「穢してみたくなるね。」

「え?」

振り向いた瞬間、望美は体ごと木に押しつけられていた。















華か天女か














結構な勢いで押しつけられたせいか、木が揺れた衝撃で遅咲きの桜の花びらが舞った。

緩やかに落ちていくそれを透かして緋色の瞳と、深緑のそれがぶつかる。

「あんまり驚かないんだね、神子姫様は。」

「ヒノエ君が唐突なのはいつものことでしょ。」

からかうような言葉に軽快な切り返しをされて、緋色の少年 ―― ヒノエはくすりと笑った。

確かに唐突に遅咲きの桜を見に行こうと誘ったのも、何の前触れもなくこんなふうに彼女を捕らえているのもヒノエ。

笑みを崩さぬまま、ヒノエは少女 ―― 望美の右肩に置いた手はそのままに左手で彼女の長い髪を掬った。

そして歌うように囁く。

「望美は綺麗だ。つややかな髪も、細い指も、すべらかな頬も、気の強そうな瞳も、何もかも。望美の振るう剣でさえ美しいよ。神々しく、清純で、ね。」

「・・・・・・・・・・・・・」

呆れてしまうほど滑らかな美辞麗句にいつもなら困ったように笑う望美は、今は真っ直ぐにヒノエの瞳を見つめている。

鏡のように静かな瞳に、ヒノエが映った。

深緑の底に自分だけが映っている事に、心の何処かで満足を覚え・・・・同時にどこかで渇望を覚える。

龍神の神子だという望美。

普段はそんな欠片も見せないほど、勝ち気で優しい少女。

けれど時折、彼女は神子になる。

天人のように神々しく、唯人など手を触れることもかなわぬ「神の子」に。

「ねえ、清らかで、勇ましい神子姫様。」

唇を望美の耳元へ寄せて、甘く甘く囁く。

「神の子」を唯人の手に堕したなら、どうなるだろう?

柔らかい髪を耳にかけて、なぞるように指を滑らせ顎を掬う。

感情を映していなかった瞳が一瞬だけ揺らいだ気がした。

「時々、君を穢してみたくなる。」

吐息が唇に触れるほど近くで、見開かれた瞳から目を離さずに囁く。

「美しく咲き誇る花を、散らしてみたくなるようにさ。」

微動だにしない望美を見据えて、ヒノエはほんの少し頬を傾ける。

(さあ、どうする?)

高貴な天人のように、唯人の手を振り払い蔑んだ瞳でこちらを見る?

それとも、墜ちてくる?

・・・・今までこの手に落ちてきた可憐な花たちのように。

(さあ・・・・)

どうする?

追い打ちをかけるようにヒノエが頬を更に傾け、唇が望美のそれを掠める ―― 瞬間














「・・・・なんでそんな物もってるかな、姫君は。」

お腹のあたりに押しつけられた固い感触にヒノエは口元を引きつらせた。

その反応に満足したように、望美がにっこりと笑う。

それはもう華のごとく ―― たった今、鯉口切った脇差しをヒノエに押しつけている人物とは思えないほどに。

「弁慶さんがヒノエ君とお花見に行ってきますって言ったら、持って行きなさいって渡してくれたの。」

「あいつかよ。余計なことしてくれるぜ。」

「そうかな?的確な助言だったと思うよ。あと、不届きなことをしたらバッサリやっちゃっていいって。」

「あの野郎・・・・」

穏やかな笑みをたたえる源氏軍の軍師を毒づきながら、それでもヒノエは一歩望美から離れる。

不届きなことをすればバッサリやれるだけの実力が望美にはあるのだ。

未練たらしく艶やかな髪を一筋指で掬って滑らせる反面、愉快さがお腹の底の方からこみ上げてくる。

望美は墜ちてこなかった。

ヒノエがそう望んで落ちてきた花たちのように舞い散る一時の華にはならなかった。

でもそれは天人のように拒絶する事でもなかった。

(立ち向かってくるとは思わなかったけど。)

ぞくそくする。

こみ上げてくる笑いを堪えきれずヒノエが吹き出すと、心外そうに望美は脇差しを元に戻しながら眉を寄せる。

「何かおかしい?」

「いいや。なんて魅力的な姫君なんだろうって再確認しただけさ。」

「相変わらず口が上手いね。」

呆れたように言う望美にヒノエは肩をすくめる。

「本心だって言ってるだろ?本当にお前は素敵だよ、望美。」

花でもない、天人でもない、今まで出会った誰とも類似しない女の子。

神々しいようで人間くさい、時に勝ち気で無茶ばかりして意外性があって・・・・目が離せなくなる。

それはきっと何かの予感 ――

「ヒノエ君。」

名を呼ばれて反射的にヒノエは望美を見る。

そして緋色の瞳と、深緑のそれがぶつかった先で、望美は少し挑発的に笑って言った。

「今にそんな余裕ぶった事なんか言っていられないようにしてやるんだから、覚悟しててね。」

「!・・・・」

一瞬驚きに目を見開いて、すぐに心底可笑しそうにヒノエの目が細められる。

―― それはきっと『何か』の予感

桜の花びらの中で風に舞うように楽しげに背を向けた望美の背中にヒノエは声をかける。

「望美!」

「ん?」

ふわりと髪をなびかせて振り返る望美は、龍神の神子の名にふさわしく可憐で美しく見えるけれど。

そこにいるのは神子という以上に魅力的で目を惹き付けてやまない春日望美という少女。

「楽しみにしてるよ。」

そう言ったヒノエを見て、咲き誇る桜も色あせるほど華やかに笑った望美の笑顔に疼いた感情を『何』と名付けようか。

始まりの予感に、ヒノエも楽しげに笑った。





















                                           〜 終 〜
















― あとがき ―
初書きなのに・・・・初書きなのに、意味不明(T T)
前半はあきらかにシリアステイストだったのに、気がつけば望美ちゃんが脇差し抜いてました〜。な〜ぜ〜。
でも基本的に私の中のイメージではヒノエ×望美の望美ちゃんは勝ち気な感じです。
やっぱりヒノエと一緒になるなら、ヒノエと一緒に走っていける子でないと!(笑)
・・・・なんて思っていたら気がつけば後半の雰囲気ががらっと変わってました。