| ―― 伝えたいことがあるんだ・・・・ 伝えたいこと 平勝真は一条戻り橋のたもとで一人、欄干に寄りかかるようにして佇んでいた。 すっかり春めいてきた京の街といえど、赤い着物を中途半端にひっかけ無造作に肩をさらしたその姿はなかなか目立つ。 しかし彼は別段人の目を気にした様子もなく、むしろただ一方向をじっと見つめていた。 あまりに熱心な見つめように、人々がなにかあるのかとそちらを振り返ってしまうほどに。 だがその先には何も見いだすことは出来ない。 それもそのはず。 勝真は約束の刻限より遙かに早く来て約束の相手を待っている途中なのだから。 もう半時ほどすれば人ごみをかき分けてやってくるであろう最愛の恋人、高倉花梨を。 意外にも、勝真は『待つ』ことが結構好きだった。 もちろん、何とも思っていない相手を待つのは大嫌だが。 花梨を待つのはただ『待つ』だけとは全然違っているから。 ―― 今日はどんな格好で来るんだろうな ―― どこへ連れて行こうか ―― 一番最初に何を話すか ―― 機嫌がいいといいんだが ―― 今日は・・・・どんな顔で駆け寄ってくるだろう 考えるだけで鼓動がはずむ。 ともすれば、緩んでしまいそうになる口元を覆い隠すように手を当てたその時 「勝真さん!」 来た。 往来の通行人の流れをなんとか突っ切って少女が駆け寄ってくる。 幾千人がいようとも必ず見失う事はないと思えるほどに、眩しい光をたたえた少女が。 「遅くなって・・・・ないはずですよね?私。」 上目使いで確認してくるのは約束の時間を間違えてしまったかと思っているせいだろう。 「ああ、まだ約束までは時間があるぜ。俺が少し早く来すぎただけだ。」 少しどころか大分早く来ていたのだが、そのへんはばらしてしまうと非常に格好がつかないので勝真は慎重に誤魔化して、花梨を安心させてやる。 思った通り花梨はほっとしたようににっこり笑った。 「よかった。・・・・ちょっと残念だけど。」 「?残念?」 小さく付け加えられた言葉に首を傾げると、花梨は少し苦笑して言った。 「だっていつも勝真さんの方が先に来て待っててくれてるでしょ?たまには走ってきてくれる勝真さんを見てみたかったなあ、って。」 「それは・・・・難しい注文だな。」 花梨の願いならなるべくかなえたいとは思うけれど、『待つ』あの楽しい時間を諦めると言うのは・・・・ちょっと遠慮したい。 しかしその答えをどう解釈したのか、花梨は感心したように頷く。 「勝真さんって意外に時間に細かいんですね〜。」 ・・・・お前にだけな。 心の中で付け足した言葉は表には出さず、ただくしゃっと花梨の頭を撫でてにっと笑ってみせる。 「意外には余計だ。」 「嘘だ〜!細かいように見せかけて、実は約束の時間を早く勘違いしたとか、そんな感じじゃないですか?」 「お前なあ・・・・俺はそんなに大雑把に見えるのか?」 「はい(きっぱり)」 「花梨〜」 「うわー!頭かき回さないでください〜!!」 テンポのいい会話を交わして、ふざけあって・・・・誰より近くに居ることを実感する。 甘い雰囲気もなく首に腕をまわして引き寄せた体はくすぐぐったい程に暖かい。 ―― 今の僕が君にあげられるものがあるとすれば ありふれた愛の言葉と明日の約束だけ ―― 「なあ、花梨。」 「なんですか?勝真さん。」 後ろから首を捕まえているのでのけぞるような形で目線を合わせてくる花梨に勝真は苦笑した。 今、どんなに無防備な格好してるかとか、きっと全然こいつはわかってない。 でもそれが、花梨なのだ。 無造作に大切なモノをいくつも与えてくれた、大切な存在。 彼女が腕の中にいてくれること。 側で笑っていてくれること。 何に感謝したらいいのかわからないから・・・・だから繰り返す。 「ずっと・・・・側にいろよ。」 「え?」 驚いた風に問い返してきた花梨の顔が見る見るうちに赤くなる。 その表情に自分がどれほど甘ったるい表情をしているか想像できて勝真は苦笑した。 いつから俺は往来で、しかも橋のど真ん中でこんな言葉を言えるようになったんだか。 ・・・・まあ、しかたないか。 大嫌いだった『待つ』時間が至上の楽しみになっちまうほど、花梨を想う時間が大切なものだから。 だから一瞬も無駄にしないように、出来る限りの事で・・・・伝えよう。 「勝真さん!ここ橋の上ですよ!!」 今更場所を思いだして真っ赤になってじたばたと暴れる花梨をしっかり捕獲して、勝真は額に口付けを1つ落とすと、極上の笑顔で言った。 「しかたないだろ?俺はどんな場所だろうが言っちまいたいほどお前の事が・・・・・」 ―― 伝えたいことがあるんだ 君のことが好きだから 果てしなく続く長い道を 君と歩いていきたい・・・ ―― 〜 終 〜 |