「雨箱」  〜弁慶×望美〜





さあああ・・・・

まるで細かい砂でも落としているように、柔らかな水音がする。

ごりごりと薬剤の元をすり潰していた手を止めればそんな音が耳に入った。

体の位置を動かさないようにして弁慶は視線だけを小さな窓へ向ける。

格子の外はこの季節独特の煙るような雨。

軒先から落ちる滴の音がぽつん、ぽつんと断続的に音色に強弱をつけている。

ぽつん、ぽつん。

さああ・・・

ぽつん、

さあ・・・・

「・・・・すー・・・・・・・」

雨の音に溶けるような淡い淡い吐息を耳で捉えて弁慶は口の端を少しだけ上げた。

薬草をすり潰す手を止めたのは何も雨の音が気になったのが原因ではない。

本当の原因は ――

なるべく体を動かさないように器用に肩越しに視線を投げれば、ちょうど肩の後ろのあたりに紫苑の髪が流れ落ちているのが見えた。

表情まではみえないけれど、預けられた体重と雨音に混ざって耳をくすぐる寝息で眠っている事は疑いようもない。

「・・・・疲れているんですかね。」

ぽつっと呟いて当たり前だ、と己で肯定した。

雪の残る頃から大分たつとはいえ望美が戦場に慣れる事はない。

誰よりも華麗に剣を振るっても、誰よりも凜と強い意志を叫ぼうと、その影で望美は唇をかんで何かに耐えている。

それが分かっているから、願わずにはいられない。

さああ・・・

ぽつん

「・・・・・・・すー・・・すー・・・・・・」

いつ止むともしれぬこの雨が、誰よりも強く、誰よりも傷ついている戦女神を戦場から遠ざけてくれる事を。

(そして、願わくば・・・・)

ぽつんっ

一際大きな軒から落ちた滴の音に弁慶はハッとしたような顔を一瞬した。

それから、自分の胸の内を振り払うように小さく頭を振る。

さあああ・・・・・

外と内を隔絶するような雨の音。

ぽつん、ぽつん

胸の内に淡い波紋を起こすような軒の滴の音。

そして ――

「すー・・・・」

(願わくば、今一時。僕が君の休息の守人になれますように。)





―― 束の間の雨音の箱の中で、弁慶は酷く幸せそうに笑った。










                                          〜 終 〜










(雨と弁望の組み合わせが好きです♪)