宣戦布告




冴え冴えと月が輝く夜。

四条の尼君の館の外壁に、身を預けている青年が1人いた。

いくら月が出ているとはいえども、この末法の世でこのような刻限に出かけている者など皆無に等しく人影はまったくない。

しかもこの時勢にあやかって市中を荒らし回る夜盗のたぐいも後を絶たないというのに青年は気にする様子もない。

青年はほんの少し目線を上げて月を仰ぐ。

美しい月光を放つそれに何を見たのか、青年は微笑んだ。

その瞬間、はっとしたように青年は道に目を走らせた。

青年の視線の先、薄暗がりから姿を現したのは緋色の少年だった。

その姿を見て取って、青年は小さく息を吐く。

「お前か。」

「なんでこんなとこにいるんだよ、勝真。」

驚いたように問われて青年 ―― 勝真は苦笑った。

「たぶん同じだ、お前と。」

その答えに少年 ―― イサトも苦笑した。

「なんだ。勝真もかよ。」

それだけ言うとイサトは勝真の足下に座った。

それっきり2人になった以外はなにも変化のない沈黙が再び戻る。










勝真はほんの数刻前まで手酌で酒を飲んでいた。

イサトはほんの数刻前まで寺の自室で眠っていた。

酒を飲んでいて偶然
                            月が目に入って
ふと目が覚めて偶然

・・・・柔らかい光に、一人の少女の面影が重なったらどうしても会いたくなった。

でもこんな時刻に会えるわけがないから、だからせめて側にいたくて、気がついたら足がこちらへ向いていた。










「・・・・なあ」

沈黙の空間にポツッと色をつけるようにイサトが呟いた。

「なんだ?」

「お前が、この世界に来たばっかりの花梨を助けたんだろ?」

自分をここまで導いた少女の名前に、勝真は少し笑みを深くする。

「ああ。助けたというより拾ったという感じだったがな。」

そう、あれはそんな感じだった。

羅城門跡で危うく馬で蹴りそうになってしまった花梨を迷子と勘違いして話しているうちに、深苑や紫がやってきて、なんだかんだ言っているうちに巻き込まれていたのだ。

しかしイサトの方は何を想像したのか眉を寄せる。

「拾ったってなんだよ?」

「なんだと言われてもなあ。まあ、花梨がこの世界で最初に会ったのは俺だって事だけは確かだな。」

「ふーん・・・・」

自分で聞いたくせにつまらなさげにイサトはそっぽを向いた。

それを見て勝真は口調を変える。

「もしかして妬いたのか?」

「なっ!うるせえ!」

「そうか。残念だたな、最初に会ったのが俺で。恨むなら龍神を恨めよ。」

ふんっと面白くなさそうにイサトはそっぽを向いた。

そして、ぼそっと呟く。

「・・・・最初にあいつの事抱きしめたのは俺だろうけどさ。」

「何!?」

思わず勝真は身を乗り出した。

「抱きしめたってなんだ!?」

眉間にしわを思いっきり寄せて問いつめてくる勝真に、今度はイサトの方がふふんっと笑う。

「花梨がこっちに来たばっかの頃に、あいつが街ぶらつくのに付き合った事があったんだ。その時ちょっとな。」

ちょっと、何だ!?・・・と問いつめたいのはやまやまだったが、それはどうやら勝真のプライドが許さなかったらしい。

勝真は軽く舌打ちすると、月に目を戻した。

が、ややって口を開く。

「・・・・イサト、お前・・・・花梨が好きか?」

乳兄弟の口からでた台詞に驚いて顔を上げたイサトは、誤魔化そうかどうしようか一瞬迷って、結局頷いた。

「ああ、そうだぜ。俺は花梨が一番好きだ。」

真っ直ぐなイサトの言葉に、勝真はにっと笑った。

「俺もだ。」

「知ってる。」

そんな簡単なことがわからないはずがない。

相手が花梨を見つめる目が、自分と同じ物だと気づけないはずがないのだ。

花梨のどんな表情でも見逃さないように見つめている視線も、どんな声も聞き漏らさないようにしている仕草も、同じだった。

―― けれど、花梨は一人きりであんな少女に出会うことは二度とないだろう。

だから・・・・

もし、花梨を手に入れられる者がいるならその時は・・・・

「イサト、お前になら・・・・」

「勝真になら・・・・」

―― 譲ってもいい ――

最高に信頼している相手だからこそ、愛しい少女を必ず幸せにしてくれるとわかるから、だったら・・・・と、二人が同じ決意をうち明けようとした、その時だった。








「あれ?イサトくんと勝真さんだ〜!」








頭上から降ってきた可愛らしい声に二人はばっと上を向いた。

そこには塀の上からちょこんっと顔を出している二人の愛しい神子様、花梨がいた。

「「花梨!?何やってんだ、お前!?」」

ものの見事にはもった声に、花梨はにっこり笑う。

「なんとなく。誰かいるような気がしたんで。」

やっぱりいた〜!と一人嬉しそうに呟いている花梨の下で、勝真とイサトは脱力する。

「お前、なあ。この寒いのに単衣一枚でこんなとこまで出てくんな。」

「え?大丈夫ですよ。私意外と丈夫だし。」

「そんな事言ってんじゃなくて・・・・」

誰か不審な奴が寝所の周辺にいるとか、考えはこのお姫様には欠片もないらしい。

あえなく叱ることを諦めた勝真のかわりに、イサトが目一杯不機嫌に聞こえるように言った。

「んな所に登って落ちたりしたらあぶねえだろ?」

「ん〜?大丈夫。太い木の枝の上に立ってるから。」

心配してくれてありがと、の言葉付きで微笑まれて、イサト撃沈。

もともと、彼女に会いたくなってここまで来てしまったのだ。

叱るよりも会えた嬉しさが先に立ってしまうのもしかたがない。

二人がそんな事を思っているとは夢にも思っていないだろうが二人の沈黙をお説教の終了ととったのか、花梨はさっきまで二人が見上げていた空に目を移す。

「うわ〜、月が綺麗ですね。」

そう言われて、勝真とイサトもつられたように月を見上げる。

しかしさっき見ていたほど、月は美しく感じない。

当然だ、さっきまでそれに重ねていた面影の持ち主が目の前にいるのだから。

「あの、そっちに降りていっちゃ駄目ですか?」

ちょこんと首を傾げてお願いしてくる花梨に頷きかけて、勝真もイサトもぎりぎり常識と理性を思い出した。

「「駄目だ」って」

「え〜〜、二人はそこにいるのに〜」

「俺たちはいいんだよ。お前は穢れにあたるだろ?だからさっさと戻れ。」

イサトの言葉に一瞬むくれたものの、花梨はすぐに思い直したらしい。

「それじゃ、もう戻ります。二人とも風邪引かないでくださいね。」

「おう。」

「わかってるさ。」

二人の返事を聞いて、花梨は体を返しかけて・・・・ふいに振り向くと月すら色あせる、笑みを浮かべて言った。








「二人とも、とっても頼りにしてますから!」








バサッ・・・・パタパタパタ・・・・

可愛い足跡が遠のいた後に残されたのは、呆然とさっきの花梨の笑みに魂抜かれた男が二人。

「イサト・・・・」

「勝真・・・・」

「「やっぱりお前でも渡せない!!」」

―― 罪作りな神子様を巡るバトルは、始まったばかりのようである。
















                                             〜 終 〜









― あとがき ―
い、いいのだろうか。こんなところで終わって・・・・
これ、ほとんど三角関係というか、何というか(大汗)
すいません!なんかギャグなのかそうじゃないのか、わけわかんないものを書いてしまいました(><)
花梨ちゃんがわかってやってたら悪女だよね〜、とか思いつつ。
まあ、花梨ちゃんは1人ですし乳兄弟といえど手加減なんぞしてられないでしょう。
なんたってライバル多いしね(笑)
・・・・しかし、やっぱり三角関係は私には夢で終わりました(泣)