『暑中お見舞い申し上げます』
―― 京の夏は暑い。 しかし夜ともなると少しは涼しくなるもので。 「うわ〜、涼しい!」 賀茂川の川面を渡る風の涼しさに、昼間溶けそうな暑さにぐったりしていた花梨は歓声をあげた。 その姿に一歩後ろからついてきたいた泰継と泉水はくすりと笑う。 「神子、気を付けて下さいね。」 「はーい。でもすごく涼しくて生き返る〜。」 「昼間は死にそうだったからな。」 笑いを含んだ声で言われて花梨は自分の昼間の惨状を思い出したのか、何とも言えない顔をした。 「だって本当に暑かったんだもん。あ、でも泉水さんも泰継さんも平気そうでしたよね。」 「そうでしょうか。私も暑かったですが。」 「うーんと、涼しそうな顔をしてたっていうのかな。こつでもあるんですか?」 「特にない。毎年このようなものだから慣れているだけだ。」 「毎年?」 目を見開く花梨に泉水は取りなすように言う。 「今日のように暑い日はまれですけど。今日は本当に暑かったですから。」 「うーん、でも毎年このくらいは暑いって事でしょ?私も早く慣れなくちゃ。」 考えながらも「帰りたい」とは口にしない花梨に泰継も泉水も内心ホッとする。 とその時、ふわっと花梨の視界の端を淡い光が横切った。 「?」 そっちの方へつられて顔を動かした花梨はそこにあった光景に目を見張った。 賀茂川の河辺が小さな灯りを無数にばらまいたように輝いていた。 「蛍?」 「そうだな。」 「すごい!私、見るの初めてです!」 「お前の世界に蛍はいないのか?」 「いいえ、いるんですけど、川が汚れちゃってほとんど見ることができなくなっちゃってるんです。だから実際見たことなくって。」 完全に目の前の蛍の饗宴に目をとられている花梨は少し上の空で答える。 その様子に泰継も泉水も微笑んで、そっと彼女の側へ寄り添った。 蛍の人工ではない弱く、それでいて明るい光がゆらゆらと揺れる。 暗い川面にその光が映り、実際にそこにいる蛍の数よりもずっと多く光り輝いているように見えた。 「本当に・・・綺麗。」 「そうですね。」 花梨の呟きに泉水が答える。 しかし答えながら泉水は僅か目を細めて、ぽつりと言った。 「しかしこの灯りはまるで・・・人の魂のようです。」 「?」 振り返った花梨の反対側で泰継が答える。 「浮遊する魂、か。」 二人の言葉に花梨は再び蛍達に目を向けた。 そう思ってみると、美しい光の玉だと思っていた蛍の光が、確かに命を持った輝きである事が感じられる。 「そう思って見ると切ない感じ、かな。でも」 そう言って花梨は少し蛍の群れに近づいた。 間近になったその光に向かって言うように花梨は言った。 「生まれ変わってくる魂だって思えばそんなに悪くないと思いませんか? 今、生きて残されていく人に、また帰ってくるよっていう合図を送っているんだ、とか。 だってこの光はイルミネーションみたいでとっても綺麗だもん。」 「「いるみねーしょん?」」 二人そろって問いかけられて花梨は笑いながら振り向いた。 「光の装飾ってことです。」 なぜか一瞬、二人は面食らったような顔をする。 「なるほど。」 「神子はいつでも前向きですね。」 僅かに間をおいただけでそれぞれに納得したような返事を返してくれたが、花梨はその前に二人が見せた表情が気になった。 「えーっと、何か変な事言いました?」 不安そうな花梨の言葉に、泰継と泉水は顔を見合わせてなぜか苦笑するように笑った。 「いや」 「いいえ」 「嘘でしょ。だって二人とも一瞬呆れてたもん。」 「そんな事ありません!」 「ああ。」 「本当に〜?」 まだ納得できないというように見上げてくる花梨に向かって二人は片手を差し出した。 「あまり遅くなると紫姫が心配する。」 「そろそろ帰りましょう。」 そう言って微笑む二人が蛍の淡い光に彩られて素敵に見えて。 「・・・そうだね。帰りましょう。」 さっきの事については誤魔化されてあげることにした花梨だった。 「ところで神子。明日も暑くなりそうだ。私の庵の近くに美しい池があるのだが、泳ぎにくるか?」 「え?いいんですか?」 「構わない。」 「やったー!」 「み、神子!明後日は私が氷室に入っていた氷を頂いたのでそちらにお届け致します。」 「氷!そんなの手に入るんだ。わー、すごい。かき氷食べたい!ありがとうございます!」 「・・・泉水」 「・・・や、泰継殿にも譲れませんからね。」 「・・・受けて立とう。」 ――そして今日もやっぱり京は暑い。 〜 終 〜 |