幸せのカタチ
「まったく、とんでもない奴を選んだもんだよな。」 呆れたように将臣がそう言ったのは、晩秋の京。 長らく続いた源平の争乱に和議という形で決着がついたのは、つい先日の事。 まだ戸惑いを隠せない人々の中で異色な二人が、平家の主立った武将の集う館の一室で顔をつきあわせていた。 平家の元大将、還内府こと有川将臣と、源氏の旗頭、春日望美。 ほんの一月前では考えも着かないようなツーショットに、お茶を運んできた女房など挙動不審もいいところだった。 もっとも、この二人は敵将という過去以前に幼なじみという過去がある。 二人にしてみれば戦が沈静化し、共にいても誰にも咎められない状況になったので敵将のひとつ前の過去に戻った、というだけの事。 だから今日もふらっと現れた望美を将臣は招き入れた。 まあ、望美本人の目的は別にあったのだが。 それ故の冒頭の将臣の言葉なのである。 「まあ、ね。」 言われた望美の方は短く答えて苦笑した。 その反応に将臣はニヤニヤ笑う。 「八葉の連中、目え剥いたんじゃねえ?」 「・・・・まあ。」 今度は明らかな間。 とうとう、堪えきれずに将臣は吹き出した。 「笑い事じゃないよ〜。」 「ははっ!いや、笑い事だぜ。俺にとっちゃ。」 「私には笑い事じゃなかったんだから!みんなでよってたかって、騙されてるんじゃ、とか妖しげな薬でも飲まされてる、とか、挙げ句の果てには怨霊に操られてるとまで言われたんだからね。」 心外、と大きく書いてあるよう表情でそういう望美の言葉は、余計に将臣を爆笑させるものでしかなかった。 「そ、そりゃそうだよなあ。何の前触れもなく、いきなり、平家の知盛とできちまってました、だもんな!」 「将臣君!」 素晴らしく品のない言い方に、望美は将臣を睨み付けたが生憎有効な反論は思いつかなかった。 ・・・・要するに、将臣の言うとおりだったから。 和議が成って数日後、取りあえず終結を見たことで、今まで戦いに従事していた者達が少しずつ新しい生活を選ぼうとする最中に、望美は梶原邸の一室で将臣以外の八葉と、朔、白龍を集めて爆弾発言をかました。 いわく 『実は、これからの事なんですけど・・・・こっちが落ち着いて白龍の力も十分になったら、私、平知盛と一緒に自分の世界に帰ろうと思うんです。』 ―― その後の大混乱は正直、思い出したくない望美だった。 何せ、『この運命』の上では八葉の面々は一度も望美と知盛が出会っている場面を見ていない。 となれば、何で唐突にそんなことになるのかわからないわけだから、質問攻めになる。 が、どうして、なんで、の質問には、生憎望美が答えられない。 結果、「答えられない」を連発する望美と、詰め寄る八葉(+α)で日が暮れるまで大騒ぎだった。 ちなみに、詰め寄る八葉(+α)の壁の向こうで、「答えられない」の本家本元は何かを悟ってひっそりと涙をぬぐっていたようだが、残念ながら望美にとってはなんの助けにもならなかった。 ・・・・と、いかに大変だったかとつとつと語って聞かせたというのに、目の前の幼なじみときたら今にも死にそうなぐらい笑っているばかりなのだから、望美が憮然とするのも無理はない・・・・かもしれない。 「あのねえ、本当に大変だったんだよ?」 「だ、だろう、な・・・・ああ、滅茶苦茶笑った。」 「笑いすぎだよ!」 「いやあ、笑わねえほうがおかしいだろ、絶対。俺もその場にいたかったぜ。」 「いなくてよかったよ。リズ先生と一緒で役にはたってくれそうにないし。」 拗ねたように、ふんっと顔を背ける望美の頭をようやく笑いを微笑みぐらいまで納めた将臣がくしゃっと撫でた。 「まあ、いいじゃねえか。なんだかんだで連中も納得はしたんだろ?」 「・・・・納得っていうか、押し通した。」 「そりゃまた、ご苦労さん。でもよ、あいつらの気持も分からないでもないんだよな。」 「え?」 「なんで、知盛なんだ?」 あまりにけろっと聞かれて、思わず望美が答えを返し損ねると、将臣の方が何か考えながら言った。 「だってなあ、元敵将とかいう以前に、あいつ、ものすごい気力のない人間だぞ?剣の腕は一流だけど、基本的にいつ死んでも別に良さそうな感じだったしな。 言ってることも、大体危ないし、俺が言うのもなんだが、あんな奴を選んで幸せになれるのかって聞きたくなるな、普通は。」 「はは、酷い言われようだね。」 望美は将臣の知盛評に苦笑して、手に持っていたお茶を一口啜った。 そうして、お茶の水面に何かを見ているように、静かに言った。 「ここだけの話なんだけど」 「ん?なんだよ?」 「どこがいいのか、私にもわかんない。」 「ああ!?」 思わず将臣が顔をあげると、どことなく悪戯っぽい表情の望美と目があった。 「知盛のどこがいいのか、なんて私が聞きたいぐらいなんだよね、実は。優しいとか、誠実とか、頼りがいがあるとか、そういう一般的な好きになる男性の条件とはかけ離れてると思うし。 でも、ね・・・・惹かれたの。 どこが、じゃなくて平知盛っていう人に。 ここまでくるのにものすごく苦労したし、辛いことも悲しいこともたくさんあったけど、なんでだか諦めようとは一度も思わなかった。 不思議なぐらい、この人以外の誰もいらないって思ったの。」 少し照れたように頬を染めながら、それでもどこか誇らしげにそう言い切る望美を見て、将臣は半ば感心し、半ば面白くない気分にさせられた。 感心はそこまで知盛を想う望美に。 面白くない気分は、いつも隣で見ていた幼なじみの、見たこともない綺麗な表情故に。 そんな感情をひっくるめて将臣は微笑むと、望美の頭をくしゃっと撫でた。 「なんか、大変だったんだな。」 「うん?そりゃあ、もう。」 「それでも、知盛なんだな?」 「うん。」 すっきり、きっぱり。 迷いの欠片もなく言い切る望美に、将臣はにっと笑った。 「お前がそこまで言い切ると、どんなダメ男相手でも幸せになりそうな気がすんなあ。」 「なんか失礼な言い方じゃない?・・・・でも、いっか。もちろん幸せになるよ?知盛が協力的じゃなかったって、けっ飛ばしてだって幸せになってやるんだから!」 胸を張る望美に、将臣は再び吹き出す。 今度は望美も一緒に笑い出した。 「そりゃ頼もしいぜ。じゃあ、知盛は頼むな。」 「もちろん、まかせといて。」 望美が大きく頷くのを見て、将臣はふと意地の悪い笑みを浮かべた。 そして部屋の戸口の方を振り返って 「だとさ、知盛。」 「!?」 笑っていた望美は驚きのあまり、危うくむせかけた。 戸口の影から、音もなくするりと出てきた長身の男の姿に思考が凍り付く。 「と、知盛・・・・」 「よお、神子殿。」 薄い笑みを口元に刻んで知盛は名前を呼んだまま、固まってしまった望美を見下ろす。 いつもと変わらない態度だったが、将臣はおや、と内心首を捻った。 (なんか不機嫌か・・・・?いや・・・・) 逆に機嫌がいいようにも見える。 機嫌がいいのは、さっきの望美の言葉を聞いていたからとして、悪い方は・・・・。 と、思っていると、知盛がすっと望美との距離を縮めるように座った。 そして面白がるように目を細めて望美を見ながら囁く。 「随分情熱的な事を言って下さるじゃないか・・・・?」 「は!?え、あ・・・・」 言われて望美はさあっと赤くなる。 その反応に、クッと笑いを漏らしながら知盛は望美の髪を一房掬って弄ぶ。 「俺を、けっ飛ばしてでも・・・・?」 「うっ・・・・」 「クッ、お前は本当にとんでもない、女、だな。だが・・・・」 知盛は絡めていた髪を離し、望美の頬へと手を伸ばす。 指が頬に触れるか触れないかの直前、一瞬だけ知盛の表情が面白くなさそうなそれに取って代わり、ぼそっと呟いた。 「・・・・俺より先に還内府殿を訪ねるとは、つれないお嬢さんだ・・・・」 「だ、だって!貴方、寝てて起きてこないからって、将臣君が!」 追いつめられた鼠のように、慌てて叫ぶ望美の言葉に、知盛はぴくっと片眉を上げる。 「有川?」 「俺も望美と話したかったんだよ。悪いな、望美。」 悪びれた様子もなくさらっと言われて望美は目を丸くする。 「ええ?じゃ、知盛が寝てるって嘘だったの!?」 「まーな。いいじゃねえか。おかげでいい事が聞けただろ?知盛。」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 否定も肯定もせず知盛はちらっと将臣を見やる。 その視線を受けて、将臣は軽く肩をすくめた。 「わかったって。この後はお前にやるさ。八葉の連中には俺から伝えといてやる。」 「・・・・明日だ。」 「馬鹿。長ぇよ。せめて夕刻までにしろ。」 「・・・・チッ」 将臣と知盛のやりとりを聞いていた望美は、嫌な予感が背中を伝って思わず二人を交互に見てしまった。 そんな望美に向かって、気の毒そうに笑うと将臣は腰を上げた。 「望美、お前、案外けっ飛ばさなくても幸せになれるかもしれないぜ?」 「は?なんで?」 きょとんとする望美からちらっとだけ知盛に目を移して、将臣は笑って言った。 「こいつに嫉妬させるなんて、お前ぐらいしかいねえもんな。」 「え・・・・?」 思いがけない言葉に目を丸くする望美にひらひらと手を振って、将臣は部屋を後にした。 (見せつけられるのはごめんだし、知盛の殺気を浴び続けるのも体にわるそうだしな。) そう思いながら後にした部屋から、「わっ」とか「ひゃぁ」とか望美の声が微かに聞こえて将臣は苦笑する。 (こりゃ本当に、明日の朝まで離さないかもな、あいつ。) さて、望美を心配して捜し回るであろう面々にどう言い訳をするか。 自分で招いたとはいえ、それを考えて一瞬頭が痛くなった将臣だった。 〜 終 〜 |