お料理には要注意



勝真はうろうろと落ち着かなげに歩き回っていた。

しかしどこを?

これが京の街であったなら京職たる彼が歩き回っているのもおかしくはない。

・・・・しかし勝真が今うろうろしているのは京の街でも、内裏の中でもなく ―― 自分の屋敷の賄所の入り口であったりするのだ。

普通、下級とはいえ貴族の男性であれば賄所になど近寄る事などない。

しかしあんまり普通の枠に勝真は入っているとは言えないのである。

それでもおそらく今年の夏までは平勝真という人物は少々変わり者と言われていたぐらいで、大幅に普通の域を出るほどのものではなかった。

それが大幅に普通の域を出てしまったのは、今年の神無月のこと。

勝真は羅城門跡で1人の少女 ―― 龍神の神子、高倉花梨と出会った。

いきなり道の真ん中に現れた彼女を危うく馬で踏みつぶしそうになったのが出会い。

この世界に来たばかりで右も左もわかっていなかった花梨とかみ合わない会話をしているうちに、星の一族の双子がやってきたり怨霊が現れたりとどたばたしているうちに勝真はすっかり騒ぎに巻き込まれていた。

しかも龍神の神子を守る八葉の1人、地の青龍という立場付きで。

最初は半信半疑だった。

それでも律儀に毎日花梨の面倒をみていたのは、花梨の心細そうな瞳のせい。

いかにも頼りなさそうな花梨を放っておけなかっただけだった。

・・・・しかしそんな勝真の認識はわずか1ヶ月足らずで覆されることになった。

花梨は全然頼りない少女などではなかったのだ。

先に出現していた院側の龍神の神子のせいで誰も信じてくれない、唯一花梨を龍神の神子と仰ぐ星の一族ですら1人は懐疑的という状況にもめげず、京の街を奔走する花梨に最初は呆れた。

でもそのうちわかってきた。

花梨がただ信じて一心に縋ってくる星の一族の姫のために懸命に辛い気持ちを押し込めて平気な顔をしていることに。

そんな事に気がついてからは、面倒を見てやらなくてはならない存在から守ってやりたい存在に・・・・そして気がつけば愛おしい存在に花梨は勝真の中で変わっていたのだ。

だから最後の戦いで花梨が龍神を召還し、無事に帰ってきたとき言ってしまった。

『ここに残ってくれないか?ずっと一緒にいたいんだ・・・・』

と。

自分の世界へ帰る事を目標に頑張ってきた少女だから、ほとんど望みのない申し出だとはわかっていたがどうしても花梨を離すのはいやだった。

だから・・・・花梨が頷いて抱きしめ返してくれた事は今でも小さな奇跡のように思える。

それからぐずぐずしている理由がなくなった勝真の行動は周囲が驚くほど早かった。

自分の住まいを手直しすると、しばらくは自分たちの屋敷にと言う紫姫と深苑を押し切ってさっさと花梨を正妻として迎えてしまったのだ。

・・・・というわけで只今、愛おしくて可愛い、ただし普通の範囲を大きく越えたお嫁さんと幸せに暮らしている勝真なのだ。








そこで冒頭にもどるが、勝真が賄所の入り口をうろうろしている理由。

それは花梨のせいだったりする。

「勝真さん!今日の夕食は私が作りますね!」

花梨が明るい笑顔でそう宣言したのは確か昼頃だった。

今日は仕事が無くて屋敷にいた勝真は休日を有効利用しようとのばしかけた腕を引っ込めて首をかしげる。

「いきなりどうしたんだ?」

「え?う〜んと、その・・・・」

少し頬を赤くして言いにくそうに目線をはずす花梨に勝真の悪戯心が刺激される。

「なんだよ?」

「その・・・・好きな人に何か作ってあげたかったの。」

いかにも恥ずかしそうに上目遣いに見上げられてその可愛さに勝真はくらっと目眩を起こしかける。

狙っているわけではないのは十二分にわかっているのだが、この凶悪すぎる視線は時々わざとではないかと疑ってしまう。

なんせ絶対勝てないのだから、この視線には。

それに今回は勝真のため、という言葉までついているのだから勝真に勝ち目があるはずもなく・・・・

「無理はするなよ。」

そういうのが精一杯だった。








とはいえやはり心配でしょうがない。

なんせ花梨はしっかりしているがどこか抜けた事をやらかす奴なのだ。

でもたすきがけして賄所に入っていった花梨に「入らないで下さいね?」と念を押されているからそこへ入って行くわけにもいかず・・・・というわけでこんなところでうろうろするはめになってしまったのだ。

(なんで飯作んのにこんな時間がかかるんだよ。)

花梨が賄所に消えた時は高い位置にあった太陽が今はもう茜色に空を染めている。

その間賄所から聞こえる物音に気が気でない思いで待っている勝真はせっかくの休みに花梨に放って置かれている事も手伝ってもはや苛立ちも最高潮だ。

と、その時

「痛っ!!」

耳に届いた花梨の悲鳴に、勝真の我慢はあっさり限界を越えた。

「花梨?!どうした?」

「へ?勝真さん?」

ものすごい勢いで飛び込んできた勝真に花梨はきょとんっとする。

その手元、赤い雫を零す左手を見て勝真は一瞬固まった。

その反応に花梨は慌てて左手を背中に隠す。

「あ、あのちょっとだけ失敗しちゃって・・・・その・・・・」

「だから気をつけろって言っただろ!!」

勝真自身も驚いてしまうような激しい声に花梨はひゃっと首を竦めた。

「見せてみろ。」

「え?でも・・・・」

躊躇する花梨の腕を強引に掴んで左手を引っぱり出す。

思った通り左手の人差し指から血がこぼれている。

「ばか。これのどこが『ちょっとだけ』なんだよ。」

「・・・・うん・・・・ごめんなさい。」

しゅんっとして謝る花梨は叱られた子猫のようで、勝真はさっき波だった心が愛しさに浸食されていく。

(まったく本当に甘いな、俺は。)

勝真は苦笑して、うつむいている花梨の頭を軽く撫でた。

「別に怒ってないぜ。ちょっと心配しただけだ。怒鳴って悪かったな。」

花梨は頷いてほっとしたような表情を見せた。

しかしすぐ顔をしかめる。

「痛むか?」

「ちょっとだけ・・・・」

ちょっとどころじゃなさそうな花梨の表情に勝真は立ち上がると近くにいた女房を呼んで手当のする仕度を言いつける。

そして段差の所に花梨を座らせると少し考えた後、勝真は花梨の左手人差し指をくわえてしまった。

「か、勝真さん?!」

驚いて手を引っ込めようとするが、勝真は全然離してくれる気配はない。

「勝真さんってば!」

「大人しくしてろ。女房がくるまでだ。」

しゃべるためにほんの少し唇を離しただけで再び指を口に含まれて、花梨は恥ずかしいやらどうしたらいいのやらで頭の中はパニック状態だ。

「だって汚いよ?血なんだし。別に着物汚さないように地面に落としておけばいいんだし。」

わたわたとそう言う花梨を見上げて勝真はあっさり言った。






「俺が嫌なんだよ。お前の血一滴でも他の何かに渡すのが。」






「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(///)」

独占欲の固まりのような言葉に花梨が真っ赤になったのは言うまでもない。

「・・・・私、慣れるまでしばらく料理はやめときます・・・・」

「そうしといてくれ。じゃないと俺の身がもたないぜ。」

・・・・この過保護な旦那様にドジな自分がお料理をする許可をもらえるのがいつになるか、不安になった若奥様だった。












                                   〜 終 〜






― あとがき ―
あれ、なぜだろう。甘くない・・・(^^;)
一応「味見」の前のお話になるんですが、ラブラブな痴話喧嘩が書きたかったのにこれじゃあ
心配性な勝真さんと振り回される花梨ちゃんだよ〜〜。
すいません!すいません!愛はあるんですけど、愛ばかり空回りして甘いのが書けないんです(泣)