はちみつぷりんと恋の味
世の中には定説、というものがある。 あたっていないものも多いけれど、女の子が甘いモノが好き、というのは八割方あたっている定説の一つだろう。 そして、春日望美もその八割のひとりだった。 「おいし〜vv」 口に入れた途端に柔らかく崩れ広がる甘さに、望美は思わず頬に手を当ててうっとりしてしまう。 その様子をテーブルを挟んだ向かいから見ていた銀は、くすっと微笑む。 「本当にお好きなのですね、譲様の『はちみつぷりん』が。」 「うん!大好き。」 望美は甘いモノは大概好きだが、譲特製のはちみつぷりんには、そりゃあもう特別めがない。 だから昨日、わざわざ譲に作ってもらったはちみつぷりんを銀の所へお土産に持ってきたのだ。 その経緯で、ふと将臣にからかわれた事を思い出して望美は苦笑した。 「でも、ほんとは私が作ったやつを持ってくるところだよねえ。」 「?そういうものなのですか?」 不思議そうに聞き返してくる銀に、望美は笑って答えた。 「そういうものだろって、将臣君に言われた。その・・・・恋人の所へ持ってくんならって。でもね、どうしてか私が作るとこんなに美味しくならないんだよね。 作り方は譲君直伝のはずなんだけど。」 恋人、の所でちょっと赤くなって言葉を濁す望美を、銀はほんの少し笑って見つめた。 銀が紆余曲折の果て、望美と『恋人』と呼ばれるような仲になって一年近くたっているというのに、まだ慣れないらしい望美が可愛くてしかたなかった。 「望美さんが作って下さるのなら私には何よりも美味しいモノになると思います。」 「まっ!・・・・また、そういう恥ずかしい事を。」 「本心ですから。」 ふふ、と笑う銀をちょっとだけ呆れたような目で見て、すぐに望美もクスクス笑った。 「じゃ、今度作ってみようかな?」 「はい。怪我などなされないように、注意して作って頂けるなら、楽しみにしております。」 望美の不器用さを知ってか、さらっと釘を刺すあたり侮れない。 もちろん、それに気付いた望美も苦笑しながらもう一口、はちみつぷりんを口に入れた。 「それにしても相変わらず美味しい♪白龍にも食べさせてあげたかったなあ。」 「白龍様にですか?」 「うん。前に京に居た時に譲君が作ってくれて、それを食べた白龍がすごく気に入ってたみたいだから。あの時も美味しかったんだけど、こっちとはやっぱり微妙に材料が違うから、こっちの味も食べさせてあげたかった、と思って。」 「このお菓子を京で・・・・」 思わず銀はスプーンに乗ったぷりんを見つめてしまった。 京にもそれなりの甘味はあったが、この味とは全然違うものだった。 その場所でこれと同じに近いモノを作り出したとは、譲に思わず感心してしまう。 そんな銀の様子を笑って見ていた望美は、懐かしそうな表情に目を細めて言った。 「そうそう、私も驚いたんだよね。譲君は何でも作ってくれるって言ったけど、まさかこれまで作ってくれるなんてって。 でもやっぱり京にはなかったお菓子だから、みんなが驚いて。 白龍と朔と景時さんは美味しそうに食べてたなあ。景時さんは甘いもの好きだったみたいで、大絶賛だったし。 ヒノエ君と弁慶さんも結構気に入ったみたいで興味深そうに食べてたけど、面白かったのは九郎さん!」 その時の九郎の顔でも思い出したのだろう。 銀を通り越した目で、クスクスと笑う望美の姿に・・・・ちくっと胸が痛む。 それはきっと京の都にいた頃の話で、銀と出会う前の望美の話。 銀の知らない、望美と八葉の思い出。 「九郎さんってば、一口食べた途端に目をまん丸くしちゃって『ものすごく・・・・甘いぞ』って・・・・あれ、銀?」 「はい?」 「どうかしたの?なんだか楽しそうじゃないみたい。」 楽しそうな顔から一転、心配そうな表情で聞かれて銀は苦笑した。 (私は貴女に隠し事などできそうにありませんね。) 顔に出したつもりはないのに、あっさり見抜かれてしまって、その上そんな表情で聞かれてしまっては。 「申し訳ありません。少々、嫉妬したようです。」 「え!?」 思いがけない答えだったのか、望美が目を見開いてさっと赤くなる。 その素直な反応に、銀は笑いを堪えて続けた。 「貴女があまりに楽しそうに八葉の方々との思い出を話されるものですから、つい。」 「ついって・・・・」 何か言いかけて、望美は結局言葉をため息にかえた。 「銀って冗談じゃなくて、ほんとにヤキモチやきなんだ。」 「冗談だとお思いでしたか?」 真面目に返されて、望美はうっと言葉に詰まる。 その様子に、銀はくすりと笑みを漏らした。 「至高の存在だった神子様の隣にいられるのです。警戒心も強くなると言うものでしょう。」 「だから、銀は買いかぶりすぎだってば。私なんか銀から取っていこうとする人なんていないよ。」 照れて困ったような顔をしながら望美は至極当然のようにそういうが、銀は何も言わずに笑顔で聞き流した。 実際に、今も望美の恋人の座を諦めていない男が少なくとも一人はいることを教えてやるほど、銀はお人好しではない。 もちろん、今は時空の向こうに隔たった世界には7人の恋敵が居ることも内緒だ。 そんな銀の笑みをどうとったのか、望美は手元のぷりんを一口食べて首を捻った。 「でも銀。そんな風に思ってたら疲れちゃわない?」 なんだか、的が当たっているような、外れているような望美の心配の仕方に、銀は微笑んだ。 「いいえ。嫉妬をしても望美さんが楽しそうに語られる姿を見ていられるのは、嬉しいのです。それにそうして一つ一つ、貴女の過去を知ることが出来る事も私には至上の喜びですから。」 「そ、そうかな?」 「はい。それに・・・・」 不意に言葉を切って、銀は立ち上がった。 「?」 どうしたのだろう、と不思議に思って見上げる望美の前で、銀はテーブルに手をつくとひょいっと長身を伸ばして ―― ちゅっ 「!?」 カラーン、と驚いて緩んだ望美の手からスプーンが転げ落ちた音がした。 軽く触れただけで、離れた銀は目を丸くしている望美の視線の先で、極上の微笑みと一緒に言った。 「私にはこうして、思い出の上に思い出を積み重ねる特権がありますから。」 (〜〜〜やられた。) 恥ずかしい。 恥ずかしいけど・・・・嬉しい。 頭から湯気が出てるんじゃないかと思うほど、熱い顔を隠すように片手で口元を覆って俯く望美の耳に、非常に上機嫌な銀の声が滑り込む。 「スプーン、落ちてしまいましたね。」 「え?あ!あーあ、銀が驚かせるから。」 「すみません。」 「新しいの持ってくる。」 立ち上がろうとした望美は、「望美さん」と呼び止める銀の声に腰を上げるのをやめる。 そして視線を戻した望美は目の前に差し出されたぷりんにきょとんとした。 正確には、ぷりんの欠片を乗せたスプーンを差し出している銀を見て。 「え?」 「どうぞ。お食べ下さい。」 「ええ!?」 これを、食べろと。 銀のやらんとしているところを悟って、望美は思わず叫んでしまった。 その反応にちっともめげずに銀はにっこり笑う。 「私が驚かせてしまったせいで、スプーンを落とされてしまったようなので。さあ、どうぞ。」 にっこり。 笑顔に追い打ちされてしまった望美は、やむなくぱくっとスプーンに口に入れた。 かなり、否、相当恥ずかしかったけれど、なんだかとても銀が幸せそうに笑っているから。 (・・・・まあ、いっか。) 望美も笑ってしまった。 きっとこれから先、はちみつぷりんを食べるたび、京の思い出と・・・・それから今日の銀の笑顔を思い出す事を確信して。 ―― 口の中に広がるはちみつぷりんの味は、いつもより少し甘い気がした 〜 終 〜 |