第一印象



「僕は貴女が嫌いでした。」

にっこり、という形容がやたらと似合いそうな笑顔で言われた言葉に、望美はぽかんっとしてしまった。

まあ、それも無理はない。

他の誰かが言ったのなら驚いた程度ですんだだろうが、言ったのは武蔵坊弁慶 ―― 望美の旦那様だったからだ。

そもそも、話の発端はちょっとした思いつきだった。

たまたまいつもは忙しい午後の時間に患者さんが途切れて、薬を作る弁慶と朔に教えてもらっている裁縫のおさらいをする望美の間に穏やかな空気が流れていて。

だから、ちょっと気になっている事を望美は聞いてみたくなったのだ。

すなわち。

『ねえ、弁慶さん。私、一度聞いてみたかったんですけど、最初に宇治川で会った時、私のことどう思ったんですか?』

と。

その答えが冒頭の台詞である。

「嫌い、ですか。」

「はい。」

またにっこり。

(初対面で嫌われたって。)

結果的に今があるわけだから最初はどうあれ今は好かれているには変わりないのだが、やっぱりちょっとへこむ。

そんな望美をを横目で見て、弁慶はくすりと笑った。

「初対面、ですよ?」

「今もだったらへこむどころじゃすまないですよ。」

「ふふ、確かにそうですね。」

望美の切り返しが可笑しかったのか、クスクスと笑いながら弁慶は薬になる草をすりつぶす。

そしてふっと手を止めると目を細めるようにして望美を見つめて言った。

「そうですね・・・・嫌い、というのとも微妙に違うのかも知れません。」

「え?」

「初めて宇治川で貴女に会った時、僕が感じたのは恐れに近い感情でした。」

「恐れ?」

「龍神が僕を罰する為に遣わした人、そう思いました。」

「それは・・・・!」

思わず言いつのろうとした望美は、弁慶の顔を見てそれを思いとどまる。

弁慶は懐かしい何かを思い出すような、とても穏やかな顔をしていたからだ。

弁慶にとって龍神を害した事は消えぬ罪。

けれどそれが少しでも優しい思い出に包まれることが望美には嬉しい。

言葉を変えるように望美は息を吐いて言った。

「それで、私が嫌いだったんですか?」

「いいえ。僕を罰してくれる断罪人であったなら、僕は貴女を嫌ったり恐れたりなどしませんでしたよ。むしろあの時なら歓迎さえしたでしょう。
やっと罰せられるのだと、ね。」

自嘲気味に笑って弁慶は薬の調合に戻って、話を続ける。

「けれど貴女は違った。本当に一人の少女だったから。」

「・・・・・」

「眩しすぎたんでしょう。一目見て、君がどれほど真っ直ぐで強い人かわかりました。」

「そんな事、ないです。」

「ふふ、僕は人を見る目には自信があるんですよ?」

なにしろ軍師でしたから、と笑って弁慶は言った。

「自分でも驚くくらい、初対面で望美さんがそういう人だとわかったんですよ。望美さんが眩しいほどに綺麗な人なのだと。だから」

そこで言葉を切って弁慶は薬を調合する手を止めて、自分の手を見下ろした。

何かをそこに見るかのように。

「―― 僕の血塗れの手などには、けして触れてくれないと思った。」

ゆっくりと拳を握って呟いた弁慶の声があまりにも切なくて、望美は思わず何か言おうとして。

「つっ!」

自分が裁縫中だった事を忘れていた望美は指に針が刺さった鋭い痛みに思わず呻く。

「大丈夫ですか!?」

「あ、平気です。ちょっと油断しちゃいました。」

ちょっとバツが悪くて刺した指先を握って誤魔化そうとした望美の手を、弁慶はため息をついて取る。

そしてほどくようにゆっくりと望美の手を広げて刺した指を見つけると、そっと唇を寄せた。

「!!べ、弁慶さん!!」

「駄目です。」

慌てて手を引っ込めようとした望美だったが、すっぱりと拒否されてしまって逃げるタイミングを失い、されるがままになってしまう。

自分でもわかるほどに赤くなって困っている望美を上目使いに見上げて、弁慶はくすりと笑った。

「?なんですか?」

「いえ、そういう事だったんだなと思っただけです。」

「??そう言う事?」

「はい。初対面で貴女が嫌いだと、恐ろしいと思った理由です。」

「えーっと、よくわからないんですけど?」

「だから」

そう言って弁慶は仕上げのように望美の指先に音を立てて口づけすると、その手をそっと自分の頬に当てた。

不意に掌全体で弁慶の体温を感じでどきっとする望美を見つめて、弁慶は少しだけ悪戯っぽく笑うと言った。
















「一目見た時から、触れたいと思っていたって事ですよ。」















「!」

嫌いだ、恐ろしいと拒絶の感情が生まれたのは、触れたいと思うそれが叶わないという諦めからだったと。

しかも一目見た時から?

「・・・・弁慶さんの女たらし。」

「心外ですね。そんな風に思ったのは望美さんだけですよ。
こんな風に触れられるだけで心が躍る人も、貴女だけです。」

そう言って掌に口付けを一つ。

(〜〜〜〜〜〜うう、完敗〜〜〜〜〜)

別に勝負していたわけではないのだが、赤い顔の内心で白旗を揚げた望美に、弁慶は満足そうに微笑んだ。

そして望美の大切そうに両手で包んで問いかける。

「ところで望美さん、貴女はどう思ったんですが?」

「え?」

「初めてあった時、僕のことを。」

「そうですね・・・・」

呟いて、ふと見れば弁慶はいつもの穏やかな微笑みの中に少しだけ期待と不安の入り交じった顔をしていて。

(なんて、答えようかな。)

初めて出会った時はこんな顔をするなんて思いもよらなかった人。

白い宇治の地で出会った不思議な人。

なんと例え、なんと答えようか。

くすぐったいような気持ちで望美は弁慶を見る。

いつの間にか、少年のような顔を見せてくれるようになった今は大好きな人を。

そうして、自分の手を握る弁慶の手にそっともう片方の手を重ねて、内緒話をするように唇を寄せて囁いた。

「あのね――」





















                                                〜 終 〜












― あとがき ―
さて、望美ちゃんの弁慶への第一印象はなんだったんでしょうか(<投げっぱなし!?)
・・・いや、私の中ではあるんですけど、あえてここまでにしてみました。