其が色ずくは誰のせい
「まっかだな、まっかだな♪ツタの葉っぱもまっかだな〜もみじの葉っぱもまっかだな♪」 京の街を囲む山々が色づく季節。 薬草採りに出かけた帰りに望美が口ずさんだ歌を聴いて、弁慶は微笑んだ。 「可愛らしい歌ですね。望美さん。」 「ですよね。」 にっこり笑って望美はもう一度同じ歌を繰り返す。 「まっかだな、まっかだな♪ツタの葉っぱもまっかだな〜もみじの葉っぱも真っ赤だな♪・・・っと!」 繰り返したリズムに乗るようにトンットンッっと数歩歩いて、望美は振り返った。 「この歌、大好きなんです。秋になるといつも歌いながら帰ってました。」 自ら剣を振るい先の戦乱を見事に収束に導いた神子姫がこちらの世界では驚くほど自由奔放な事は知っていたが、もとの世界でも変わらなかったらしいと思って弁慶はくすっと笑った。 今より小さい望美が歌うように弾みながら家路につく姿が難なく想像できた。 しかし望美の方はその反応がお気に召さなかったらしい。 むうっと眉を寄せて弁慶を睨む。 「今、子どもっぽいって思ったでしょ?」 「いいえ。」 「嘘だ。弁慶さんのその笑顔は大概ごまかそうとしてるんだって知ってるんだから。」 ひどいなあ、と顔をしかめる望美を前に、弁慶は一瞬きょとんっとしてしまった。 今まで笑顔で何を考えているか分からないと言われたことは数あれど、笑顔で見抜かれたことはなかったというのに。 「本当に・・・・君にはかなわないですね。」 そう言った自分の顔は少し困ったようなものだったのだろう。 望美が勝ち誇ったような顔で笑ったから。 「ほら!もう、わかってますよー!いっつも将臣くんに言われてましたもん。」 拗ねたように言われた言葉に、弁慶はぴくっと方を振るわせた。 「将臣くん、ですか。」 心なし弁慶の声が低くなった事に、さっきあれほど鋭い一面を見せた望美は気が付かない。 「そうですよ。将臣くんったら昔から私が楽しく歌ってるのにからかって。道路の真ん中で歌うなんてって。」 ガキかよ、と言いながらけらけら笑っていた幼馴染みの顔を思い出して、望美は懐かしいような悔しいような気分で足下の石を一つ蹴った。 「そういえば、将臣くんだって同い年だったのにいっつも私の面倒を見てるみたいな事ばっかり言ってたなあ。」 理不尽だ、とでも言うように口を尖らせる望美を斜め後ろから見ていた弁慶の心中に暗いものがひろがる。 (望美さんは気が付いていないようですけど、実際にはそうだったんでしょうね。) いつか望美に将臣が言ったというように、将臣はいつだって望美の面倒を見ていたのだろう。 本人がそうと気づかないほどさりげなく。 普段のからかいやふざけた態度に紛れ込ませるようにして。 それがきっとどこかでわかっているから望美も本気で将臣に怒ったりはしない。 悔しそうにしているのもただ拗ねているだけなのだ。 そんな幼馴染みの絆を見せつけられたような気がして、弁慶は浮かびかけた苦い表情をため息で消した。 (今は僕の妻なんですから、こんな事で妬くのも馬鹿らしい。) 大人の余裕、なんていう中身のないものを貼り付けて弁慶は何事もなかったかのように望美に向かって言った。 「それだけ君が可愛らしいお嬢さんだったという事でしょうね。多くの目を惹き付けてしまう幼馴染みを守るのは大変だったでしょう。」 いつもの甘い言葉に望美はちょっとはにかむようにして、けれどきっぱりと首を横に振った。 「いーえ。将臣くんは絶対、私をからかって遊んでたんですよ。威勢のいい小動物みたいだっていわれた事もあったし。考えてみたら酷い事ばっかり言ってたかも。」 小学校の時はあんなだったし、中学になってもこうだったし・・・・と弁慶の分からない単語を呟きつつ、顔をしかめてしまった望美の姿に弁慶の一応の余裕にひびが入る。 (今は僕の妻・・・・今は僕の妻・・・・) 「確かに昔から将臣くんと一緒に走りまわって遊んでたから女の子扱いしにくいのはわかるけど・・・・」 (僕の妻・・・・) 「考えてみたらもう少し丁寧に扱ってくれてもよかったよね。しょっちゅう頭ははたかれるし、ぐしゃぐしゃにされるし。」 (僕の・・・・) 「そもそも、歌歌いながら帰ろうって最初に言ったのも将臣くんだったような気がするし。・・・・」 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・) 「あ、そうだ!確かまっかだなの歌を教えてくれたのも将臣くんだったんだ。夕暮れが早くてちょっと心細くなった時に一緒に歌えば怖くないだろって。・・・・ふふ、懐かしい。」 最初の怒りはどこへやら、懐かしいといってふわっと笑った望美を見た瞬間。 ぴしっ。 弁慶はなけなしの余裕が崩れ落ちる音を聞いた。 「・・・・望美さん」 「はい・・・・って!?」 ばさっと驚きと衝撃で望美の持っていた薬草のカゴが落ちる音がしたけれど、そんな事は弁慶の頭になかった。 ただ ―― 愛おしくて、今はちょっとだけ憎らしい唇を塞ぐ事だけを考えていて。 「・・・・・ん・・・・・・・・っ」 息を切らせる甘い声を耳元で聞きながら、さっきまで頭の中を支配していた暗い嫉妬が薄く消えていくのを感じる。 わざと少しだけ唇を舌先で舐めて離れれば、望美が困惑ぎみの涙目で見上げてきた。 「な、にするんですかぁ。」 「そうですねぇ・・・・治療です。」 「はあ?」 思い切り眉を寄せる望美に弁慶はにっこり笑って自分の胸を指さすと言った。 「君があんまり楽しそうに将臣君の事を話すから、ここが少し痛くなったんです。だから、勝手ながら治療させて頂きました。」 「!」 やられた、と呟いて望美が顔を覆ってズルズルとしゃがみ込む。 それにあわせてしゃがみこんだ弁慶は楽しげに笑った。 「貴女もまっかですね。」 「・・・・知っててやりました?」 「?」 何を知って、なのか分からず弁慶が小首をかしげると、望美は深々とため息をついた。 そしてぽつっと。 「・・・・・かたっぽだけなんて、ズルイんだから・・・・」 「?のぞ・・・」 弁慶が望美を覗き込もうとした瞬間、望美は素早く動いて ―― 「さあ、もう日が暮れちゃいますよ!早く帰りましょう!」 慌ただしくさっき落としたカゴを望美が拾うのを弁慶は見ていた。 かなり動揺しているのか、たどたどしいながらも、なんとか薬草を拾い集めた望美がカゴを持って歩き出す。 そして、何歩か歩いた所でくるりと振り返って。 「弁慶さんもまっかです!」 「・・・・夕日のせい、なんて誤魔化しはきかないでしょうね。」 言うなりさっと踵を返して走り出してしまった望美の背中を見ながら弁慶はぽつっと呟いて。 それから笑った。 ―― たった今、望美の唇が触れていった頬を押さえたまま。 〜 終 〜 |