『暑中お見舞い申し上げます』
――京の夏は暑い。 「というわけで、怪談話でもしない?」 「というわけって、どういうわけだよ。」 意気込んでびしっと花梨に指を突きつけられて、呆れたようにイサトは言った。 「暑いからに決まってるでしょ。暑い時は古今東西、ついでに老若男女、怪談話って相場が決まってんの!」 「滅茶苦茶じゃねえ?だいたい使い方まちがってんだろ、その言葉。」 「まあまあ、イサトも花梨さんも。」 二人の様子を見てた彰紋がくすくす笑いながら仲裁にはいる。 「いいのではないでしょうか。確かに今日は暑いですし、怪談話という物は気持ちだけですが涼しくなるような気もしますしね。」 「つっても、真っ昼間から怪談なんかやってもなあ。」 「あ、さてはイサトくん怖いんだ〜?」 「なっ!んなわけねえだろ!」 「どーだか?だってこんなに明るいのに怪談話を嫌がるなんてやっぱり・・・」 「そんなもん、怖くねえ!上等だ!やってやるぜ、怪談話。」 「やった!」 まんまと花梨の挑発にのせられてしまったイサトに彰紋は苦笑する。 「で、誰から話すんだ?」 「うーん、私でもいいんだけど、それよりこっちの世界の怪談話ってききたいなあ。彰紋くん、何かない?」 「僕ですか?そうですね・・・ありますよ。」 「ほんと?聞かせて、聞かせて!」 「おう。話してみろよ。」 「そうですか?では・・・」 そう言って彰紋は咳払いを一つすると、声を落として語り始めた。 「これは僕の従者の一人が教えてくれた話です。 その従者の友人でそれは優秀な武官がいたのだそうです。 彼は若く、才能がある青年で女官達の人気も大変高かったそうですが、なぜか特定の恋人を作ることなく過ごしていたのだろうです。 そんなある日、彼は夜遅く内裏を辞して帰ろうとしていました。 ところがその日に限って若い牛飼い童だったせいか、道に迷い気づけば見たこともない屋敷の前にいたのだそうです。」 花梨とイサトは我知らず息を詰める。 いつの間にかカンカン照りだった空に暗雲が増え、ちらちらと日が遮られ始めていた。 「折り悪く小雨が降り始めた事も手伝って、彼はその屋敷に助けを求める事にしたそうです。 夜も更けた頃、遠くから微かに聞こえる琴の音に彼は惹かれるように塗籠を出、そして出会ったのです。 ・・・・その屋敷に住む妖しいほどに美しい姫君と。」 彰紋の語り口の上手さに飲まれ、ごくっと喉を鳴らしたイサトの横に花梨がちょっとだけ寄った。 「武官は一目でその姫に恋をしました。 一夜を共にし、翌朝後ろ髪を引かれる想いで別れましたが、昼の間は何も手につかずに夜になると姫の元へ。 ・・・最初のうちは彼の友人達も彼が本当の恋をしたことを祝福していたのですが、幸せなはずにもかかわらず、彼は日一日とやつれていくのです。目だけは恍惚とした幸せに輝いているのに。 心配になった友人達はとうとうある晩、彼の牛車の後を付けました。夜の闇の中を進んでいく彼の牛車は京の中心を外れ、いつの間には化野の方へと進んでいきます。 そして止まった所は、荒れ果てた寺。 ふらふらとその中へ消えていった彼を追って寺の扉を引き開けると、そこには!」 ガラガラピシャーーーンッ! 「きゃあああ!」 素晴らしいタイミングで落ちた雷の轟音に、たまらず花梨は隣にいたイサトに飛びついた! ぴきっ 「うわっ!」 辛うじて受け止めたイサトは、自分自身の緊張も解くように息を吐く。 そしてイサトにしっかり抱きついたまま微かに震えている花梨の頭を大事そうに撫でてやり、その耳元に囁いた。 「大丈夫だって。ただの雷だ。」 「ほ、ほんと?」 「ほんとだ。それに・・・」 そこまで呟いて、ちょっとだけ躊躇った後イサトは本当に小さな声で言った。 「何があっても護ってやるって。」 「イサトくん・・・」 「・・・こほんっ」 小さな咳払いに、今の今まで二人の世界にいたイサトと花梨ははっと我に返った。 「ご、ごめんね。彰紋くん。」 「いいえ。そんなに怖がって頂いて怪談の語り手冥利につきますよ。」 「うん、ほんとに怖かったよ。彰紋くん、上手いんだね。」 「お褒め頂いて嬉しいです。」 「お世辞じゃないよ!あ、そうだ。さっき雷落ちたからもしかしてすぐ夕立になるかもしれないね。彰紋くん、濡れたら困るでしょ?紫姫に牛車用意してもらってくるね!」 「あ、花梨さん!」 ぱっと立ち上がった花梨を彰紋が止めた。 「ん?」 「いいんです。途中までイサトと一緒に帰りますから。」 「え?でも・・・」 「いいんです。」 そう言うと、彰紋はそれはそれは『にっこり』とイサトに微笑みかけて言った。 「ね、イサト?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おう」 生憎、花梨はイサトの顔色がすこぶる悪いことには気が付かなかったようで、少し不思議そうにしながらも頷いた。 「そう?なら気を付けてね。」 「はい。それじゃあ、逝きましょうか。イサト。」 「・・・・・・・・・・・・」 その後、イサトがどうなったか誰も知らない・・・ ―― そして今日もやっぱり京は暑い。 〜 終 〜 |