、優しくて、明るくて、脆い女の子。 (男の人は不便ね。) 朔はくすりと含み笑いをする。 望美を恋い慕ってしまったら、もうきっと望美を甘やかせない。 その身のうちに隠した彼女の全てが見たくなってしまうから。 甘い言葉で隠しても、幼なじみの顔で隠しても、従者や師、同志の立場に隠しても、無意識に敏感な望美はその事に気がついてしまうのだ。 (だからやっぱり、私がいなくちゃ。) 望美を恋い慕う誰かに望美が甘えられるようになるその日まで。 (何も聞かず、何も求めず、無条件で貴女を甘やかしてあげる。) 朔は手を握ったまま、右肩に乗っかった望美の頭に少しだけ首を倒した。 柔らかい感触と、暖かさ。 ああ、やっぱりこんな愛情表現は猫に似てる。 そんな風に思いながら、朔は優しく囁いた。 「望美、大好きよ。」 「!朔、愛してるっ!!」 ―― ぎゅ〜〜〜っと抱きついて「朔、朔v」と懐いてくる望美の頭を撫でながら、ちらっと部屋の中に視線を走らせれば、望美がすっかり存在を忘れている八葉とその他二人が目に入る。 微笑ましい・・・・という表情を貼り付けてはいるものの、若干引きつり気味の彼らを横目に朔は胸が空くような優越感とともに、心の中でぺろっと舌をだしたのだった。 (悔しかったら、早く望美の「特別」になってごらんなさい。) 〜 終 〜 |