野望達成の後に




この世界へいきなり龍神の神子として召還されて『あの人』に出会って以来、花梨には野望があった。

野望のターゲットたる『あの人』とは今、目の前で緩く足を崩している(そんな姿もちゃんと絵になってる)男。

物忌みに付き合ってくれている地の白虎、翡翠であった。

「神子殿、さっきからなぜ私をそんな風に見つめているのかな?」

相も変わらず恐ろしく耳あたりのいい声で面白そうに言われて初めて自分がまじまじと彼を見ていたことに気づいて花梨はぱっと赤くなった。

「あ、ごめんなさい。」

「いや姫君の可愛いまなざしにさらされるのはいっそ心地良いものだからかまわないのだけれどね。ただ何か言いたそうに見えたので聞いてみたのだよ。」

心の中まで見通したような言葉に花梨は焦って目をそらした。

・・・・が、同時に今がチャンス!と呟く心の声も聞こえていた。

(いいかな〜。言ってみちゃおうかな?)

「あの・・・・お願いがあったりするんですけど?」

ちょっぴり上目遣いで目を輝かせて聞いてくる花梨の態度が、実は対八葉の最強兵器だとは本人は無自覚である。

しかし例外無く翡翠も花梨を気に入っている一人。

薄く微笑んで言ってごらん、と優しく促した。

それに力を得て花梨は言った。








「え〜っと・・・・髪をいじらせて欲しいんです!」








「髪というと、私のかい?」

予想外のお願いに翡翠はちょっと驚いた顔をして聞き返した。

でも花梨は大きく頷く。

「はい!翡翠さんの髪ってとってもさらさらで綺麗でしょ?だからいじってみたかったんです。私の髪は伸ばすと癖が出ちゃってあんまりのばせなかったから・・・・」

駄目ですか?とつけたすわりにはもう糸玉を目の前にぶら下げられて遊ぶタイミングを狙っている子猫のような目を向けられて、翡翠は苦笑した。

「かまわないよ。神子殿のお気に召すものをこの身に有していたのは嬉しい事だからね。」

「じゃ、いいんですね!」

「どうぞ。お好きなように。それで私はどうしていたらいいんだい?」

「そのままでいいです。」

動こうとした翡翠を手で制して、花梨はうきうきと彼の背中に回った。

そして野望達成目前の緊張感と共に、そっと髪に触れてみる。

(うわぁ、ホントにさらさらだ〜)

触れたその感触が想像していたよりずっと柔らかく、指の間を零れていく感触に花梨は思わずため息をついた。

「本当に綺麗な髪ですね〜。手入れとかしてないんでしょ?」

「これといったことはしていないよ。なにしろ海賊だからね。」

冗談めかした言葉に花梨はあははっと笑って髪の毛をまとめてみる。

「うわあ、すごく編みやすそう・・・・」

「どうぞ、姫君のお気に召すまま遊んでおくれ。」

「じゃあ遠慮無くやっちゃいますよ♪」

花梨は楽しそうに宣言して手近にあった櫛で翡翠の髪を梳き始めた。

―― 思った通りのさらさら極上ヘアを思う存分堪能して最後に三つ編みに編んでひもでくくった花梨は満足そうに翡翠の前に戻ってきた。

「はあ、やっぱり楽しかったぁ。ありがとうございますv」

「礼にはおよばないよ。神子殿の指が髪を滑る感触もなかなか楽しかったからね。」

艶やかな笑顔でそう言われて慣れることのできない花梨は素直に赤くなる。

「もう、口が上手いんだもん。伊予の海賊さんはみんな口説き上手なんですか?」

「これは、これは手厳しい。」

大仰に手を挙げてみせる翡翠に花梨は笑い出した。

「翡翠さんっていつも思うけど不思議な人ですよね。優しいと思ったら冷たいし、人の事からかったかと思えば笑わせてくれるし。」

無邪気な瞳でそう言ってくる花梨に翡翠は微笑した。

その笑顔があまりに綺麗で、どきっと心臓が跳ねたのを自覚する。

(うう、翡翠さんってなんでこんなに綺麗なの〜〜〜。心臓に悪いよ〜〜〜〜)

でもずっと見ていたくなるから不思議、などと花梨が思っていると翡翠がなにやら気になりだしたのか、背中のおさげを掴んで花梨の方を見た。

「神子殿。せっかくしてもらったのになんだが、取ってもいいかな?どうも気になってしまってね。」

「あ、はい。もちろんです。」

花梨の了承を得て翡翠はおさげのひもをはずすと、髪をほぐすように軽く揺らす。








―― 瞬間、ふんわりと揺れた髪が緩くウェーブを付けて翡翠の喉もとにまとわりついたその姿に



―― 花梨の体を電流のように鼓動が駆け抜けた








「神子殿?」

髪を散らせ終えていつものストレートに戻った翡翠が花梨の様子に気づいてのぞき込んでくる。

その段になるまで花梨は息をすることも忘れて翡翠に見入っていた事に気がついた。

「あ・・・・」

言葉を発したと同時に大きく息を吸う花梨を見て翡翠は眉をしかめる。

「具合でも悪くなったかい?」

「いえ・・・そんなんじゃなくて・・・・その・・・・」

今、感じた事をなんと伝えればいいというのだろう?

花梨はしばし考え込んだ後でなんとか言葉をひねり出した。

「今、ウェー・・・・じゃなかった。癖のついた髪の翡翠さんを見たら、え〜っと・・・・前にもそんな姿の翡翠さんを見たことがあったような気がしたんです。」

その言葉に案の定翡翠は首を傾げた。

「しかし私はこのような髪型をしたことはないよ?」

「そうですよね。私も翡翠さんにあってからずっと真っ直ぐの髪の翡翠さんにしかあったことないです。・・・・なんですけど・・・・」

なんだかひどくもどかしそうに、しきりに首を傾げている花梨を見て、翡翠の脳裏にふと考えが浮かんだ。

「もしかしたら私たちは前世で巡り会っているのかもしれないね。」

「前世、ですか?」

「そう、前世私は緩い癖毛で、君はそれを覚えていたのかもしれない。」

そう言って翡翠はほんの少し花梨との距離を詰める。

そのことに気づいていない花梨はにこっと笑った。

「だったらすごいですね!」

「そうだね。しかし生まれ変わっても私の前世の姿を覚えているとはどんな関係だったのだろうねぇ。・・・・仲のいい兄弟か、戦友か・・・・」

そんな関係は遠慮したいね、などと心の中で一人ごちて翡翠はまた花梨に寄った。

そして目いっぱい思わせぶりな視線を彼女に向ける。

「それとも…」

「それとも、なんですか?」

思った通り身を乗り出して聞いてきた花梨の腕をつかむと翡翠は一気に引き寄せた。

「え?んん!?」

わけがわからなくて混乱している花梨の唇をふさいで、間を置くことなく彼女の舌を絡めとる。

「ん!・・・・ん―・・・・・・・・はぁ」

翡翠にしてはかなり加減して解放したつもりだったのだが、さすがにまだ少女の域に入る花梨には刺激的すぎたらしい。

へたっと腕の中でへばってしまった花梨の髪に顔を埋めて満足そうに翡翠は囁いた。








「恋人だったか。・・・・もしそうだったとしたら、現世(うつしよ)でも繰り返したいと思うのだが、神子殿はどうかな?」








花梨はあっけにとられたような、信じられないような気持ちでそれを聞いていた。

(すごい強引な気がするんだけど・・・・)

それでも実はずっと想っていた翡翠からの言葉だ。

嬉しいにきまっている。

でもこのままはいというのもなんだかシャクなわけで・・・・

「・・・・やです・・・・」

「え?」

「こんな事する翡翠さんなんてやです!勝真さんとかイサトくんとかならともかく・・・・」

勢いで飛び出した言葉に花梨ははっとした。

翡翠の瞳がすっと細められたのだ。

いつも通り口元に笑みはあるのだが・・・・はっきり言ってすごみを増しているだけでひたすら怖い・・・・

「勝真と、イサトかい…」

「うわあああ!嘘です!今のは嘘!私も翡翠さんがいいです!前世でも現世で・・・・も・・・・」

力一杯の否定が同時に力一杯の告白だと言葉の途中で気づいた花梨は減速するように声を小さくして最後にはうつむいてしまう。

その様子に翡翠は心の中で笑った。

(まったく可愛らしい姫だね、君は。ちっとも私に目を離させてくれないのだから。)

そこが気に入っている事を十分自覚しながらぼやいて翡翠は花梨の額に唇を落とした。

がばっと顔をあげる花梨に今度はくすくすと笑いながら翡翠は言った。

「では現世でも君を離さないようにしなくてはね。だから・・・・」

そこで言葉を切って翡翠は美しく微笑んで言った。

「あまり私以外の男の事をかまうと、なにをするかわからないよ?」

・・・・赤かった花梨が一気に青くなったのは言うまでもない・・・・合掌(^^;











                                                       〜 終 〜
                                    (Spesial Thank’s 34567hit!! by、東条瞠)