がばっっっっっ!!

布団をはね除けるようにして花梨は飛び起きた。

一晩の温もりが無惨にも逃げていくうっすらと冷たい空気が花梨の頬にダイレクトに当たる。

にも関わらず、花梨の頬は心なしか赤い。

「ぅひゃあ・・・・」

自分でもそれをわかっているらしい花梨は両頬を押さえて意味不明の声を漏らした。

そして段々と落ち着いてきたのか、頬に当てていた手を抱えるように頭に移動して、耐えられないとでも言うようにぼそっと呟いた。

「・・・・見ちゃったよ、とうとう・・・・」















夢で逢えたら?















(おかしい、よな?)

平勝真は1歩先を泰継と談笑しながら歩いている花梨を見ながら首を捻った。

本日、相変わらずの京の気を正常化させるために出かける花梨の同行者は勝真と泰継の2人。

特別な意味はなく、ほぼ早い者順で決まっている。

もちろん、同行者になるために他の者より早く着くためにはそれなりの攻防もあるのだが。

まあ、とにかく今日の勝者は2人だったわけだ。

つい最近仲間と呼べるようになった院側の4人に比べ、それ以前から親しくしていた泰継や勝真には花梨も懐いていて彼女にとっては気を遣わなくていい同行者、のはずだった。

それなのに・・・・

ふと花梨が足元の何かに気を取られたのか地面に視線を落とす。

そのついでに視界に勝真が写ったのかちょっとこちらを見て・・・・と思ったらさっさと反らされてしまった。

(・・・・おかしい。)

あからさまな拒絶に勝真は舌打ちしたくなるのを堪えてため息で誤魔化した。

こんな目に遭うのは今日で何度目になるだろう?

まず朝最初に顔を合わせた時にぎょっとしたような顔をされ、一緒に出かけてからも必要最低限の会話しか振ってこない。

顔を見ようとすればさっさと反らされる視線。

(絶対に変だ!)

丸一日そんな調子で接せられればいい加減、苛々も最高潮に達する。

まして相手は誰より大事に想っている少女なわけで。

その彼女が目の前で自分以外の男を選んでいく仕草などただでさえ見ていたくないというのに。

(それとも、俺が何かしたか?)

これも朝から何度も考えてみた事だが思い当たることがない。

それに花梨の態度からして『怒っている』というよりは『避けている』という意味合いが強いように思える。

(なんだってんだよ、一体!)

何度も行き詰まった袋小路に再びはまり込んだ勝真が頭を掻き回したくなった時だった。

「勝真」

「は・・・・わっっ!?」

感情の起伏がみられない声に名前を呼ばれて視線を前に転じた勝真はぎょっとして2、3歩飛び退いてしまった。

ちょうど顔を上げた目の前に泰継が顔を出していたのだ。

「し、心臓に悪いぜ。まったく・・・・」

「お前が隙だらけなのが悪い。」

ズバッと遠慮無く言われて勝真の口元が引きつる。

「確かにそうかもしれねえけど、もうちょっとましな声のかけ方があるだろ。」

「そうか?ならば次回から気を付けよう。」

そう言う泰継の口元が僅かに笑みの形を刻んでいる事に気が付いて勝真はムッとする。

どうやら勝真とは反対に今日一日花梨に贔屓されていて泰継の方は大変上機嫌らしい。

大人げないとわかっていても面白くなくて勝真はぶっきらぼうに言った。

「で、なんだよ?」

「・・・・やはり聞いていなかったな。」

「?何か言ってたのか?」

「言った。私はこの後、私用で陰陽寮まで行かねばならないのでここで失礼する。神子を屋敷まで送ってほしい。」

(失礼する・・・・って、待てよ、おい!この状態の俺と花梨でか!?)

言葉の内容に驚いてふと見れば泰継の後ろからこちらに目をやっていた花梨が困ったように顔を伏せたのが見えた。

しかしそんな花梨の様子に気づいていないのか、お構いなしなのか、泰継は言うだけ言うなりさっさと歩き出した。

「お、おい、泰継!」

慌てた声を出した勝真の耳に、ちょうど横を通り過ぎようとしている泰継の言葉が掠めた。

「神子の憂いの原因はお前だ。どうにかしろ。」

おそらく後ろにいた花梨には聞こえない程の小ささで言われ、驚いて振り返ればスタスタと歩いていく泰継の後ろ姿。

気を遣ったのか、それとも勝真を責めているのかわからない無表情なそれに、取りあえず今は感謝する事にした。

一声「じゃあな」と声をかけて、勝真は振り返った。

そして所在なさげに立っている花梨に言った。

「だそうだぜ。送ってやるよ。」

「・・・・お願いします。」

返ってきた相変わらず固い返事に苛々が募る。

わざと大股で歩き出せば他愛もなく追い越せる。

着いてくる気配はあるものの、追いついて隣に立とうとはしない。

そのまましばらく2人は無言で歩いていたものの、そろそろ五条大路に差し掛かろうかという頃、勝真の我慢が限界に来た。

「花梨!」

くるりと、機敏に振り返るなり名前を呼ばれて、花梨はぎくっと肩を震わせた。

「な、なんですか?」

答える目が助けを求めるかのように泳いでいる。

勝真はいつの間にか出来ていた3歩の距離をずかずかと縮めて無理矢理花梨の視界に入り込んだ。

「お前、今日はおかしいぞ?」

「そ、そんな事・・・・」

「ない、なんて言って俺が信じると思うか?」

畳み込むように言われて花梨がぐっと詰まった。

自分でもおかしな事をしているという自覚はあったらしい。

「おかしいよな?何で朝から俺の事を避けてる?」

剣呑な空気を孕んだ言葉に僅かに不安が滲んでいる事に花梨は気が付かない。

ただ黙って目を伏せる花梨に胸が痛んで、同時に腹もたった。

なんで自分だけこんな目に遭う?

そう思ったら咄嗟に手が動いていた。

花梨の両頬を両手で挟むなり、半ば強引に顔を上げさせたのだ。

「か、勝真さん!?」

慌てて花梨がじたばたするが、そんな事では逃がさない。

それでも逃げようとする花梨の抵抗は勝真の暗い不安に追い打ちをかけた。

「・・・・そんなに嫌か・・・・?」

「え?」

「俺は・・・・お前に触れるのも嫌だと思われるぐらいの何かをやったのか?」

絞り出した声には自分でも嫌になるぐらい覇気がなかった。

今度は反対に勝真が目を伏せたくなった。

たった1日。

たった1日だけ目を合わせてもらえなかっただけで、こんなに不安になるなんて。

(重症だな・・・・)

勝真が自嘲気味にそう思った時

「違います!!」

思いがけない大きな声にびっくりして見れば花梨が何故か赤い顔で首を振っていた。

「違います!勝真さんが何かしたわけじゃない!」

「?じゃあ、なんで・・・・」

「それは言えません!」

たたきつけられるように拒絶されて勝真はムッとした。

自分のせいじゃないのに1日、こんなに心臓の悪い思いをさせられたならその理由を聞く権利もあるはずだ。

「避けてた理由を教えてくれ。」

「言えません!」

「聞きたい。」

「内緒です。」

「教えろ。」

「嫌ですってば。」

「なんで?」

「恥ずかしいから絶対言いません!!」

「強情な奴だな。」

「余計なお世話ですよ。」

「言え!」

「嫌!」

「言えって!」

「いーや!」















―― はーはー・・・ぜーぜー・・・――

完全な押し問答をどれぐらいやったか。

頬を挟んで見つめ合う、というシュチュエーションだけはラブラブくさい状態でほとんど睨み合って息を切らせる勝真と花梨。

とうとう勝真は花梨の頬をから手を離してぷいっと背を向けた。

「わかった。」

「え?」

「もういい。俺は・・・・」

じくじくと胸が痛む。

困らせたくない、嫌われたくはない、そう思っていても口ばかりが勝手に滑る。

今も、絶対に言いたくないと思っていた事をとうとう勝真は言った。

「そんなに嫌なら俺は・・・・もう、お前の側にはいかない。」

「え・・・・」

毒気を抜かれたような花梨の声が耳に入ったが構わず勝真は歩き出そうとした。

まるで、ここから紫姫の屋敷まで送り届けるのが最後の役目だとでもいうかのように。

実際、そのぐらいの気持ちだったかも知れない。

その瞬間

「勝真さん!!」

「うわっ!?」

下手したら前に転んでしまいそうな勢いで腰にタックルををかまされた。

なんとか無様に転がることは免れてさすがに頭に怒りマークを貼り付けて後ろを見て、どきっとした。

花梨が、ほとんど泣きそうな程に目を潤ませて勝真の背中に抱きついていたから。

「か、花梨?」

「ごめんなさい・・・・」

「何が・・・・」

「ごめんなさい!だから・・・・嫌いにならないで。」

どくんっと鼓動が跳ねる。

(あー・・・・まったく)

なんでそんな風に考えるんだろう?

嫌われると恐れていたのは自分の方なのに。

勝真は軽くため息をついて花梨の頭の天辺を優しく撫でた。

「嫌ったりなんかしねえよ。」

「・・・・本当ですか?」

不安げに見上げてくる瞳に、さっきまでの苛立ちが霧散していくのを感じて勝真は苦笑した。

(我ながら単純というか、なんというか・・・・)

「大丈夫だ、怒ってなんかねえから。」

「あの・・・・」

「なんだ?」

「・・・・本当にたいしたことじゃないんです。避けてた理由。」

そう言って、花梨は本当に言いにくそうに半分勝真の腕に隠れながらぽつりと言った。















「その・・・・今朝、勝真さんが夢に出てきて・・・・ちょっと会いづらくて・・・・」















「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だって?」

「え、だから、その・・・・」

「俺が、お前の夢に出た?」

「や、その、はい・・・・」

顔を赤くして本当に恥ずかしそうに花梨が頷いた瞬間、勝真の顔が一気に赤く染まった。

「え??」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

きょとんとする花梨の視線から逃れるように勝真は片手を口元に当ててそっぽを向いた。

「ど、どうかし・・・・」

「なんでもねえ!!」

ほとんど怒鳴り返すようにそう言うなり腰に回っていた花梨の手を剥がすと、片手を握って歩き出す。

「え?ええ??ちょ、ちょっと待ってくださーい!」

どかどかと音がしそうな程、勢いよく歩く勝真の速度に小走りになりながら必死についていく花梨。

その様子にほんの少しだけ目を走らせて勝真はぼそっと呟いた。

「・・・・それで、どう思った・・・・?」

「?何がですか?」

「俺が夢に出てきて。お前はどう思った?」

「??別に、どうという事も・・・・」

そう答えた途端、勝真が急に立ち止まって振り返った。

危うくぶつかりそうになった花梨はバランスを崩しながらもなんとか止まるが、そんな花梨の様子などおかまいなしに、勝真はまっすぐに花梨を見つめて言った。

「嫌じゃ、なかったか?」

そのあまりに真剣な勝真の視線に押されたようになりながらも、花梨は頷いた。

「そう、か。」

思わずほっとして勝真は息を吐いてしまった。

―― 夢にでてくる・・・・その意味は

「さて、帰ろうぜ。遅くなったしな。」

「????何なんですか?一体??」

「ほら、行くぞ。」

?を山ほど飛び回らせている花梨の手を今度は優しく引いて勝真は歩き出した。

(どうせ、本当の意味なんてわかってないみたいだしな。)

―― 夢にでてくる・・・・その意味

勝真に遅れないように歩きながらまだ何か言っている花梨の言葉を右から左に聞き流しながら勝真は空いた方の手で軽く頬をかく。

(もうちょっと・・・・気をつけないとな。)

ばつが悪そうにそんな事を思った勝真の頬がまだ赤かったのは夕焼けにまぎれて花梨には見えなかった・・・・















「結局、何だったんだろ?」

その夜、色々あってすっかり疲れた花梨は早々に用意してもらった寝床に座ったままため息をついた。

結局、あの後も勝真はあの言葉の意味も行動の意味も誤魔化しっぱなしで教えてくれなかった。

こちらとしては恥ずかしいのも我慢して言ったというのに・・・・

ふいに、朝見た夢が脳裏を掠めて花梨は思わず立てた膝に額を押しつけた。

夢の中で勝真は優しく、本当に優しく笑って花梨に手を差し伸べてくれていた。

その手を取ると僅かに躊躇った後に、しっかりと包み込んでくれる。

その仕草はいつも迷子になりそうな花梨を捕まえてくれるような兄が妹にするようなものではなくて、まるで恋人同士のような、甘い、くすぐったいそれで。

夢の内容はただそれだけなのに、心にはしっかりと甘い雰囲気が残っていたから朝起きた時に思わず恥ずかしくなった。

(私・・・・勝真さんが好きなんだなあ・・・・)

それが嫌って程自覚できてしまったから。

おかげで1日勝真に接するのが恥ずかしくてあんなぎくしゃくした事になってしまった。

(ホントに大変だったよ〜。)

そう思って苦笑する。

好きな人が好きすぎて、上手く接せられないなんておかしな話だ。

まして、その挙げ句に嫌われたりしたら。

(・・・・そんな事にならなくて、本当によかった。)

ふーっと長く息を吐いて同時に花梨は寝床に倒れ込む。

「でも、頭撫でてもらったし、手も繋いでもらっちゃった♪」

困ったり、嫌われるかと随分怖い思いもしたけれど。

(結果オーライかな。)

なんだか現金だなあと自分でも笑いながら花梨は布団を引き上げた。

そして、ふわあっと欠伸を1つ。

(今日は大変だったけど・・・・でも、今夜も勝真さんの夢、見られますように。)

―― お休みなさい、と呟いて眠りに落ちていった花梨の夢に果たして勝真が出演したかどうかは花梨のみぞ知るところ。















―― ちなみに、この時代、夢に異性が出てくるのは『相手が』自分に想いを寄せているからだと言われている事を花梨が知るのは、ずっと後になっての話である。




















                                        〜 終 〜










― あとがき ―
平安時代、異性の夢を見ることは『相手が自分を想ってくれているから』だと思われていた
というのは私が高校の時に古典の授業中に仕入れた知識でした。
その時、随分「へ〜現代と反対なんだ〜」と感心した覚えがあるのでこの知識は間違っていないはず・・・・だと思います(^^;)
でも最初はこのお話は純粋にギャグほのぼのにしようと思っていました。
なのに、気が付けば勝真の視点に、んでもって勝真さんってば勝手に深読みしてゴロゴロとシリアス坂を転がっていってしまうし!
なんでこうなっちゃったんだーーー!と思いつつ、最後は話をなんとかまとめるのに必死でした。
なんだか一番強調したいところがおまけのようになっている気がしないでもないですが、楽しんでいただければ幸いv
ちなみに、私の中で勝真と泰継は仲がいいという設定が暗黙のうちにあります。
このお話の中でも譲ってやってる通り、どっちかが花梨にとって恋人(もしくは想い人)である場合、もう一方は兄貴って感じで。
そんなトリオな勝真、花梨、泰継はこっそり東条の萌えなところであったりして(笑)