春眠 暁をなんとやら




―― 春眠暁を覚えず、とはよく言ったものだと思う。

そんな事を紫姫の館の内、自分に割り当てられた対の縁で花梨はぼんやりと思っていた。

確かに春は本当に眠い季節だ。

おっとりとした温度と、柔らかい風とお日様。

加えて日当たりのいい縁側(正確には通路なのだが)があれば最高だと思う。

「う〜ん、眠い〜」

周りに人がいないことをよく確認してから、花梨は大きく伸びをすると、縁にごろんっと横になった。

(気持ちいい〜・・・・)

ちょっとばかし板の間なので背中が痛いのが難点だが、それでも十二分に気持ちのいいお日様を浴びて花梨は猫のように丸くなった。

(このままお昼寝してたら深苑くんとかに怒られるかな・・・・でも・・・)

最近熱心に花梨の行儀作法の先生をしてくれる深苑のお説教を思い、少し怯んだ花梨だったがやはり春の日差しには勝てずに小さく欠伸をすると目を閉じた。

柔らかい毛布にでもくるまれているような暖かさに、花梨はそのままトロリトロリと眠気の中に飲み込まれていった。










・・・・たぱたぱた・・・・

しばらくうとうとしてた花梨は縁の床を通して聞こえた足音にふっと目を覚ました。

(ん・・・・誰か・・・来る?)

起きなくちゃ、と思うのに残念ながら体の方は反応してくれなかった。

どうやらまだ半分眠っているらしい。

(う〜・・・・怒られたくないけど・・・・今は起きたくないよ〜・・・・・)

足音がどんどん自分の居るほうに近づいてきているのはわかったが、花梨は開き直った。

いくら深苑でも気持ちよさそうに眠っている人間をたたき起こすほど冷血漢ではないだろう。

お説教は後で日が暮れた後にあやまり倒して許してもらうことにしよう・・・・などと、花梨が寝ぼけ頭で計画を立てていたその時、背中の方、つまり部屋の中に気配が現れた。

そして縁に寝転がっている花梨を見付けたらしく、側へ寄ってくる気配がして・・・・小さなため息が花梨の耳に入った。

その瞬間、花梨はあやうく飛び上がりそうになってしまった。

(今のって・・・・!)

聞き慣れた(というのもなんだけれど、実際聞き慣れてしまっている)ため息は、花梨の大好きな人のものだったから。

そして続いて聞こえた呆れたような呟きがそれを証明した。

「・・・・たく、こんな所で寝てやがる。」

(わ〜、勝真さんだぁ。)

相変わらず狸寝入りを続けているので、目は開けられないが耳あたりのいい大切な恋人、平勝真の声に花梨は思わずドキドキしてくる胸を隠すようにゆっくり体を縮める。

しかしそんな花梨をどう思ったのか、勝真は足音をたてないようにゆっくりと花梨の頭の上の方に移動してきた。

そして花梨を覗き込む気配。

(ひゃ〜〜〜、ばれるかなぁ。)

寝たふりが勝真にばれてしまうのではないかと一瞬心配になったが、それは杞憂だったらしい。

頭の上で勝真が再びため息をつくのが聞こえる。

「こうしてると昼寝してる子猫そっくりだな。」

呆れた声はそのままに、でもほんの少し優しい響きが含まれている事を花梨は聞き逃したりしない。

勝真はいつもそうだ。

素っ気ないように、ぶっきらぼうなように見えるけれどその裏には必ず優しい心が隠れている。

だから・・・・

「・・・・このままじゃ、起きた時辛いだろうな、たぶん。」

(?)

勝真の呟きを不思議に思った瞬間、花梨の頭がそっと持ち上げられた。

(なになになに????)

驚いている間に頭はそっと下ろされる。

でも頭の下にあるのは固い床ではなくて、もっと暖かくて柔らかいもの。

(ま、まさか・・・・)

勝真にばれないように細心の注意をはらって細く目を開けた花梨は自分の予想が正しかった事を知って思わず叫びそうになってしまった。

(か、勝真さんの足だーー!)

そう、今花梨が枕にしている「もの」は投げ出した勝真の左足の太股あたりだったのだ。

どうやら花梨の頭の上に座って片方の足を花梨の枕として提供してくれたらしい。

(どうしよう、起きた方がいいかな。)

・・・・とは思うのだが、ちょうどいい感じの高さの枕もできますます寝心地はよくなるばかり。

しかもふわっと花梨の上に何かがかけられる。

これも細目で確認してみれば、勝真がいつも中途半端に引っかけている着物が花梨の肩より下に布団のようにかけられていて。

結局、花梨は寝たふりを決め込むことにした。

―― おっとりとした温度と、柔らかい風とお日様と、日当たりのいい縁側。

そして大好きな人の匂いと温度。

出そうになる欠伸を懸命にかみ殺しながら花梨はほんの少し枕になっている勝真の足にすりよる。

と、ふいに勝真の手が花梨の額の髪を掻き上げた。

そして花梨の顔に落ちていた日差しが急に遮られて・・・・








(!?今の!)








一瞬触れただけで熱を残していった今、額に触れたのは多分間違いなく ―― 勝真の唇

そのあまりに優しい感触に、顔が赤くなっているんじゃないかと花梨は本気で心配になった。

それぐらい優しい、優しいキスをした張本人はゆっくりと花梨の髪を梳きながらぽつりと呟いた。

「起きたらもう縁なんかで寝ないように叱っとかなきゃな。」

(え゛っ)

今までのドキドキ感が一瞬吹っ飛んで、本気で花梨はぎょっとする。

勝真に叱られるのは結構怖いのだ。

それに非常識な奴だと思われていたら本当に悲しい。

・・・・しかしその心配は勝真の次の言葉で一蹴された。








「こんな無防備な顔、他の奴に絶対見せたくねえ。見ていいのは俺だけだ。」








思わず、起き上がって勝真に飛びつきたくなる衝動をなんとか花梨は押さえ込んだ。

勝真の言葉が嬉しくて、起きて勝真が大好きだって伝えたくなったけれど、今起きてしまったらこの優しい時間は終わってしまうから。

だから代わりに花梨はほんの少し微笑んで、勝真の足に頬をすり寄せた。

「本当に子猫だな。」

くすっと笑いながら言って花梨の髪を勝真の手が梳く。

―― おっとりとした温度と、柔らかい風とお日様と、日当たりのいい縁側。

そして大好きな人の匂いと温度。

加えて優しいその人の手・・・・

(こういうのって・・・・なんて言ったら・・・・いいの、かな・・・・)

どうしようもない眠気に押されながら花梨は、今の気持ちを表す言葉を必死に引き出そうとする。

(あ・・・・そうか。『しあわせ』だ・・・・)

まさしく今の気持ちにぴったりな言葉を選び出したと同時に、花梨はゆっくりと夢の世界に包まれていった。










規則正しい寝息を立て始めた花梨を見下ろして勝真は苦笑する。

そして起こさないようにそっとかがみ込むと小さな声でからかうように言った。

「なあ、花梨。寝たふりってのは赤くなったり青くなったりしてちゃ意味がないんだぜ?」

最初に花梨を見た時から実は勝真には花梨が起きていることぐらいお見通しだったのだ。

きっと花梨が聞いたら恥ずかしさのあまり頭を抱えるだろうが、幸か不幸かその相手は現在では本当の夢の中。

勝真はもう一度、花梨の額に触れるだけのキスをして、自分も大きく欠伸をする。

そして自分も後ろの柱に寄りかかると、目を閉じたのだった・・・・

















                                                             〜 終 〜







― あとがき ―
・・・・相変わらずの駄文で申し訳ありません(- -;)
春らしい暖かい創作を書こう、と心に決めて打ち始めて・・・・気が付いたら際限なくどうしようもないものに。
男女逆転の構図っていうのが好きなので、たまには男性の膝枕もよかろう、と思ったのですが。
考えてみたら勝真さんの足、結構固そうですよね(笑)