誕生日攻防戦




その日、朝から平勝真は落ち着きがなかった。

まず朝起きたのが日が昇る前だった(起きてもやることがなくて寝所の上にぼーっと座っていたら起こしにきた女房を驚かせた)

朝餉の時、2回器をひっくり返しそうになった。

今日は物忌みと偽って休みにしていたので、弓の練習をしていたら1本も的に当たらなかった。

・・・・とまあ、惨々たる記録を残し続けていたのだが、昼を過ぎる頃から今度は段々動きが目に見えて減っていき、部屋に座り込んだままになってしまった。

普段、若いとはいえそれなりの落ち着きも思慮もあるはずの主人のこんな様子に、女房達が不審に思わないはずもなく。

というわけで・・・・










「何をやっていらっしゃるんですか、兄上。」

半ば日の落ちた薄暗い部屋の片隅にぽつんっと座っていた勝真は、心底呆れた声におっくうそうに顔を上げる。

見れば、檜扇で口元を覆った元黒龍の神子であり妹である千歳が、立っていた。

「なんだ、お前か。」

「なんだとは失礼なおっしゃられようですわね。私はこちらの女房に兄上の様子がおかしいので何かあったのか聞いてくださいと頼まれて参ったのです。
・・・でもこのご様子では女房達が不審に思うのも仕方ありませんわ。」

ため息をついて千歳は勝手に勝真の前に座ると、聞いた。

「何かありましたか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

聞かれた勝真は不機嫌そうな顔で目をそらせて、それからぼそっと言った。

「・・・・・・来ないんだ・・・・・・・・」

「何がでございますか?」

「花梨が。」

「?」

意味がわからない、と首を傾げた千歳に説明する、というより溜まり溜まった感情をはき出すように、叫んだ。









「今日は卯月十八日なのに、花梨が来ねえんだよ!!」








――『勝真さんの誕生日は4月18日でしたよね?』

そう、元はと言えばその言葉からすべては始まった。

勝真の最愛の恋人であり、この京を救った龍神の神子でもある高倉花梨の言葉から。

確か一月ほど前の事。

『誕生日?』

耳慣れない言われ方に勝真が首を傾げると、花梨は慌てて説明する。

『私の世界ではその人が生まれたその日を誕生日っていうんです。年の初めに一斉に年をとるんじゃなくて、生まれた日にお祝いをして年をとるの。』

そう言われて、勝真は1月頃に千歳が何か言っていたのを思い出した。

『確か睦月に千歳が花梨から何かもらったとかなんとか言ってたが、あれが誕生日なのか?』

『あ、はい!そうです。誕生日のお祝いに贈り物をしたんです。』

『なるほどな。で、お前が何か贈り物をしてくれるのか?』

『はい!一生懸命がんばって考えますね。』

『ま、期待しないで待ってるぜ。』

『ひ、ひどいですよ!』

む〜っと抗議してくる花梨の髪を勝真は笑いながらくしゃっと撫でたのだった。

―― と、そんなことがあったから、勝真は期待しないでどころか思いっきり期待していつ花梨が来てもいいように休みまで取って待っていたのだ。

にもかかわらず、朝になっても、昼になっても、夕方になっても花梨は来ない。

自らやってこなくても、文で呼びつけられれば喜んで四条の尼君の屋敷まで行ったのに、文すらこない。

これで落ち込まない方がおかしい。

という一連の説明を受けた千歳は聞き終わって、大きくため息をついた。

「それだけですの?」

「それだけっていう言い方はないだろ。俺は・・・」

「花梨が来ないのでしたら兄上から行けばよろしいではありませんか。」

いかに一日悶々と過ごしていたか言い募ろうとする勝真の言葉を千歳はきっぱりと遮った。

勝真は一瞬きょとんとする。

「俺が行く?」

「そうですわ。こんな薄暗い部屋で惚けているよりはそちらの方がいくらかましでございますでしょう?」

確かにその通りだ、と思いっきり勝真は納得してしまった。

そう思ったら勝真の行動は早い。

「そうか、そうだな。よし行って来る!」

言うなり立ち上がると、風のように勝真は部屋を飛び出して行ってしまった。

・・・・その背中を見送って、千歳は深くため息をついたとか。










「花梨!」

「あ、勝真さん。いらっしゃい。」

平の屋敷を飛び出して数分。

おそらく今までの最速で花梨のいる対まで辿り着いた勝真は部屋の中央でのほほ〜んと夕餉をほおばっている花梨に笑顔で迎えられて、思わず床に崩れた。

「ど、どうしたんですか?勝真さん!」

「お、お前・・・・いや、いい。」

「よくないですよ。ちょっと待っててくださいね。」

慌てて花梨は最後に残っていた煮物を口に入れると、給仕のために控えていた女房に膳を渡して下がってもらい、勝真に向き直った。

「それでどうしたんですか?」

「いや・・・・その、お前覚えてないのか?」

「なにをです?」

にっこり笑って首を傾げられて、勝真は本気でがっくりと肩を落としてしまった。

(きれいさっぱり忘れられてるってことか?これは。)

しかしわずかな望みにすがりたくて勝真は花梨をうかがいながら聞いてみる。

「今日が何日だかわかってるか?」

「はい、4月の18日ですよ。それがどうかしたんですか?」

きょとんっとして聞き返してくる花梨の表情に、勝真は何か言おうとして結局挫折した。

(結局千歳のは覚えていても、俺の誕生日は忘れてたって事か?こいつにとって俺は千歳より下なのかよ・・・・)

かなり本気で勝真がそう思い始めた時、いきなり花梨がうつむいた。

「?」

驚いてよく見れば細かく肩が震えている。

「花梨?」

不審に思って勝真が覗き込んだ瞬間、もう耐えきれないとばかりに花梨が吹き出した。

「か、花梨?」

「あー、もうダメ!勝真さんでもそんな顔するんだー」

そう言って爆笑する花梨を最初はあっけにとられて見ているだけしかできなかった勝真だったが、だんだんと読めてきた。

「まさか、お前・・・・」

呻くような勝真の声に、花梨は目端の涙を拭いながら笑顔で一言。

「私が勝真さんの誕生日を忘れるわけないじゃないですか。」

「!!」

(・・・・やられた・・・・)

今まで落ち込んでしまった分、本気で勝真は脱力してしまった。

目の前でいまだに花梨がくすくす笑っている声がする。

「お前なあ!俺は本気で・・・・」

「本気で?」

聞き返されてしまって、勝真はうっと言葉に詰まる。

言いかけてしまった本音の続きは『本気で、期待して待っていた』

そんな事今の勝真を見れば一目瞭然だし、わざわざ口にして肯定するのも恥ずかしい。

そんな風に思っていたら、一転花梨が精一杯怖そうな顔をして睨み付けてきた。

「勝真さんが悪いんですよ?期待しないで待ってるとか言うし。
・・・・それにいつも勝真さんばっかり余裕たっぷりで悔しいんだもん。」

言ってから、花梨は今度は満足そうな顔でにっこりと言った。

「でも勝真さんの意外な顔も見られたし、作戦大成功♪」

そう言われて、勝真は頭を抱えたくなった。

1日きっちり振り回しておいて、最上の笑顔でこんな事を言っている恋人に。

そしてなにより、朝から思いっきり振り回されたのに、笑顔一つですべてどうでもよくなってしまうほど、花梨にまいっている自分自身に。

(まあしかたないか。そこらの女だったらこんなに振り回されないからな。こいつだから振り回されてもいいような気がしちまうんだ。)

勝真はゆっくりと息を1つ吐いて、花梨にしか見せない柔らかな笑みをうかべる。

結局はそういう事なのだ。

目の前の少女に気が付けばすっかり惚れ込んでいて、だから些細な事でも振り回されてしまうのだと。

(それも、まあ、悪くないか。)

その大切な少女は今の自分の腕の中にいるのだから。

「・・・・それで?」

「え?」

「覚えてたって事はなにか贈り物があるんだろ?」

そう言われて、花梨は急にその事を思い出したらしい。

「そうだった!今持ってきて渡しますね!」

慌てて花梨は立ち上がってぱたぱたっと部屋を出ていこうとする。

軽くため息をつきながら、勝真がそれを見送っているといきなり花梨が踵を返した。

そして勝真のそばに戻ってくるとすばやくかがんで








ちゅっ








「!?」

「えっと、それはおまけです!じゃ取ってきますね!」

心なしか耳まで赤くした花梨の後ろ姿を完全に固まったまま見送った勝真はぎこちなく自分の頬に触れる。

たった今、花梨の唇が触れていったそこはなんだかひどく熱を持っているような気がして・・・・

勝真は自分の前髪をぐしゃっと掻き上げると、そのままぼそっと呟いたのだった。

「・・・・やられた」














                                                         〜 終 〜